32話:裏切りの欠片
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廃虚にその青年はただ佇んでいた。
なにもせずにただ、立っているだけだ。しかし、眼は開いていない。ギュッと閉じたままだ。
青年は美しい顔立ちをしていた。その長い前髪で顔を隠せば女性に見間違われるほどに。
だけど、青年は絶望していた。いや、絶望を通り越して心が壊れていた。
眼をつむったまま歩く。
すぐに柱に頭を打ち付ける。やっぱり、眼をつむって行動することは不可能なのだ。
そこで青年は眼を見開く。
目の前にあった柱はベキベキと音を立てて、亜空間へと飲み込まれていく。
柱が消えると、次は向こうにある瓦礫の山が音を立てて消えていく。
振り返ると壁が飲み込まれていく。
そうしていつもどおりに青年の周りには何もなくなる。ただ、自分が立っている地面は消えることはない。
それが不思議だとは思わなかった。考えようともしなかった。それより、どうでもよかった。
自分は人に会うことができない。その顔を見ることができない。
人々は自分が来ると、災害扱いして遠ざける。
知っている。自分が染めたからだ、自分が選んだからだ。
でも、もう疲れてきた。何故か死ぬこともできない。
殺してくれる相手がいないからだ。見たものは消えるからだ。人はそれを魔眼と呼ぶ。
ごん、とまた何かにぶつかる。
眼を閉じて歩くのは難しい。そう思いながらも眼を開ける。
またもや廃虚だった。
しかし、今度は違うことに気がつく。
眼で見ているのに、消えない。
視線で刺すのに、消えない。
このとき、ある男の声が頭の中をよぎった。
『後継者が現れるまでお前は放浪だ。後継者が現れた時、再び自由になるだろう』
その男の顔は覚えていない。ただ、声は低かった。
これで自由に、なれたのだろうか。
青年は赤い赤い空を、透き通ったその眼で視た。
そのころ、玲夜は群青の雌鳥のアジトの地下階段に居座っていた。
眼がうずくのはおさまった。 しかし、これからどうすればいいのかわからない。
俺は副団長とやらの腕を切り取ってしまったのかもしれない。
それは真実。間違いなく真実。おそらく真実。俺が、無意識のうちにやってしまったのだろう。
相手が偉い人ならなおさら。俺はもう戻れないだろう。
あの場所には。
予想だにしなかった俺の能力解放は、思わぬ方向へと向かっていたんだ。
「いた! あそこだ、取り押さえろ! いいか、絶対に眼を使わせるな!」
遠くから怒号が聞こえる。
そうか、俺は今、指名手配のような感じなのか。
おとなしく捕まるか。いや、殺されるかもしなれない。
どうすればいい。俺は今、頼れる人間が一人としていない。とりあえず逃げながら考えよう。
追われている身であり、人の腕を切断しておいて何故か冷静でいられた。
俺は、おかしくなってしまったのかもしれなかった。
走る、走る。
暗くて見えないはずの廊下をすいすいと進んでいく。障害物も見える。
能力のせいだろうか。しかし、先ほどまでの痛みはない。
だけど、暗闇が見える。透き通ったように道が見える。
不意に暗闇から人影が現れた。
「よぉ、鬼ごっこかぁ? 俺も混ぜてくれよ」
狩暗颯鬼だ。
「っ………」
今一番会いたくない奴だった。戦いたくもない。
「あらぁ? 俺は今見られているのに消えないんだぁ?」
そう、何かおかしかった。魔眼は見たものを破壊する能力。
それにしては、副団長の腕を切った時も威力が弱過ぎる。
その空間一帯が破壊されるはずなのに。効力はたったの腕一本。
まだ覚醒しきってないと言われればその程度なのだが。
「ふうん、なかなか面白いな。音城玲夜、眼は真紅に染まっているのにまるで効果なしか」
「………」
「ま、俺は捕まえろって言われてっからさ。素直に従ってくんねぇ?」
ふっ、と腕が伸びてくる。暗闇から現れるそれは悪魔の威圧。
あっけなく肩がつかまれる。そして耳元で一言。
「証明自体は簡単だ」
意味が分からなかった。それよりこれから自分がどうなるのかが気がかりだった。
ホールには群青の雌鳥のメンバーが大勢集まり、ざわついていた。
それは俺を見る者が増えるたびに大きく広がっていく。その中に怜那の姿を見た。
颯鬼は俺をホールのど真ん中に突き出し、ニィィ、と笑った。
「よぉ、副団長さんよ。気分はどうだい?」
片腕の無くなった葉絡副団長は忌々しく舌打ちをして言った。
「最悪だよ。不意打ちとはいえ反応できなかった。それほど魔眼が恐ろしいということだ」
「ふうん、魔眼はそんなもんかね、俺はもっとすげぇものを想像していたんだけどなぁ?」
「何が言いたい」
副団長は狩暗颯鬼を睨み、颯鬼はそれを突き返す。不気味な笑みとともに。
「つまりさぁ、あの状況下で他にもその飾りみたいな腕を切り落とすことは可能だった奴がいるわけだよ」
「あり得ん、それこそ私は防ぐことができた」
───────じゃああんたさ、───────
副団長の首筋に颯鬼の黒く尖った指先を刺し当てる。
「これは、なんで防げない?」
「なっ………」
ホールにいた全員が息をのむ。誰もが反応できなかったスピードだった。
怜那も目を丸くしてきょとんとしていた。
「貴様、なんのつもりだ」
「この俺の攻撃を副団長は避けられなかった。これは何を意味するか、それは俺にも腕の切断は可能だったというわけだ」
「話の内容がズレている。貴様は私に『鍵』を盗んだ犯人を暴くという約束でここに全員集めたのだ」
「だからよぉ、理解しようかぁ? 副団長の腕を切った奴こそが犯人だってよ!」
「ならば貴様のその小僧であろうが!」
違う、と颯鬼は首を振る。
「あいつの能力は解放していなかった。まだ、な。音城玲夜を除くとして捕まっていた怜那には攻撃は不可能だった。刀を所持していなかったからな。それでもお前の近くにいたやつは?」
誰かが一人、息を飲んだ。
「俺には見えていた。あんなやり方じゃあばれるってなぁ? それともばれるようにやったのか? 灯花よぉ!?」
指差すその先には灯花さんがいた。
腕を組んで目を閉じている。何かブツブツと言っているようにも思える。
ぱっ、と目を開いたときそこにはいつもの温かい光は宿っていなかった。かわりに無機質で何をも反射する死んだような目がはまっていた。
顔にも表情がない。こんな人は、俺は知らない。
「へぇ、」
ずいぶんと楽しそうな声だった。恐怖で自分の顔が引きつっていくのが分かった。
「見えたんだ、流石颯鬼んだよねぇ。 分かっちゃうんだ」
言葉を発しては自分で頷き、にやにやと笑っていた。
「『鍵』を盗んだのも、そうなんですか………」
蚊の鳴くような声で怜那は言った。
「そうだよ?」
「じゃあ『鍵』を見せたのは容疑者を増やすためで。副団長の腕を切ったのはあいつを犯人にするためで………」
「正解、よくできたねれーちゃん」
声には全くぬくもりがない。無機質なただのスピーカーから吐きだされたような声だった。
気持ちの悪い作られた笑顔が張り付いている。
「『鍵』を盗んだのはあたし、副団長の腕を切ったのもあたし」
「なんで、灯花さん………そんなことを………」
怜那は今にも泣きだしそうだった。嘘であってくれと願っていた。叫びたかった。
しかし、この世界は非情である。思った通りには何一つとして動かない。動いてくれない。
「私が赫逢騎士領団の人間だから、って言ったらどうするのかな」
ホールが静寂に包まれる。予想外の方向からの敵の出現。
世界はやはり非情だった。
「そんな、嘘。嘘です。灯花さぁん………」
「泣いたって駄目なんだよ、れーちゃん」
「うっ、うう………。しんじで、いたのに……」
「人って簡単に裏切れるものなんだ」
水が流れ落ちるかのように自然に女の口から言葉が漏れる。
「やっぱり、か。俺は前から怪しいとは思っていたんだよなぁ」
「ふふっ、流石は颯鬼ん。もう少しかかるかと思ってたんだけどね、まぁ、私はここまでかなそろそろ退場させてもらうとするかな」
バッ、と手をふるうと移動用魔方陣が空間上に展開し起動を始めた。
大樹の年輪のような巨大な輪となった魔方陣は今までのよりもより複雑で難解なものとなっていた。
「い、行かせてはならない! 貴様ら、止めろ!」
「無理だ」
葉絡副団長の焦る声に対し、切り捨てるように颯鬼は言った。
「ありゃあ特定の人間以外が使用するとそいつが粉々に砕けるように設定されている。そういう術式が組み込まれてんだよ」
瞬く間に女の姿は消え、後には何も残っていなかった。
静寂だけが場を支配する。
見事に世界は裏切った。




