3話:別天地
鏡の中から少女が出てきた。こんな体験は何度生まれ変わってもできるものではないだろう。
どちらかと言うと空から少女が降ってくることのほうが確率的に高いかもしれない。
鏡の中から出てきたそいつは貧乏神並みのしつこさだった。
そして頬を赤らめて言う言葉が『奴隷になりなさい』だぁ?
馬鹿げてるとしか言いようがない。
「んで、どーなの? 返事は?」
少女の顔はもうすでに、赤くはなかった。俺が思うに、芝居だ。
「この状況でイエスと言う奴がいたら連れてこいよ」
「いやー、残念ながら日本人はあんまりイエスっていわないんじゃないの?」
「言語の問題じゃねぇ!」
「外国人なら言うかもね。 でも私、英語話せないし」
「だから関係ないって!」
いや、こいつと話してたら終わらないんじゃないのか。
というか本題は? 脱線しすぎだろう。
「というか─────」
いきなりだった。少女は抜刀し、今朝のように刃の部分を首筋に当ててくる。
ヒヤリとする刀の冷たさ。
一日で2回も味わうものではない、これは。
「あんたに決定権なんてないの。これは命令、奴隷になりなさい」
さっきまでとは違う目つき、氷点下の眼差しで俺の目を射抜く。
冷たすぎる。目も、声も。
すでに別人、今朝の殺気もこいつが出していた。これは確定だ。
「へ、へへへ………お前もやる気になるんだなぁ」
「当たり前。戦場において温かさなんて物は必要ないの。あっていい温かさなんて核ミサイルだけよ」
それは温かいの領域を越しているような気がするんだが。
熱いというより、溶ける。
やはりボケが残っているあたりこいつらしい。あと、基本馬鹿だということが分かった。
「それで、どうなの? なるか、ならないのか」
「さっき決定権はないって言ってなかったっけ? それでも俺に選ばせるのか」
「そうよ、でも、この刀の意味わかってるんでしょ?」
まぁ、普通に断ったら首を落とすとか何とかそんな感じだろう。
やばい、なんかこの感じに慣れてきた気がする。やっぱり一日に2回も味うからか。
というかこんなもん一生に一度も味あわないほうが普通だろ。
「じゃ、聞くが…………なんで俺なんだ?」
「え?」
「何で俺を奴隷にしようかと思ったんだ? 他にもいい奴は山ほどいるだろ?自分で言うのもなんだがこんな平凡な男子高校生よりも、な」
「なんで……? それは………」
カシャ、と刀が少し揺らぐ。
ほんの数秒の沈黙。しかしそれは俺にとって、長い時間止まっているかのようにも思えた。
「それは─────」
くぅぅぅぅぅぅぅっ
「朝にも聞いた音だな」
「お、お腹減った………」
本日2回目のお腹の音のオチだった。
冷蔵庫の中身を見てみると食材が何も入っていなく、調味料しか存在していないという緊急事態に陥ったので、仕方なく今日の夜はコンビニ弁当となった。
食品添加物のオンパレードがどうとかいう問題は、今日1日だし別にいいだろ的な言い訳で放っておくことにする。
そして、こいつを家に置いていくわけにはいかないので、一緒に行くことにする。
コンビニの位置は、俺の住んでいるマンションから徒歩5分。
かなりいい場所にあるので、このマンションの住民御用達の店である。
とはいっても、所詮はコンビニ。品揃えはどこでも一緒だ。
マンションのエントランスから出て、2人並んで歩き出す。
ちなみに学校へ行く道とは正反対だ。
「し、死んじゃうよ、餓死って恐いんだよ、知ってる?」
「知らんな。規則正しい生活をしていればそんなことにはならない。ちなみにお前、今日の昼はどうした?」
「何も食べてなかったり………」
「へー。ってちょっと待て、お前、あそこから動いてないってことはないだろうな!」
「えーと、う、ごいた? よ?」
「なぜところどころ疑問系!?」
こいつ動いてないのか、というかなんで俺に付きまとう?
横に並んだ少女の身長は俺の肩までしかない。俺は平均身長ぐらいなので、こいつは、少し小さめなのかもしれない
年はいくつぐらいだろうか。14,15あたりだとは思うが、何度も言うが背が低い。
それとあともう一つ、女としての………。
「なんか今、すごく不機嫌になった」
「え?ああ!?どうかしたのか……」
「いや………気のせいならいいんだけど」
もしかして心読める能力もってますー、とかいうことはないだろうな。
しばらくして、コンビニの看板が見えてきた。もうすぐだ。
ここのコンビニは大通りの横に面している形で建てられているので、交通事故も結構多い。
「ちょっ、なんでっ────────!?」
世界がスローに見える瞬間ってのは本当にあるもので、それは生きるために神様が与えてくれたチャンスだと俺は思いたい。
「あぶねぇっ!」
「え────あっ!」
コンビニに向かって駆け出そうとしていた少女の腕をつかみ、引き寄せる。
このコンビニは大通りに面しているから、車の出入りが多い。車はいい、車はいいのだが……。
バイクはそんなにも減速しない。
特に免許とりたてのいわゆるチャラ系。俺の嫌いなそういう系。
そのままの勢いで入ってくることも多いのだ、だから大通り沿いは嫌なんだ。
それには対処できないから。避けることができないから。
俺が引き寄せるかなかった。
遅れて音が聞こえてくる。
キィィィィッ
甲高いバイクのブレーキ音。衝撃はやってこない。
あったのは、ぽふん と言った感じに腕に収まった少女の頭の感触だった。
「死んだかと思った………」
「だ、だから……あぶねぇって言おうと思った………んだよ」
トラウマが一つ加算されたかもしれなかった。
落ち着きを取り戻したところで、コンビニ内へと入ることにする。
マイバックとかごを片手に店内を回る。
「なぁ、お前は何食うの? 好みとかわかんねぇんだけど」
振り向かずにそう聞いてみるが反応がない。
「おい、大丈夫か? やっぱさっきので────」
「うゎあぃ!? なに? なんか言った?」
聞いてなかったのか。まぁ、いつも(今日始めて会ったが)通りか。
「私は………じゃああんまん」
「あんまん? おいおい、飯じゃないのか?」
「え? これおやつでしょ?」
「俺の家にはおやつというものは存在しない」
「なぁっ! ありえないよっ!おやつは3時に食べるって言う法律があるんだよ!」
いつの間に憲法に加わったんだそんなもん。
しかも最高法規かよ。
というか今は3時じゃねぇよ!
「そうか、じゃあ俺たちは法を無視しているな。今は6時30分だ」
コンビニ内の時計はそう指していた。
「じ、条約が改正されたの! 」
「言っておくが条約と憲法は別物だ」
「う~~~」
「とりあえず少し早めの夕食ってことでいいだろ」
………まじめに考えたら何でこいつが飯食うことになってんだ?
おかしいよな? 誰に問いかけるでもなく、そんな事を思っていた。
「じゃあ、………鮭おにぎり」
「そうか。分かった」
かごに商品がたまっていく。
そろそろ頃合を見てレジへ。店員のやる気のない態度はいつも通りだった。
ありがっざぃあした~、と無理やり聞いて取れるありがとうございましたを背に、家へと帰宅する。
「………お前、何きょろきょろしてんだ?」
「誰かに見られてる気がした」
「誰も見ねぇだろ。……もしかして同業者って奴?」
「ううん。こんなに下手じゃないよ、本物なら」
冗談で言ったつもりなのに本気で返してきた。
こいつ………鏡から出てきたりと意味わかんないし、謎だな。
聞きたいことは山ほどあるのにいつも聞き逃してしまう。
いや、そんなに深く突っ込もうとしていないのか。
「話す」
「は?」
「ご飯食べたら………私のこと、鏡のこと、話す」
唐突、というのはこのときのために用意された言葉だろう。
いきなり、というのもそうだ。
重苦しい夕食になりそうだった。しかもコンビニ弁当だ。
家について夜ご飯後。結果として重苦しい雰囲気だったけど何とか乗り越えた。
問題は次。俺の向かいに座ってるこいつがいつ、何を言い出すか。
今はまだ、黙ったままだ。
「とりあえず………どこから話そうかな」
「………」
「うん。じゃあ……とりあえず洗面所、いこ」
「………」
俺は言われるがままに、少女の後についていく。
洗面所のドアを開き、中に入っていく。
たしか今日の朝から踏み入っていないので、鏡の残骸が散らばっているはずだ。
そう、散らばっているはずだったのだ。
だけど今、床には破片一つ落ちてなく、綺麗だった。
「こんなこと………ってないだろ」
鏡はもとの状態に戻っていた。
罅もなく、朝こいつが出てくる前の状態に戻っていたのだ。
ありえない。そう言うのは今日で何回目だ?
ありえない。
「魔鏡。簡単に言うと、鏡の別天地につながってる門………いや、鏡だけど門だよ、感覚的には」
「信じられっか………よ」
口ではそういっているが、もう頭が回らない。第一おかしなことが多すぎる。
夢?これ今日一日で夢か、夢オチか?
「あんた、ちょっとしっかりしなさいよ。話きいてんの?」
「あー」
「………駄目ね、じゃあ分かったわ、絶対に認めざるを得ないようにするわ」
「なにをする気だよ」
「行く」
「は?」
「今日は木曜日だから………そうね。明後日の土曜日。行きましょう」
「だからどこへ」
ここに来て、少女のほうが冷静だった。
「もちろん、鏡の別天地によ!」
どうも、鳴月常世です。
読んで下さった皆様、ありがとうございます。
次回は3月18日の更新となります。




