2話:ネーミング
学校へ向かう道の途中、見知った顔がいた。通学路に面している公園にいた。
今はもう9:30を回っているのにあいつは何をしているのだろうか。
自分が言えた事じゃないんだけども。
とりあえず公園のブランコに座っているそいつのもとへと歩いていく。
この公園は、公園と呼ぶには少し広すぎるくらいの土地面積で、遊具も豪華なものであり、ブランコが5台、ジャングルジムが2種類、大きな砂場に、池なんてものもある。
トイレも備え付けてあって、非常に便利なのだ。
学校帰りの小学生の溜まり場とかにもなっている。
「よう、お前……何してんだ?」
そっと声をかけると、声をかけた人物の肩がびくぅっとはねた気がした。
「あ、ああ……なんだよ玲夜か、センセーかと思ったぜ」
「サボリか。そういや今日は1時限目にテストがあったもんな」
「そういう玲夜だってこれサボリだろぉ? ま、テストが嫌なん分かるけどさ」
「いや、俺には事情が………なんでもない」
「それともアレか、彼女に振られたから心が折れてんのか、だから学校行くの遅めなのか」
「ぐっ………」
人の古傷を容赦なくえぐってくるこいつは御崎 悠斗。
俺の……まぁ、仲のいいクラスメイトだ。
髪は黒の長めでデコ出しワイルドショートヘア、ワックスで整えているらしい。学生服は第一ボタンをはずしており、下からは青色のシャツが見えていた。
これで一回絡まれたことがあると聞いたことがあった気がする。本人曰く自分は不良ではない、らしい。
ちなみに俺の名前は音城 玲夜。自分では、珍しい名前だと思っている。
「いやぁ、俺は何で振られたのか分かんないねぇ。玲夜はいーやつなんだけどなぁ」
「いや……もうやめてくれ」
振られたのは昨日。堂々とみんなの前で振られた。そのとき俺は公開処刑並みの精神的ダメージを受けた。いや、ほんとに公開処刑か。
「理由はなんだったんだろうねぇ? 幼馴染だったからか?」
「だから……。ちょっとその話止めようか」
彼女は幼馴染だった。そんな関係から一歩踏み出そうと告白してつき合ったはいいが、3ヶ月ぐらいで破局。もう修復不可のグダグダ状態だ。
「莉瑚ちゃんだってつらかったとは思うぜ?」
「名前をだすな」
「おっとこれは重症だ。ま、学校行きづらいんなら俺が一緒に行くからよ」
「それはお前が、ってことだろう」
「ばれたか。いや、センセー恐いし。2人なら説教の威力も半減かと」
「するわけないだろ………」
疲れきった心で最大限の突っ込みだった。心というものは本当に折れるものらしい。
ふらふらとした足取りで二人並んで、学校へと向かうことにした。
噂、学校でも広まってるのだろう。
………だから行きたくなかったんだよ。
学校に着いたのは10:00を過ぎたぐらいで、授業中だった。
後ろのドアから悠斗と一緒に入った。もちろん屈んでどこかの偵察隊よろしく、だ。
余裕過ぎる遅刻に、教師は口を引きつらせていた。これは悠斗の言うところのセンセーに報告されるかもしれない。というか、間違いなくそうされる。
クラスの連中は、ちらりとこっちを見ただけで、何一つ言わなかった。
理由は授業中だから、だろう。休み時間には質問攻めされるに違いない。
さらに気分が悪くなり、机に突っ伏す。……朝にもこんな光景を見た気がする。
心が弱ってるときは、体も元気がなくなる。
とはいっても、勉強しないと今の成績は維持できないため、仕方なくノートを開く。
顔を上げると、廊下側の列の一番前、莉瑚の姿が目に入った。
天川莉瑚、身長160cmぐらいのロングヘアーの幼馴染。髪を留めるでもなく、結ぶでもなくただ流している。
可愛い部類に入る女の子だと思う。今朝の少女とは違った可愛さだ。
今ではおそらくどろどろな関係。事情を知る者はこの状況を楽しんでいるだろう。
最悪だ。気分が悪い、とはいっても過去には戻れないし、戻ったとしてどーするんだって話だ。
「はいそこぉ! ボーっとしてる遅刻君に問題。ここを求めよ!」
ボーっとはしてなかった気がするが、教師に指名されてしまった。えーと、今は数学だから………。
教科書を開いて、問題を見てみる。……暗号化されていた。いやされているように見えた。
そのときポケットに入っている携帯が震えた。
メールか。悠斗あたりが手助けしてくれるのかもしれない。当てにならないが。
「先生。今から解くんでちょっと待っててもらえますか?」
「そうか、ならこことここをまとめるから─────」
そういって黒板に向き直る先生。
今のうちにメールを確認する。差出人は………天川莉瑚。
その問題の答え、それだけ。それだけが書かれていた。
顔を上げて莉瑚のほうを向いてみる。
前を向いたまま、動きもしていなかった。
なんだか、それが悲しくて。分からないけど空しくて。
俺、何やってんだろうって、そう思って。
「音城、答えは出たのか?」
「あ、はい………」
負けた。ではない敗北感に襲われた。
別に勝負なんてしてたわけではないが、なにか、そんな感じだった。
「………」
「玲夜? 」
悠斗が困惑した顔で俺のことを見ていた。
放課後、俺は自分の席から動けなかった。
放心状態、とでもいうのだろうか。いや、こうして何かを考えているからそれは違うか。
「御崎と音城! 先生が呼んでるぞ」
クラスの入り口に1人の男子生徒が立っていた。
アレは確か先生のお気に入りとかでこき使われている奴だったはず。
推薦受験は安定だな。
「玲夜。 ついに呼ばれちまったぜ」
「……そーだな」
これから職員室に行って『高校生とは何ぞや』を何時間にもわたって説明されそうだ。
あのセンセーは……厳しいというか。社会のレールからはみ出した人間が嫌いだからな。
遅刻一つでガミガミ言われそうだ。
でも悠斗が常連客だから俺はそんなにも被害は出ないだろう。そう思っていた。
で、目の前にいるのが俺らのクラスの担任、海藤 詠。
珍しい名前だ。俺が言えたことじゃあないと思うけど。
詠センセーは、常に上下ジャージ姿である。
そのためか、スタイルが強調されている。顔も、『美人』という部類の人。
キリッとした顔立ちで、ツリ目気味の髪型はポニーテール。
もっと着飾るなどすればいいのに、とふと思うこともある。
だが、この人には問題点が三つある。
「遅刻……か。お前らは………クズだ」
その一、口がとても悪い。
「特に音城」
「お、俺ですか……」
「一度だけなら許されるとか思っているんじゃないだろうな」
がばっと胸倉を捕まれる。
俺が、余計怒られている……悠斗の作戦か……。
その二、暴力に訴えるのが早い。
前に、校内で喧嘩騒動が起きたときに、この人はいち早く飛んでいって喧嘩していた2人を殴り飛ばして何故か自分に謝らせてその問題を終了させた。
面倒な事件を起こすな、といっていたらしい。
生徒のことは、二の次だったらしい。教師にあるまじき行為だろう。
何よりも面倒くさいことが嫌いな人。なんで先生になったのか分からない人。
「まぁいい。次遅刻したら校内の廊下をすべて雑巾がけだ。終わるまで私が監督してやろう、分かったな? それと遅刻常連の御崎は今から教育資料室の整理だ。頑張れば今日中に帰れるぞ」
「いやぁぁぁぁ!」
悠斗はその場に崩れ落ちた。資料室は地獄だと風の噂で聞いたことがある。
なんでも床が見えないほどに資料が散らばっていて、整理する目所すら立たないとか。
「じゃあな、悠斗。また明日学校で会おう」
「もしかしたら授業に出られないかもな、御崎」
「そんなにやるんですか!? 今日中に帰れるんじゃなかったんですかぁ!」
「だから頑張れば、と言っただろう」
そんな会話を背に、俺は逃げるように職員室を後にした。
その三、ドのつくSであること。
帰り道。進路について書かれたプリントを眺めながら歩いていた。
まだ高二の5月なのにこんなものを渡されてはやる気というものがなくなる。
今日はテンションが下がっていく一方だった。俺が何をしたというのか。
いや、今日はちょっと調子が悪いだけだ。運がないだけ。
明日からはいつも通りだ、そうに違いない。
プチ現実逃避をしていると、いつの間にかマンションのエントランスに足を踏み入れていた。
今、エレベーターは10階を指している。
俺の部屋があるのは3階。階段を使ったほうが速いだろうか。
この微妙な合間が俺は嫌いだった。
………やはり今日は調子が悪いのか。
階段で行くことにした。
3階までたどり着くと、俺の部屋の前に人影が見えた。
どこかで見たことのあるシルエット。
綺麗な黒髪、透き通るほどの白い肌。花のつぼみのような唇に、どこかの制服を着た少女。
あいつ(・・・)か。
ゆっくりと少女に歩み寄る。
あちらは俺を発見したようだ。
「あ、あんたっ!」
「お前、ここでなにしてんだ」
「どこ行ってたのよっ!」
「学校だけど? というか俺は朝言ったぞ。その前に俺の質問に答えろよ」
「話があるの、その前にお腹すいた! とりあえず家に入れて」
「俺の話は聞かないのか? それとも聞こえていないのか?」
「それ朝にも言ってたわよ」
「お前のせいです」
「ごめんなさい」
何でこいつと話すときはこんなにも疲れるのか。
今日、運が悪いのは実はこいつのせいだったりしないだろうか。
とりあえずこんなところで話をしていてもあれだろうから家に入ることにする。
「やったー、ごはんっごはんっ」
貧乏神に取り付かれたのかもしれなかった。
リビングのイスに少女を座らせ、俺はその向かいに座る。
「で、俺の家の前で何してたんだ?」
「あんたを待ってた。話したいことがあったから」
「へー。そうか」
「うわっ! すごく興味がなさそうじゃん! 普通こんな美少女が家の前にいたらドッキーってなるでしょ普通!」
「自分で言ってちゃ世話ないな。で話って?」
「そ、そうね………」
少女は一つ咳払いをし、真っ直ぐこっちを見つめてくる。
が、すぐに頬を赤らめて目をそらしてしまう。
なんだこれ…………?
「あ、あんた─────彼女とかいるの………?」
は? こいつ何言ってんだ?
少女はまだ頬を赤くしている。まだ幼さが残っているその顔は、やっぱり『可愛い』。
「い、ない……けど?」
一瞬、今朝の授業のことを思い出してしまった。そして、天川莉瑚のこと。
こいつは今から何を言おうとしているんだ?
「じ、じゃあよかった………なら」
少女は決心したように真っ直ぐとこちらを射抜き。言った。
「あんた、私の奴隷になりなさいっ」
こいつ………ふざけてんのか。
どうも、鳴月常世です。
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