15話:凸凹
15話目です。1/3まできました。
これからもよろしくお願いします。
感想など、随時受け付けております。
森の中を歩くこと数時間。いや、数時間とは言っても時計なんて持ってきていないので、感覚的な数時間である。
時間が経つに連れてだんだんと険しさを増してくる足場は、もう木の根が張り巡らされていて、凸凹し放題だった。
………別に凸凹って使いたかったわけではない。
「ふぃぁー。大丈夫ですかっ玲夜さん」
「ああ、というかお前の方がふらふらしてるように見えるが」
「だっ、大丈夫ですっ。そこのところは問題ないのですっ」
そこら辺が問題だと思うんだけどなぁ。
他愛もない会話。その中に殺気が紛れ込んだ。
「キリカ………」
「分かってますっ、玲夜さん………」
どうやらキリカも感じ取っていたらしい。というか常人の俺が感じ取れるってどういうことだ。
怜那の件で少し耐性がついてしまったのかもしれない。
「とりあえず………逃げるか」
「そ、それが得策だと思いますっっ」
俺とキリカは道なき道を走り出す。くそぅ、また体力的問題が発生する………。
そう思いながらも。
走ろうが走ろうが背を刺す視線、いや殺気は弱まることがない。
距離は縮められていないということか? 流石に走るだけじゃあ無理があるのか?
酸素を欲する肺を抑えながらも走り続ける。
隣を走るキリカも苦しそうだ。
このままじゃあ…………駄目だろう。
そう思った瞬間。青い閃光が走り、左に位置する大木が切り倒された。
ついに攻撃まで仕掛けてきやがった。
正直言って俺に出来ることなんて逃げることぐらいだ。戦うなんて出来やしない。
そんな時、目の前にあいつが現れる。
「ムラサキ────かよ」
「ひっ、恐ろしいですっ」
ムラサキ、そいつはリツカ帝国の門の前で暴れていた狂乱者。
あの時と同じく紫色のマントに身をつつみ、顔はうかがえない。
大きな鎌も相変わらずだった。
無言で鎌を揺らす行動に、危険を感じた。
「あぶねぇって!」
キリカの腕を引き、茂みの中に転がり込む。
直後、大木のなぎ倒される音。
「あああ、ありがとうですっ」
「んなこと言ってる場合か! 逃げるぞ」
キリカを立たせ、手をつかんで走る。その手はまだ冷たかった。
斬撃が、飛んでくる。
わけもわからず無我夢中に走る。それでも斬撃はゆうに追いついてくる。
左右の木が次々と倒れていく。
無理だ。このままでは殺されてしまうだろう。それも簡単に。
無抵抗の兎を狩るライオンのごとく、そう、簡単に。
ズプッっと。切れる音─────。
「痛ってぇ! このっ」
左腕がサクッと切られた。
骨までには届いていないが、結構深く切り込まれたようだった。
そう考えているときには地面が、目の前にあった。
倒れたのだ。と理解するのには時間がかかった。
熱い、左腕がジンジンと熱い。焼かれたように熱い。
久しぶりの大きな怪我は切り傷か─────。
「れっ、玲夜さんっ!」
叫びながらキリカが駆け寄ってくる。
駄目だ、このままじゃあ………。
「だ、大丈夫」
身体全体に力を込める。しかし身体は思うように動かない。なんてことだろうか、傷一つでこのざまだ。
後ろから歩みが迫ってくるのがわかる。
分かっているけど動かない。いや、動けない。
「キリカ、いい。逃げてろ」
「な、なにいってるんですっ! 玲夜さん置いてなんていけませんっ!」
馬鹿か、ここでこんな王道パターンはいらない。ここは漫画やアニメの世界じゃない。
死ぬんだ。これはリアルなんだ。
いいから聞き分けろ。
そんな俺の思いに反するかのように、キリカは俺をかばうようにして両手をいっぱいに広げてみせる。
これはアレか、やるなら俺をやれ的なアレか。
「れ、玲夜さんを殺すなら私を殺してくださいっ!」
そのまんまか。
どうやらムラサキが姿をあらわしたらしい。キリカの声が震えていた。
「邪魔、だ………」
再び聞くムラサキの声。どうしたらあんなにも怨念のこもったような声が出せるのか。
「ど、どきませんからっ!」
女の子に守られている。………俺はそんな趣味はない。
「だから、逃げてろって………俺、強いから」
何とか立ち上がれた。そして出来るだけの声で強がってみる。
「で、でもっ」
「いい、そんなパターンは。黙って逃げてればお前は助かるから」
ぐっ、と一瞬キリカの顔がゆがんだような気がした。
そしてそのまま俺の横を通り抜けて走り去っていく。
怖かった、んだろうな。
「さぁ、こいよ。ムラサキ」
分かってた、俺はここで死ぬ。
何度も言うがここは漫画やアニメの世界じゃない。そんなに甘くは出来ていない。
危機の中での覚醒なんてはない。弱いものは死ぬ。
この世の理だろうから。
キリカだけでも逃がせたのはよかった。
それに怜那、あいつはどうするのだろうか。俺が死んだら飯だって用意できないからな。
姉貴、折角のゴールデンウィークに家に訪ねてみれば弟が神隠し。
前まで俺は人が一人死ぬくらいで世界は変わらないと思っていた。しかし、それは違った。
その人物の周りの世界は大きく変わる。そう再確認できた。
俺は周りに居る人を思い浮かべて、めずらしくひねくれずに素直にそう思えた。
「ふ………」
鎌を持ち上げて横なぎに振るうムラサキ。
来るであろう斬撃を横に転がって回避する。一歩遅れて斬撃が木をなぎ倒す。
俺はこの世界で死ぬ。だけど。
「死ぬ死ぬってもな、簡単に死ねるほどいい根性してないんだ。俺はひねくれてるから」
「……………」
正直言って、避けられるんじゃないかなんて考えている。
でも、それは甘いとも思っている。
俺が少しでも時間を稼げれば。
生き残れるとは思えないが、俺じゃない他は生き残れる。そう、キリカだ。
人が死ぬのはもう、いやなんだ。
足をもつれさせながらも走る。逃げろなんて何度言われたことがあるだろう。
そのたびにあいむは逃げて、そして後悔してきた。
でも、立ち向かう勇気なんてもってない。怖くてすぐに動けなくなる。
ただ、機会が来たのなら、あの敵にも勝てたのかもしれない。
でもそれは遠い昔のことだ。今はもう忘れてしまった。
できない。
また後悔する。
また死ぬ。
また一人。
そんなのは──────もういやだった。
今まで走ってきた道をできるかぎりの力で走り、戻った。
「くそっ………」
すでに身体にはいくつもの切り傷が出来ていた。
相手がそうしているのか、なかなか俺自身に当たらない。すこしずつ、ダメージが蓄積されていっている。
いや、俺が転んだり避けようと試みているせいかもしれなかった。
「…………当たらない、か」
ぼそり、とムラサキが呟く。
「ならば、─────」
「玲夜さんっ!!!」
ムラサキの声をかき消すように、いや、実際かき消してキリカが叫んだ。
「お前っ………なんで……」
戻ってきた、という言葉はいえなかった。キリカの眼は先ほどまでとは違っていた。
そして泣いたのだろうか、目の周りは赤く少し腫れていた。
そして何よりも違っていたのは、いや、変わっていたのは彼女の両手。
手ではなく、刃だった。
「こんな姿………あれですよね。でも、あいむだって戦えるんですっ……」
崩れそうな笑顔で、そう笑った。
なんつーことだ、能力がないのは俺だけってことか。
だけど、能無しでも出来ることはあるはず。
「は………んならいっちょやるか」
「は、はいっ!」
ムラサキを挟んで、結託した。
「雑魚が2匹に………」
「そ、それはやってみないと分からないですよっ!」
「そうかもな!」
いくらか気分が楽になった俺は、何も無いが反撃をすることにした。
「らあっ!」
見よう見まねのハイキックをムラサキめがけて放つ。
当然それは避けられるわけで、カウンターに鎌を振るわれる。
しかし斬撃は飛ばない、俺が十分に離れた後にやってくる。
戦いの中で一つ分かったことがある。こいつは近距離戦でもやれる。
ヒットアンドアウェイ。これをうまくこなすことで、斬撃は回避できる。
ワンテンポ遅れて斬撃はやってくるのだ。鎌に注意しつつ、振るわれたときは下がる。
簡単なことだった。
あのリツカ帝国の兵士達がやられていたのは、ムラサキが下がったときに攻撃を仕掛けにいっていたら。
ならば、こちらから攻めていけば問題は無い。
「やぁっ!」
ガキィィン、とキリカの手刃とムラサキの鎌が交差する。
その一瞬の隙を俺は見逃さず、ムラサキに拳を叩きつける。
「…………っ!」
あまりにも軽く、ムラサキは吹き飛んだ。
いや、触った感触がやわらかい、というのも違う。積もりたての雪のような感触だった。
木にその身体を打ちつけて停止する。
あいつは人間じゃないのか。ならば、血無しだろうか。
「…………撤退」
小さく呟き、よろけながらも森の奥に消えていった。
「とりあえずは………勝った、のか?」
「か、勝ちましたっ!」
言ってキリカは、自分の両手を見た。
「そんなもん、どーってことねーよ」
かける言葉はそんなものしかなかった。でもキリカは泣きそうな顔でこっちをみていた。
「こっ、怖くはないんですか」
「怖くねーよ。お前がそれで助けてくれたんだろ」
「いっ………いなくなったりしませんかっ……?」
「ならねーよ」
「本当ですかっ……?」
「ああ」
誰にでもかけられる言葉に俺は意味なんて無いと思っていた。でもこうやって泣きそうな奴がいる。
どんな言葉でも気持ちが楽になるのであればいくらでもかけてやろう。
少し歩くと、大きな円形の鏡が大きな大きな木に立てかけてあった。
キリカの案内のもとで、ついに魔境のありかにたどり着いたのだ。
今までに表現してきたどんな大木よりも比にならないくらいの巨大な木だった。それにこちらも馬鹿でかい魔境があった。
「じゃ、いくぞ」
「あっ、あのっ……─────」
キリカが何かを言おうとした瞬間、爆発した。
「な、なにが……」
「ひやっ! なんですかぁ!」
森の一帯が燃えている。真っ赤な炎が辺りを侵食し、巻き込んでいく。
まるで生き物のように、森を蝕んでいく。
何が………起きている?
危険であることは確かだった。
「絶対あぶねぇ! とりあえず行くぞ!」
キリカの腕を引いて、鏡の中に飛び込んだ。
飛び込む瞬間、キリカが何かを言っていたような気がするが、聞こえなかった。




