11話:姉
エイプリールフールですね。
だからと言って特に言うことはありませんが……。
でもせっかくなので、ここはひとつ嘘をついてみましょう。
『明日一日でこの小説を三回更新します!』
年に一回のお祭り(?)ですものね。
風呂場からは小さなシャワー音が聞こえてくる。これはなんという状況だろうか。
俺はまだ高校生で、世の中のことをろくに知らない青年だ。
降り注ぐ邪念を取り払い、怜那の持ってきたキャリーケースを運ぶ。
大体、玄関に置いておくべきではないだろう。
ゴトリ、と何かが落ちた音がした。重いものだろう。大して危険なものではないと思いそれが何なのかを確認する。
「け、拳銃………?」
何でこんな物騒なものを………刀といい銃といい……本当に銃刀法違反じゃないか。
それは、ピストルというべきなのか拳銃でいいのか、よく分からなかった。
ただ、鈍く銀色に光り、その重みが本物だと教えてくれていた。
「おいおいおい。冗談じゃねぇ」
風呂場でのんびりとシャワーを浴びているあいつに一刻も早く聞きたかった。
別にこれが鏡の別天地での出来事なら無理やりにでも納得できる。しかし、ここは現実だ。なんでこんなものが手に入る? おかしいじゃないか。
裏では危ないことに手を出しているんじゃないだろうか、と思う。
そう、俺はあいつのことを何も知らないのだから。
名前、年齢、………それだけ、たったそれだけしか知らない。それも真実か分からない。
それ以上を望むのはただの傲慢な人間かもしれない。ただ、一緒に住んでいる以上、教えてくれてもいいとは思う。信頼しているからこそ一緒に住んでいるのではないのか?
いや、俺はなんでこんなことを考えているのだろうか。まったくもって馬鹿馬鹿しい。
鏡の別天地には関わりたくないと逃げておきながらこれか?本当に自分に腹が立つ。
一体、俺はどうしてしまったのか。
───最近………何かおかしくない……?───
莉瑚の言葉が脳裏に思い浮かぶ。本当に、そうかもしれない。
シャワーから上がって頬をピンク色に染め、見慣れないパジャマを着た玲那が、風呂場から出てきた。
俺はそれを横目で見つつ、とりあえず座れ、と促した。
「な、なによ………そんな怖い顔しなくてもいいじゃない。鍵は……無くしちゃったんだから」
「いや、それについてはいい。どうせ俺の家には盗まれるものなんて特にない、それより」
俺は先ほどの拳銃を、机の上に置いた。
「あんた………これ」
「どういうことだ」
「わっ、私のカバンの中身漁ったの!? 最低! 変態がここにいたわ!」
「それについてはあとから訂正する。いいからこれは何だ」
「やけに冷静………というか厳しい顔してるわね。別にこれは………」
そのまま沈黙が続く。怜那は俯いたまま何も言わない。そんな中、時間だけが過ぎていった。
また、沈黙か。そう、なのか。
仕方がないので俺のほうから口火を切った。
「お前は、俺に何も教えてくれないのか?」
「え………?」
怜那は目を見開き、俺のほうを見る。そんなに驚くことだろうか。
「いつも、お前関連の話になると黙り込むよな。俺は言いたくないならそれでいいと思っていた。でもな、今回ばかりはおかしい、何で普通の女の子のカバンから拳銃が出てくる?」
「普通の………女の子じゃないから」
「別に今はボケを必要としていない。正直に言え」
「なんで………」
だん!と机を叩いたかと思うと、怜那は立ち上がった。
「なんで、あんたにそこまで言わなくちゃいけないの!? そんなのっ……私の勝手でしょ!」
そのまま俺の部屋へと走り去っていく。
バン! と乱暴にドアが閉められた。
「そうかよ………」
一人、呟いた。
どうやら俺には女の子を苛立たせるというか悲しませるような力があるらしい。それはもうこの何日間と今日でしっかりと伝わった。こんなところで不幸だ、と嘆くほど俺は余裕を持っちゃいない。
実際、俺はもうおかしかったのかもしれない。どうしようもないほどに。
久しぶりにあれを使うとしようか。
出来れば、それは避けたかった。次の日の目覚めや気分が最悪になるからだ。
でも今はもう、そんなこと言ってられないかもしれなかった。
俺は、自然と自分の部屋へと向かっていた。
部屋のドアを開く。何かに防がれているのかと思ったが、案外簡単に開いた。
怜那はベットで不貞寝しているようだった。小さな寝息が聞こえる。
タイミングがよかった。それだけ思い、机の引き出しを開ける。
明日、学校に行けるだろうか。
それだけを思って、ソレをつかんだ。
目覚めは最悪。体は重いし、頭は痛い。これを最悪と言わずしてなんというのだろう。
心なしか視界がぼやけているような気がする。やっぱり、止めとけばよかった、と思う。
それでも時間は進んでいくわけで、学校へ向かわなくてはならない。軽めの朝食を2人分作り、一つにはサランラップをかけておく。あいつはまだ寝ているらしいからな。
何も無いところで転びそうになりながらも、玄関までたどり着いた。俺はこんな調子で学校へたどりつけるのか?とおぼろげな頭でそう思った。
しばらくすると視界は回復したが、気分は治らない。
今日は公園もろくに確認せず、学校へと向かった。
「おっし、ホームルームでも始めるかー」
いつもよりややテンション高めの詠センセーの声も、今は聞き流していた。
体調もそれなりによくなって、今はいつもと変わらないが、何か集中できなかった。
「今日はUFOについて語ろうと思う」
「まじっすか! センセー、俺も見たことありますよ」
「アレは一昨日の話だ………」
「一昨日って! ものすごく最近じゃないっすか!」
「御崎、次に私の話を遮ったらチョークを千本飲ます」
「えぇ!? 針じゃなくてですか!」
「よし、口を開けろ。行くぞ」
「うばぁぁぁぁぁぁっ!」
何かがズレていたのかもしれない。いや、俺は切り替えの早さが大事だと父にも言われてたはずだ。
切り替えよう。今は無心になろうか。そうだ、無心だ。…………。
ここに来てボケに走る気はないが。
「それでな、空から光がビカーって振ってきたんだ。いやー、アレは流石にびびった。ん、なんだ御崎、聞いているのか?」
「おぼごろ、ぶおぼぼぼ」
「ほう、私に喧嘩を売っているように見えるなぁ」
「ぶば、ぼんばぼぼばいべ」
「さてと、顔は目立つからな、背中でも殴っておくか」
「ぶぼーーーー!」
無駄なホームルームは、悠斗の被害だけですんだ。
私は帰り道、道路に何かきらきらと光るものを見つけた。普段なら見向きもしなかっただろうし、拾おうとも思わなかった。きらびやかに光っていたそれは、鍵だった。
鍵には見覚えが無いが、それについているキーホルダーには見覚えがあった。
小学生のころ、確か私があげたおそろいのストラップ────。
色違いのソレは、あのころと変わらずにそこに在った。
「れい………くん」
何を思おうが過去に戻れないことは明白だった。こんな私でもファンタジーを夢見ることだってある。
どれだけ優等生だと言われても、絶対に負の部分は人にある。
それは私も同じで、れいくんも同じ。大きいか小さいか、強いか弱いか、表なのか裏なのか、酷いか、辛いか、苦しいか。
どうなのかはその本人しか知らないし、知るためには何かと比較しなければならない。
比較の対象となるものによって、知ること、受け取ることは違う。
「………また、変な理屈っぽくなっちゃったかな」
それは久しぶりの独り言だった。
家に帰ると、机の上の朝食は片付けられていて、昼食のインスタント食品もちゃんと捨ててあった。
食欲は、変わらないんだな。
苦笑しながらカバンを下ろし、ソファーに腰掛ける。その瞬間、またも俺の部屋のドアがバーン! と
開け放たれた。
「ご、ごめんなさいっ」
飛び出した第一声はソレだった。怜那は頭を下げたままだった。
「…………」
「わ、私のためを思って言ってくれてたんだよね。……そんなことも分からないで……私怒ってた。また同じことを繰り返すところだった。わ、私たちパートナーなんだから」
「…………」
奴隷から一歩前進か。
「今は言えないけど………きっと、いつか話して見せるから。覚悟が……出来たら」
今は、それだけでいいか。それだけを聞ければ。
俺はなんて流されやすいのだろう。でも、今はそれでもいいと思った。
「だから………怒らないで……よ」
「別に怒ってなんかねーよ。お前が勝手に不貞寝してただけだろ」
「えなっ! 部屋に入ったの!? へ、へ……変態っ! 何もしてないでしょうね!」
なんでこいつはいつもそんな方向に考えてしまうのだろうか。
「年下には興味が無い」
「なっ! 今の言葉には、女として見ていないっていう意味が含まれてるよ! 私だって……まだ成長期なんだから、これからよ! 成長するのは!」
すまん、どうしてもこいつは飛びすぎている。
「まぁ、いい。勝手に成長してくれ。それとな………まぁ、なんだ? 明日からゴールデンウィークだろ?だから………どっか行くか?」
ちょっとした仲直りのしるしに、と思った。が、しかし。
言って、思い出した。
「え!? どこか連れてってくれるの!」
「しまった………最悪だ。大型連休だ……、完璧に忘れていた……」
「え? なになに? 何処行くって?」
そう、大型連休。毎年あるはずなのに、今年だけすっかり忘れていた。
それは非日常に触れていたせいか、すっぽりと頭の中から抜け落ちていた。
「ねぇ、何処行くっていってんの? 東の京?それとも────」
「いや、俺の話を聞いてくれ」
「北の海道? 蟹食べに行くの? 」
「すまん、俺の話を聞いてくれ」
「あっ、天下の台所ね! おいしいものいっぱいだよー」
「とりあえず勝手に喋るぞ、………ゴールデンウィークは……姉貴がくる」
一瞬にして空気が凍った。




