7.かいわ
イケメンこと神崎さんを、週に三回は見るようになって三週間。
日本列島は関東の梅雨も、もうすぐ明けると言われている。
お店に来る人たちも、店員の格好も、早々皆さん半袖に切り替わってずいぶん経つ。もう少ししたら袖なしの人がもっと増えるのかな。
まあ日本の季節なんて別にどうでもいいや。一番の問題は、神崎さんなんだから。
三週間より以前は、まったくと言っていいほど見かけなかったのに、この片山さんとの急接近振りはどうだろう。
僕は多分、西上さんよりも先に、はにかんで笑う片山さんを見てしまった。
もちろん、微笑んでいる相手は神崎さんだ。
え、覗きじゃないってば! 二人とも皆がいるところで堂々と仲良さそうにしてるんだもん。見たくなくても見えちゃうんだってば。
店長もそれとなく注意はしたみたいなんだけど、イケメンがね。神崎さんがね。どうも所構わずって人らしくてね。
「正直梅雨時期に、あんなに暑苦しいものを見せ付けられるのは勘弁願いたかった」と、バイトの人たちが漏らしているのを聞いた。
僕に汗腺なんてものは存在しないから、みんなの苦しみが分からなくて、ちょっと申し訳なかったけれど。
熱々、とまでは行かないけれど、僕にもし実体があったら、神崎さんと片山さんの距離感というか雰囲気は、確かに直で見せ付けられるのを遠慮願いたいものだったかもしれない。
暑苦しいというか、痒い。
セクシュアルな部分が感じられないという意味では、多少好ましいのかもしれないけどさ。
そうして今日の勤務も、徹夜の魂回収で眠そうな西上さんと一緒に、妙に距離の近い神崎さんと片山さんを見せ付けられているというわけです。
でも西上さんはすごい。三週間の間に、眠かろうと二人が少しイチャイチャしてようと、動じることなく接客その他の業務をこなしてしまえるようになったのだ。これには僕も舌を巻いた。
と同時に、片山さんを視界に入れることも減った。
やっぱり、諦めちゃったのかな。個人的には神崎さんより、西上さんのほうが片山さんみたいな女性には似合うなあって思っていたのになあ。
それに片山さんの叱責が減ったからかもしれないけれど、彼女の態度も以前より柔らかいものに変わっている。少しだけど西上さんに対して笑ったりもする。
……まあ、西上さんに対する態度の軟化は、確実に神崎さんと一緒にいるようになって、片山さんの心に余裕が生まれたせいなんだろうけどね。
今日も一日きっちりと仕事を終えた西上さん。
ほぼ同じ時間で仕事を切り上げる片山さんが、今日は残業をしていかなければいけないらしくて、一緒に帰ろうと待っていた神崎さんに残念そうに謝っていた。
西上さんは、少し離れた場所でその様子をじっと窺っていた。
……西上さん、何するつもりなの?
片山さんと別れた神崎さんは、若干残念そうにしながらも最寄り駅の地下鉄への道を歩き始めた。
西上さんは、そんな神崎さんの後をゆっくりと付いていく。
尾行……ってやつ? 西上さん、本当に何するつもりなんだろう。
職場で彼女と一緒にいちゃつくな、とか言うつもりなのかな。
でもそういうことなら先ずは店長か、もしくはもっと上の社員に話を持って行くはずだしなあ。
「あの」
と思ったら声掛けるんだ!
西上さんの声に、神崎さんが振り返る。
神崎さんの目には、最初から分かっていたとでもいう風な、状況を楽しんでいる雰囲気が見て取れた。
「なんだい?」
余裕たっぷりに尋ねる神崎さん。上から目線なのに、何か様になってるなこの人!
「……彼女を、どうするつもりだ」
ん?
「どうするつもり」って……。
「彼女とはどういう関係だ」、ならまだ話は分かるんだけど。
「……どうするもこうするも、君には既に分かっているのでは?」
神崎さんは、余裕たっぷりに笑う。
そして、彼は「僕」を見た。
それが偶然じゃないと分かるのは、「なあ、『僕』」と声には出さずに唇だけで神崎さんが喋ったからだ。
ハッタリにしては、余裕がありすぎる。
それに、僕は今まで西上さんを含めた誰にも、知覚されたことがないのだ。
僕はただの力というか意識の塊なのに、存在しないはずの実体が――背筋が寒くなるような感覚を覚える。
神崎さんはふ、と笑みを漏らすと、それ以上何も言わずに去っていった。
あの人誰? っていうか、何者なんだろう。
あんまり、知りたくないな。