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3.ともだち


 西上さんはそのあと、八時間の勤務を乗り切った。非常に青い顔をしていたけれども、意外と危なげなく乗り切っている。……うん、お疲れさま。

 お昼に一時間休憩を取っていたから、午後六時に西上さんは仕事を上がった。普通に仕事してたね、西上さん。……あなたが死神だっていうのが、冗談なんじゃないかって思えてきた。

 お昼はゼリー状のドリンクだけでしのいで、もうホントにこの人食生活が崩壊しているなあ、って目も当てられない気持ちになってしまった。

 そして今、西上さんの部屋の前まで来ているんだけど……中から、笑い声が響いているんだよね。

 今朝、西上さんはちゃんと鍵を掛けて家を出たはずだ。けれど、部屋の中からは楽しそうに談笑する声や、驚いたことに食器の音がする。ご飯食べてる。家主を差し置いて。

 西上さんは深く息を吐いた。寝不足と空腹からだろう、顔が白い。

 取り出していた鍵を鞄にしまうと、部屋の中にいる人間になんの前触れもなくドアを開けた。あ、開いてたんだ。

 ドアの向こうの四畳半には、成人男性と思しき人が三人ほどいる。朝、西上さんが這いずるように出てきた布団が隅におしやられ、部屋の中心に小ぶりのテーブルが置かれている。

 三人は一瞬動きを止めて、黙って部屋に入ってくる西上さんを見ている。

「おかえり~」

「おかえり、康也」

「遅かったな」

 西上さんが部屋に入ってドアを閉めると、三人は三様の挨拶をして、テーブルの一隅を空けた。西上さんはむっつりとした顔で空けられたスペースに座る。ご丁寧に座布団が敷いてあるよ。

 そしてテーブルの上には……鍋。うわ、しかもすき焼きじゃないですか。美味しそ。

 西上さんの前に、生卵が入ったお椀とご飯が盛られたお茶碗に、箸が置かれる。据え膳だ。

「……お前ら、部屋に来るなら来るで、連絡寄越せとあれほど」

「まあまあ、小言は後で良いっしょ。早く食べないと冷めるよ? 冷蔵庫の中見せてもらったけど、康也、またまともに生活してないでしょう」

「そうそう。お前俺たちがこうやって定期的に飯食わせに来ないと、絶対栄養失調でぶっ倒れるぞ。分かってんの? その辺の有難味」

 西上さんはげんなりとした顔で、箸を持つ。

「感謝してるよ。……頂きます」

 すごく言いたくなさそうに西上さんがそう言うと、彼を含めた四人がすき焼きをつつき始めた。

 缶ビールが出された時点で、西上さんは苦い顔をした。けれど、ご飯を奢ってもらっているからなのか、何も言わずに立ち上がってコップを用意する。三人は嬉しそうに、西上さんに謝意を示す。はて、どっちがたかっているのか。

 宴会なのか普通の食事なのか分からなくなってきたところで、どこか堅気っぽい空気とは一線を画す雰囲気の男性が口を開いた。

「んで、いつまで康也はお金にならない仕事を続ける気なの」

 西上さんのコップを持つ手が止まる。もう少しでビール飲めそうだったのに。

 傾けていたコップをテーブルに戻すと、西上さんは質問してきた男性に向かってじっと視線を送る。男性も逸らさない。

「もー、良いじゃん、康也が続けたいならそれで。なんだかんだ言って康也の食事不精が、こうやって僕たちが集まる理由になってるって言ってたの、涼一じゃないか」

 おっとりとした雰囲気の男性が、涼一という、西上さんに質問した男性を嗜める。涼一さんは顔を赤くすると、「いや確かにそう言ったけどさ」と言葉を濁す。あ、これがツンデレって奴か。初めて見た。

 三人のやり取りを、ビールを飲みながら黙って眺めていた男性が、おもむろに口を開く。

「康也、今月いくつ魂受け持ってんの?」

 西上さんは顔をその男性に向けると、考えるように視線を天井にやる。

「えー……、二十くらい?」

「へえ、結構多いね」

「うん、しかも深夜ばっか。地味にしんどい」

「お疲れさん」

 物静かそうな男性は、そう言うと缶ビールを開けて西上さんのコップにビールを注いだ。彼なりの労いなのだろう、西上さんも笑顔で「ありがと」と言った。

「二十かあ……僕なんか日本人が子供産まないせいで、今月魂運ぶの十五なんだよ。ああ、早く子育てがしやすい国にならないかなあ。そしたら、僕の給料も上がるのに」

「でも『コウノトリ』って、女性に触らないと仕事にならないから、セクハラ訴訟で差し引き半分ってところじゃないのか? 晃海の場合」

 晃海、と呼ばれたおっとりとした男性は、涼一さんの言葉に傷ついたように顔を伏せる。

「まあね……コウノトリってそれだけがネックなんだよね……給料は死神より高いからいいんだけど」

「康也は『コウノトリ』やんないの?」

 物静かな男性が、西上さんに話を振る。

「いいんだ。死神、もう少しやりたいから」

「もうほっとけって、乙尋」

 穏やかそうに見えた乙尋さんは、涼一さんの言葉に構わず、結構力強い瞳で西上さんを見た。

「でも一神教組織の台頭で、この狭い東の国の死神業界は独占的な市場になった。稼ぎは減るし案件自体も少ない。バイトしないと食いつないでいけないような仕事に、何の未練があるんだ?」

 ……わー、すげえ。

 そういえばこの面子の中で、乙尋さんだけがスーツ着てネクタイ締めてる。

「……知ってるだろ、お前」

 西上さんは絞るように声を出す。辛うじて笑顔だ。でも見てるこっちが辛くなるような、笑顔だった。

「悪い。……でも、あんまり心配させるな」

 乙尋さんが済まなそうに謝る。こういう心配って、一番堪えるよね。西上さん、ちょっと泣きそうだもん。

「まあ、もうあんまり若くないんだし……無理するなって、言いたいだけなんだよ。それだけ、分かっとけ」

 涼一さんが照れ臭そうに話す。その様子がおかしかったのか、晃海さんが吹き出した。

「あはは、本当に涼一って康也大好きだよね」

「う、うるせっ!」

「ほら、注いでやる」

 乙尋さんが缶ビールを持って、涼一さんのコップを促す。

 西上さんは深く息を吸って吐くと、少し潤んだ目で三人の男性を見た。

 ……友達って、いいもんですね。




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