23.四×三
西上から連絡を受けて、四浦涼一が向かったのは、総合病院の病室の一つだった。
西上が負傷して倒れ、全治数週間の怪我を負ったと聞かされた涼一は、西上に無断で作った西上宅の合鍵を使って部屋に上がり、彼のための荷造りをした。甲斐甲斐しい自分に気持ち悪くなりながらも、涼一は几帳面に荷物をまとめた。――友達が不便に思うことがないようにという、彼なりの気遣いだ。
そして知らせを受けてから三時間ほどして、涼一は病室へ向かった。
幸い、意識だけははっきりしており、大きい怪我だったのに特に手術の必要もなかったため、縫合処置と痛み止めを打ってもらって、早々に病室に送られたということらしかった。
というわけで、痛々しい包帯を別にすれば、西上は至って普通だった。涼一はすごく心配した自分を恥じ、かなりつんけんとした態度で西上に荷物を押し付けた。
「……悪いな、ありがとう」
「悪いと思ってるなら、今度焼肉奢れよ」
「金掛かるなあ……」
遠い目で婉曲的に拒否を示す西上。
そんな彼とは裏腹に、明るい声が病室に響く。
「康也~、怪我したって?」
恐らく土産のケーキなのだろう白い箱を持って現れたのは、四位晃海という、これもまた涼一と西上の友人だった。友人の後に「?」が付きそうな間柄ではあるが、とりあえずは仲間内だ。西上は寝たままだったが、涼一は備え付けの丸椅子を一つ取り出して、晃海に渡した。
「うあわー、派手にやっちゃったねえ」
晃海は心なしか楽しそうだ。
「お前、康也が怪我したっていうのに、何でそんなに楽しそうなんだ」
涼一が咎めるように聞くと、いやそれがさあ、と急に声を潜めて晃海が続ける。
「楽しいっていうか、まあ予想外の出来事が起こって、びっくりしてるっていうのが正しいのかも。あのね、康也。片山園生さんって、この病院にいるの?」
西上は目を開いて晃海を見る。涼一は名前に聞き覚えがなかったので、二人を訝しげに眺めやった。
「彼女が、どうかしたの?」
「いやほら、彼女って、数千年前からその……ある天使と個人契約結んでて、契約をした個人が死んだ後も、魂を経由してずっと『二十六歳で死ぬ』っていう契約を履行され続けていたっていう話だったんでしょ? 上がさあ、じゃあきちんと生きられなかった時間を返せってことを言い始めてね? え~と、362年分、『片山園生』の人生にしちゃえってことになったらしいよ」
晃海の短所のひとつは、何をするにしても緊張感のない態度と口調に由来すると、涼一は思った。一瞬「あっそう」と聞き流してしまった自分に更に驚いたが。
「んでねー、これ書類」
「ちょっと貸せ」
「あ、見ちゃ駄目なのに……他言無用だよ~?」
もしこの書類を持っていたのが四家乙尋だったなら、涼一は恐らく投げ飛ばされて気絶していただろう。西上以上にぼんやりとしていて、口数の少ない乙尋だが、恐らく四人の中で一番腕が立つ。実力行使を辞さないタイプで、そういえば少し前にも投げられたな、と涼一は要らない記憶を掘り返してげんなりした。
書類を見ると、簡単な受け渡しを告げる旨がごく短く綴られていた。
「引渡し362年分て……なんか身も蓋もねえ表現だな」
「だって他にどう書けっていうのさ。生きてて400年くらい経つけどさあ、こういう書類作ったの初めてだったし。おまけに説明者に西上康也を指定してるんだもん。驚いちゃった」
確かに俺でもそりゃあ驚くわ、と涼一は頷いた。西上は一人虚空を見ている。現実逃避をしたい気分だったのだろうと涼一は推測した。
「生きてるか」
不躾な挨拶と共に果物の盛り合わせを持って現れた乙尋は、場の雰囲気のいつもの調子に苦笑した。
何はともあれ、今日は平和である。