2.せいかつ
――ッピピ、ピピ、ピピ、ピ。
がちゃ、と少し乱暴に目覚まし時計を止めて、西上さんはそのまま停止した。
まあ、無理もないと思う。
深夜の中年男性の「お仕事」が終わって帰宅してから、まだ四時間しか経っていないのだ。
何しろ終電も終わった後だったし、西上さんは歩いて自宅まで帰った。可哀相に、二時間は掛かっていた。タクシーでも拾えばいいのにと何回も思ったけれども、西上さんの家を見たらその考えは吹っ飛んでしまった。
二十代後半のきちんと(?)した仕事についている男性の住まいでは、なかったのだ。そこは、光熱費も含めて一ヶ月二万円もあれば生活していけそうな、トイレとお風呂場と洗濯と台所が共用になっている、四畳半のお部屋だったのだから。
西上さんは午前八時に目覚まし時計をセットすると、気を失うようにして布団に倒れた。そして、今に至る。
……充分な睡眠もとらずにどこに行くんだろう。昨夜のああいうことを、これからまたしに行くんだろうか。「仕事」として。
あ、動いた。……すごい顔してる。カーテンの布地を透かして届く朝日を、これ以上に憎いものはないという顔で睨んでいる。というか絶望の眼差しだ、もう。
諦めたのか、西上さんはだるそうに身体を起こして布団から出た。
昨夜の小雨に降られたままの格好だったから、布が少し重そうだ。うん、やっぱり湿ってる。
湿っぽい服を脱いで、西上さんは着替え始めた。そして、身支度を整え始める。
顔洗って少し伸びた髭を剃るためだろう、西上さんは一旦部屋の外に出た。
幾分すっきりした顔をして部屋に戻ってくると、ツードアの小さい冷蔵庫から食パンと牛乳を取り出して、ささやかな朝食を食べ始める。
服装は私服だ。昨日仕事をしていたときもカジュアルな服だったから、服装規定とかない職場なのかな。
……死神にきちんとした勤務時間とオフィスってあるのか。むしろ昨日の仕事っぷりから考えると、どうも派遣とか出張とか空いた時間にできる内職に近いものを感じるんだけど。
西上さんは最初に着替えたかなりラフな格好に、鞄をひとつ背負って鍵を持った。そのまま出かけていく。ちなみにフード付きのパーカは赤かった。死神が赤いのはちょっと怖いと思う。
そして西上さんは、そのまま部屋の近くにある駅の……レンタルDVDショップのスタッフルームへ消えていった。
しばらくすると、おなじみの制服に身を包んで「西上」のネームプレートを下げた西上さんが姿を現す。
……どういうことだろう。この人、死神じゃなかっただろうか。
時刻は九時半。確かこのお店は十時開店だから、出勤時間としては模範的なほうだと思う。
「おはようございます」
西上さんは掃除をして下を向いていたから、掛けられた声に反応して顔を上げる。
そこにいたのは……なんか黒猫を彷彿とさせるような女性だった。
身長は150cm台後半くらいで、髪は少し長めの黒髪ボブ。肌が白くて、目が釣り目がちで……少し性格がきつそう。所感だけど。
「おはようございます、片山さん」
「チーフって呼んでください、西上さん」
「あ、はい」
「着替えてくるので、ゲームコーナーの方まで掃除お願いします」
「はい、分かりました」
てきぱきと指示を出すと、にこりともせずにスタッフルームの方へ歩いていってしまう。多分、仕事の出来る人なんだろう。歩き方や表情に隙がない。
西上さんは彼女を見送ると、少しの間手を止めて、スタッフルームのほうをぼうっと見ていた。
そして、溜め息を吐いたと思うと、もそもそと掃除を再開する。
態度だけ見てると、なんか西上さん、もしかして片山さん? が気になっているのかな。……女性として。
まさかね! あはは!
……ははは。
ねえ、西上さん、聞こえてないのはわかってるけど、せめて違うって言ってよおおおお。