15.しんか
「今日も西上くん、顔色悪いね~」
「……いつものことですから」
「ちゃんと食べてる? 体調管理も仕事のうちだよ」
「はあ」
「はあって……、やる気ある?」
「……一応は」
「一応はって、君ねえ……」
片山さんはそう言いつつも、苦笑している。以前のように冷え切った眼差しではないところが、進化というか、それが当たり前なんだというか……。
そう、片山さんと西上さんは、最近仲がいい。仲がいいというか、西上さんが仕事をきちんとこなすようになってからは、片山さんは普通に対応してくれるようになった。
西上さんも、だるいのかそうじゃないのかよく分からない、いつものテンションで片山さんに接している。いつも二人を見つめているような切ない感じではなく、西上さんの家に遊びにきた、あの三人に接しているときのような、気安さが透ける対応だ。
僕は何だか、微笑ましい気持ちで片山さんと西上さんを見る。変に気取ったところがなくて、そのくせ妙な仕事仲間意識があって、二人の雰囲気がすごく心地よいのだ。見ているだけなのに、清々しい気持ちになってくる。不思議だなあ。
「それよりチーフ」
「もう片山さんでいいわよ。何? 西上くん」
自分に対する呼称を若干訂正すると、片山さんは小首を傾げて西上さんを見上げた。
「あの、やっぱり顔色悪い気がするんですけど、……片山さん、ちゃんと寝てます?」
西上さんの言葉に、片山さんは半眼になって言った。
「……常にだるそうで眠そうな君に言われたくないわね」
「そうかもしれないですけど……自分ので見慣れているから、余計分かります。最近の片山さん、すごく体調悪そうに見えます。仕事で出来ることなら、いくらでも残業して手伝いますから……無理しないでくださいね」
西上さんの言葉に、片山さんはぴっと眉を跳ね上げた。
「……別に、無理はしてないけど」
西上さんを窺うように告げられた言葉に、今度は西上さんの片眉が上がる。
「俺の経験上、きっと片山さんの食生活は崩壊しているはずです」
「……どんな経験よ?」
問われて、西上さんは一瞬固まった。これでもかと言うほどわざとらしく、視線を明後日の方に向ける。
「ちょっと、言えません」
「言えないような経験で、私の体調を推測しないでください」
冷えた声で片山さんが言うと、面白いくらい西上さんは焦った。
「え、でも、片山さん絶対に血が足りてない……」
「……君にはデリカシーって物がないの?」
もう、と片山さんは溜め息を吐く。申し訳なさそうに、西上さんは手元を見つめる。
「す、すみません」
「……いいわよ、分かったわ」
西上さんが顔を上げると、片山さんは仕方がないという感じで笑っていた。
「改善するよう、努力する」
「――園生さん」
片山さんが西上さんによい返事をした瞬間に、彼女に声が掛かる。
途端に片山さんは笑顔になって、彼を――神崎さんのほうを振り向いた。
「遅くなってごめん」
「ううん、いいの。待ってるのも楽しかったから――じゃあ西上くん、残業お願いね」
「ああ、はい――って、今ですか!?」
「男に二言があってもいいのかなあ」
片山さんは楽しげに、西上さんを見上げる。
「……分かりましたよ、引き受けます」
「よろしく」
にっこりと、音でもしそうなほどよい笑顔をつくると、片山さんはすぐに支度を整えて、彼氏と一緒に帰っていった。後には若干疲れた風情の西上さんだけが残される。
……何だか神崎さん、すごく嬉しそうに見えたのは、何でなんだろう。片山さんの体調が悪いってこと、きっと分かっているはずなのに。
僕にはそれが、何故だか引っかかった。
不意に刺さってしまった木材の棘のように、強烈な違和感として。
昨日、全話投稿終わりました。あとは終りまで、よろしければお付き合いください。