14.西上3
どうして片山さんと神崎を見ていて心臓が傷むのか、最初は分からなかった。というより、気付かない振りをしていた。
気付かない振りをしていても、無駄だということに気付くのは少し遅れたが。
だからといって、今更仕事を止めるわけにもいかない。それは天が許さないし、何より自分が仕事をする上で大切にしている責任感が、そうさせてくれない。
意地にでもなっているのかもしれない。できるなら何もかもを見なかったことにして、ここから逃げ出したいとさえ思い始めていた。
縋るように、手のひらの傷を見つめる。左手のひら、中指から手首にかけて一直線に伸びる深い傷。忘れられない思い出を持つ、俺と縁との絆。
死神の身体は、半分人と同じだが、半分は天の物で出来ている。やろうと思えば、傷は消せた。普通の死神はそうする。膨大な過去を抱えなければならない天や地に属するものにとって、傷という証は枷にしかならない。
そうしなかったのは、忘れたくなかったから。過去にしたくなかったから。縁を。
自分のことを今になって感傷的だと思った。昔の、縁と出会う前の自分だったら、確実にこんな傷はさっさと消す。傷は他人に弱みを晒すような毒にはなっても、何かの役に立つような薬にはならないと思うから。
君なら――縁、君ならこれを見て、どう思うだろうか。と言っても、君は俺が死神だということも、君の魂をあちらへ運ぶために狩ったのが俺だということも、全く知らないけれど。
知っていたのは、間抜けにもさっきようやくこの傷を見て思い出した「あいつ」だけだ。
しかし、これを見てもまだ完全に思いださないとは……呆れて物も言えない。あいつ、本当は思い出したくないんじゃないだろうか。何だかそんな気もしてきた。
まあ、いい。あいつに関してはいくらでも時間がある。
片山さんと神崎の方は……多分残された時間が少ない。
さて、どうする。
……過去を消したがる死神が多いのには、こういう理由もある。
下手に過去を抱えすぎると、判断材料が多すぎて迷う傾向が強くなる。
恐らく、二人のことに関して使える時間は、そう多くないはずだ。
けれど俺はこの段階でも、まだいくつかの迷いを残し――そして、行動に出るのが遅れた。
結局土壇場で大幅にアドリブしなければいけなくなった。
そしてまさかあんなオチになるとは――この段階では、誰も予想していなかったんじゃないかと思う。