11.しんてん
「このお店の売上の高さは、本当に素晴らしいです」
「……ありがとう、ございます」
少し前くらいから、恋する乙女の瞳になっている片山さん。
対する神崎さんも、甘いマスクにとろけるような微笑を浮かべている。うん、砂吐きそう。
たとえ西上さんみたいに片山さんに好意を持っていなくても、こう見せ付けられちゃあ渋い顔にもなっちゃうよ。
店長とか他のバイトも、店内で作業しつつ会話してる二人を見かけるたびに、うんざりとした表情を隠さない。
西上さんも、みんなに劣らず渋面を作る。けれど、昨日は久しぶりに六時間くらい眠れたからなのか、手元が危なくない。顔は冴えないのに。
西上さんはしっかりとDVDのバーコードを通して、ケースのタイトルとDVD本体を確認して、順次、布ケースに入れていく。
「ありがとうございました」
西上さんの声って、囁くようなのにきちんと通るんだよね。店内に流れているBGMの音量が結構大きいんだけれども、それとは違う音域みたいによく響く。
DVDの入った布ケースを受け取ったお客のお姉さんが、一瞬固まったのち少し頬を赤らめて西上さんに頭を下げる。それから西上さんをちらっと見て、お店を出て行った。
わー、ちょっとすごい。
西上さん、片山さん止めてあのお姉さんにしたら? 少なくとも性格の方はきっときつくないよ。
……って、聞こえてるわけないんだけどね。
片山さんに聞かれでもしたら、そっちもいけない感じだよね。ちょっと黙っていようかな。
え、今日は神崎さんが先に帰るんだ。
最近はかなりの頻度で、片山さんと神崎さんは一緒に帰っていたから、これは珍しい。
これは僕の予想だけど、多分……神崎さんはあのビルに行くんじゃないのかな。何となくそんな気がする。
もう誰に頼まれても、神崎さんの後をつけようなんて思わないし、しないけど。
「何が起こっても保障はできない」って脅しだったんだと、今なら分かる。
でも西上さんと神崎さんが対立する理由が、結局は片山さんなんだということは変わらないらしい。
二人が付き合い始めてからも、西上さんは思い出したように二人の――片山さんの様子を窺っているから。
うーん。対立するポイントは分かっても、その理由が分からないから悶々とする。
せめて西上さんと話せたらいいんだけどなあ。
「西上さん」
と思っていたら、片山さんが西上さんに話しかけてきた。
「なんですか、チーフ」
西上さんが作業の手を止めて片山さんを見る。
「ええと……お疲れさま。今日は残業しなくていいよ。私がやってく」
……片山さんがこんな風に西上さんを気遣うなんて、明日は雪でも降るのかなあ。
片山さんは基本的に、自分の仕事をきっちりと片付けてから、みんなを鼓舞して帰る人だ。
西上さんも、若干複雑そうな表情で片山さんを見ている。その視線には、どこか片山さんを心配するような気配が含まれていて、僕は疑問に思う。
何で今、西上さんは片山さんを心配しているんだろう。
……神崎さんと付き合い始めたから?
違うと思う。
神崎さんと片山さんが付き合い始める前に、二人が一緒に居たときも、西上さんは心配するというよりは、そう……「面倒だ」って顔で二人のことを見ていたように思う。
でもここに来て「心配」だ。
何でだろう?
「チーフ、体調悪いんじゃないですか? 顔青いですよ」
顔が青い……?
そうかな? 片山さん、普通に見えるよ?
というか、神崎さんと付き合い始めてから、彼女は一層綺麗になったように、僕には感じられた。
前まで、どこか突き放した感じのある強気な美人、という印象だったのに、神崎さんと付き合い始めてからは、穏やかで儚げな雰囲気を醸し出すようになったんだ。
あの、冗談やお世辞抜きで可愛くなりました、片山さん。
褒めても何にも出ないだろうし、何より聞こえてないんだろうけど。
「全く問題ないわよ? むしろ西上さんのほうが、いつも倒れそうな顔色なのが、心配なんだけれど」
あー、言われちゃったね。
こういうとき、常に顔色悪くしている西上さんのほうが不利だ。結局、気遣われる側になってしまう。
西上さんは上手い言葉を見つけられず「ほら、帰った帰った」という片山さんの言葉に押されるようにして、スタッフルームに向かう。
……西上さん、すごく複雑~な顔だね。
もうこんなこと片山さんに言われないように、今日は自分でご飯でも作ったら?