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1.武田春信という男

ちょっと変わった恋愛ストーリーです。良ければ見てください。

カタ・・・カタ・・・

図書室に置いてあるパソコンの前で男子生徒が難しい顔をして画面とキーボードを交互に見ながら文字を入力していた。

「うーむ、やはりパソコンというのはよく分からないものだな・・・ミナ」

その男子生徒は小さく溜め息を吐き、自分の頭に手を置く。

「まあ、慣れないうちはそんなものよハル。アンタはまだまだ初心者なんだからゆっくりやんなさい」

私はハルにそう言って欠伸をした。ハルは「む」と言って小さく頷くと再びキーボードを押す作業に戻る。

私の名前は鳥井美奈とりい・みな、そんで人差し指だけを使ってパソコンの前で奮闘している男子生徒の名前は武田春信たけだ・はるのぶ。私は春信の事をハルと呼んでいる。

「ミナ、ようやく入力が終わったぞ!私の成果を見てくれ!」

「あっ・・・ようやく終わったの?どれどれ・・・」

私はハルに促されパソコンの画面に顔を向けた。


『武田春信』


入力画面にはハルの名前だけが入っている・・・一時間以上かけてハルが入力したのは名前だけだった。

私はポリポリと頭をかくと改めてハルの方を見る。ハルは真顔のまま私の顔を見つめている。

「・・・ま、ハルにしちゃあ頑張った方だとは思うよ」

「そうか!良かった、これもひとえにミナが共にいてくれたおかげだ! 感謝するぞミナ!」

「まあね・・・アハハハ・・・」

私は乾いた笑い声をあげて、ハルの見えない所で溜め息を吐いた。一時間も待って出来た仕上がりが自分の名前だけなんてあまりにも遅すぎやしませんかねハル君?

(でも、まあ仕方ないか・・・『あの』ハルがパソコンを使えただけでもたいした進歩だしね)

私は再びぎこちない動きで入力作業に戻ったハルを見て微笑みを浮かべた。


ハルと一緒に行動するようになってからもう一年以上が経つ。ハルと初めて出会ったのは中学三年生になったばかりの桜が満開の春の時だった。

私が幼い頃に父親が交通事故で死んで母子家庭だった私は家にも学校にも自分の居場所がなくて荒れに荒れていた。

いつも教師には反抗的な態度を取ってたし、学校をズル休みしたり深夜になっても外をブラブラしたり

学校の不良達と喧嘩をしたりしてイライラを誰かに、何かにぶつけていた。

もちろんそんな事をしているから友達も出来る訳がなく、教師からも見放されて学校に行っても退屈で嫌だった。

だけど、家に居てもお母さんが悲しそうな目で見てくるから家に居るのはもっと嫌。

高校受験の時期である三年生になっても私の気持ちは変わらず、どうせ今までと同じように退屈で不愉快な一年になるんだろうなぁ、と私は思っていた。

だけど、それは大きな間違いであった。何故なら私の席の隣に座っていた生徒が武田春信というとんでもないトラブルメーカーだったからだ。

春信とのファーストコンタクトは三年になって一日目の帰り道の事だ。喉が乾いた私はジュースでも飲もうと学校の近くに置いてあった自動販売機へと向かった。

そして、自動販売機にたどり着くと機械の前で一人の男子生徒が立っていた。私はそいつの後ろに並んだがその男子生徒は立ったままジュースを買おうとしない。

『ねぇ、そこのアンタ。ジュース買わないんだったらどいてくれない?邪魔なんだけど』

痺れを切らした私が苛立ったように男子生徒にそう言い放つ。

『むむむ・・・申し訳ない。どうもこの機械の勝手が分からぬもので・・・誠に不甲斐ない事だ』

男子生徒はそう言って振り向き、困惑した様子で手に持っていた小銭を眺め続ける。

『はぁ?アンタ、もしかして自動販売機の使い方を知らないの?』

『うむ・・・拙者は普段、竹筒に茶を入れておくのだが今日は忘れてしまったのだ・・・ん?もしかして、お主は拙者と同じクラスの鳥井美奈殿ではないか?』

『はい?同じクラスって・・・そもそもアンタ誰?』

『拙者の名前は武田春信、美奈殿の隣に座っていた者である。思い出してもらえぬか?』

『隣の席って・・・・・ああ、思い出した思い出した』

本来、私は同じクラスの人間には興味がないからクラスメイトの名前なんか覚えやしないのだけど、

コイツの事だけは少しは覚えていた。まぁ、銀色の髪の毛をした人間なんてコイツ以外にはいなかったし。

と、同時にコイツは自分の事を拙者と呼ぶイタイ奴だっていう事も思い出す。とにかく、コイツと関わり合いになりたくなかった私は別の自動販売機の所へ行こうとした。

そんな私を見た春信は私を呼び止めた。

『すまない美奈殿・・・・どうか私に自動販売機の使い方を教えて欲しい』

『ハァ!?何で私がアンタに教えないといけないのよ!面倒だから別の誰かに教えてもらったら!』

『しかし今、私が頼る事が出来るのは美奈殿だけしかおらぬのだ。どうか、どうかお頼み申す!』

春信はそう言って私に対して深々と頭を下げる。もし断ったら春信に何をされるか分からないし、こんな所を誰かに見られたら恥ずかしいと思った私は溜め息を吐いて

春信が持っていた小銭を手に取った。

『まずはお金をここに入れる、分かった?』

『ふむふむ』

春信は私の行動を真剣な表情で眺め続ける。本当はとっとと済ませたかったけど、分からなかったからもう一度なんて事になるのも嫌だったから

敢えて私は手の動きをゆっくりとする。

『次に自分の飲みたいジュースの下にあるボタンを押す。で、アンタは何を飲みたいの?』

『むむ、拙者はそこの緑茶を所望している』

『所望って・・・まぁ、いいや。じゃあ押すからちゃんと見ときなさいよ』

『承知した』

ピッ、ガタン

ボタンを押すのと同時に缶が受け取り口へと落ちる。私は缶を取り出すと春信へと差し出した。

『ほら、簡単でしょ?何でこんな簡単な事が出来ないのか本当に分からないんだけど・・・』

『誠にかたじけない美奈殿、この春信、感謝致しますぞ。・・・・ん?』

春信は私から手渡された缶を不思議そうな顔で確認し始める。

『どうしたの?さっきから缶を眺めてさ。お茶を飲みたかったんじゃなかったの?』

『むむむむむ・・・これは何処から飲めば良いのだろうか?飲み口がないではないか』

『・・・ハァ?アンタさぁ、缶ジュースの飲み方すら知らないなんて言わないわよね』

『・・・・面目ない』

『・・・全く、どこまで世話を焼かせるんだか。ほら、貸してごらん』

私は春信から缶を受けとり、プルタブを開けると再び春信に手渡した。

『おおっ!まさかこのような場所に飲み口があるとは・・・これは一本取られたな』

『・・・アンタ、本当に缶ジュースの飲み方を知らないのね。どこの田舎者なのよ・・・全く』

私は感嘆の声をあげる春信を尻目に自動販売機にお金を入れ、ジュースを購入する。

『それじゃ、私は行くからさ、もう私に話しかけてこないでね?

アンタのような自分を「拙者」って呼ぶイタイ奴と知り合いだと思われたくはないから』

『むむ、それは何故だ美奈殿?己の事を拙者と呼ぶ事が何故いけないのだ?』

『・・・もう付き合ってらんない。侍ごっこなら他の誰かとやってよね。そんじゃ』

私はそう言い捨てるとジュースを飲みながら春信に対して手をヒラヒラと振り、その場を後にした。


『ちょっと・・・言い過ぎたかな』

信号の前で立ち止まった私は空になったスチール缶を握りしめながらボソリと呟く。アイツはただジュースの飲み方を教えてもらいたかっただけなのに

あんなキツい言い方をしなくても良かったかもしれない。

―――いいや、あんな奴。アイツがどう思おうが私には関係ないし。そもそもアイツとは同じクラスってだけで全くの赤の他人だし。

これから話しかけられても無視する事にしよう。私はウンウンと頷いて信号を渡る。


『これはこれは・・・誰かと思ったら鳥井美奈さんじゃーないですか』

『ああん?』

私が振り向くと頭を金髪に染めた見るからに不良っぽい男が数人の仲間を連れて、ニヤニヤと気持ち悪い笑みを浮かべていた。

『誰かと思ったらまたお前かよ・・・アンタもいい加減懲りないねぇ・・・土門』

ポリポリと頭をかきながら私はウンザリしたように溜め息を吐いた。この土門という男は他の学校で問題を起こし続けているここら辺ではちょっと名前が通っている不良だ。

なんだか良く分からないけど、私を目の敵にしている・・・土門が言うには私が調子に乗っているからだって。本当に馬鹿じゃないかしら。

『ハッハッ、そんな事言っちゃってもいいのかな美奈ちゃんよ?あまり粋がってると痛い目を見るかも知れんぞ・・・おおっ!?』

土門は無駄に凄みながらゲラゲラと笑い出す。ほんっ・・・と不愉快だわコイツ。

段々イライラしてきた私はスチール缶を握り潰し土門を睨み付ける。

丁度いい、さっきの武田春信の事でもモヤモヤしていたし、コイツらをボコボコにしてストレス解消といくか。

『ハン、仲間を連れてきてる癖にそんな事を言えるなんてな。所詮、一人じゃ何も出来ない雑魚助が粋がってんじゃないよ!』

『ちっ、相変わらず口の減らない女だな!上等だ、お前を俺様の奴隷してヒィヒィ泣かせたるわ!やっちまうぞてめーら!』

土門と愉快な仲間達は金属バットやら鉄パイプやらを片手に私に突撃を仕掛けてきた。

(素手で武器を持った相手と戦うの・・・ちょっとヤバいかな)

そんな事を考えながらも私が喧嘩の構えを取ったその時――――。


『待たれよ!』


私を含め周りにいた人間の動きを止めるほどの大きな怒鳴り声が響き渡った。この声・・・どこかで聞いたような・・・と言うよりもつい最近に聞いてるよね?

まさかと思い恐る恐る怒鳴り声のした方を見ると、自動販売機に苦戦していた男―――武田春信が仁王立ちをしていた。

『な、なんだてめえは!?俺達になんか用でもあるのか!おおっ!?』

『何も持たぬ者に対し武器を持って挑むとは卑劣なり!

美奈殿!この春信、義によって助太刀致す!』

春信は何やら長い棒みたいなものを取り出すとこちらに向かって歩き始める。

『ちょっ、ちょっと武田!アンタ余計な事はするなって・・・』

『なんだ美奈!この変な野郎、てめえの知り合いか!?』

『いや、知り合いといえばそうかもしれないし違うと言われたら違うかも・・・』

『なんだそりゃあ!?意味が分からねーし!』

グダグダと、私と土門が会話をやり取りしている間に春信はさっさと私の隣に移動を終えていた。

『・・・けっ!一人増えようが二人増えようが気にする事じゃねえや!おい、やっちまうぞ!』

土門はバットを高々とあげ、兵隊共を煽動すると突撃を再開した。私は構えを取りながらも春信に声をかける。

『私がコイツらを相手している間にアンタはさっさと逃げなさいよ!アンタがいたって足手まといになるだけだし、邪魔だから!』

けれども、春信は逃げるどころか突撃している土門達へと歩み寄っていく。人の話を聞けっての、この馬鹿!

『ちょっと何してんのよ!私の話を聞いて・・・』

『心配は無用!決して足手まといにはならぬ』

人の話を聞かない馬鹿・・・もとい春信は長い棒を包んでいた布をスルリと外す。それを見た私は思わず目を疑ってしまった。

棒だと思っていたものの正体・・・それがテレビとかで見た事がある【刀】であったからだ。

『うおおおお!?』

それを見た土門達も面食らったように動きを止める。春信が刀を鞘から取り出すと同時にキラリと刃先が光を放った。

『・・・おいおい』

あまりに突然の事で私は口を大きく開けたまま固まってしまった。そんな私を気にかける事もなく春信は刀を構えるとスゥッと息を吸い、再び怒鳴り声をあげた。

『刮目せよ賊共!これが武田春信の覚悟よ!お主らの覚悟・・・・拙者にも見せてみるがいい!』

その怒鳴り声はまるで雷のように響き渡って、土門達をさらにビビらせている。現に助太刀をされる側の私でさえもちょっとビビってしまっている。

ジリジリと春信が前に進む度に土門達は脅えた様子で後退りをする、もはや主導権は春信が握っていた。

『ちょっとアンタさぁ・・・それはいくら何でもやり過ぎなんじゃ・・・』

『何を申される美奈殿!彼らとてあのような得物を持っておられるではないか!』

『だけどアンタ、刀って・・・・』

『おいおい、油断しちゃあいけんなぁ!くらいな!』

春信が私に顔を向けた隙を突いて、土門がバットを春信の頭に向けて振り落とす。

『危ないたけ――――!』

『そりゃあっ!』

春信は私の叫び声よりも早く、気合いを入れた一声と共に刀を土門のいる方へと振った。

刀は土門―――ではなく土門の持っていたバットを見事に斬り、真っ二つになったバットはカランと音と共に地面へと落ちていった。

『ひ・・・ひいい!』

バットを斬られた土門はその場に座り込み口をパクパクとしながら悲鳴をあげ、脅えた目付きで春信を見上げる。

そんな土門に春信は一瞥もくれず、立ち尽くしながら成り行きを見ていた兵隊達の方に顔を向けた。

『さぁさぁ!次は誰が拙者に挑むのだ!遠慮する事はない、全力でくるが良い!』

『ひっ、ひいい!』

刀を向けられ、戦意喪失していた兵隊達は蜘蛛の子を散らすように逃げていき、土門もまたハッとしたように我に返ると一目散に逃げていった。

『むっ、逃げたか・・・情けない賊共であった』

春信は刀を鞘に戻し、改めて私の方に顔を向けた。

『美奈殿、これでもう大丈夫でございますぞ』

『・・・大丈夫でございますぞ・・・じゃなーい!』

私はありったけの大声で春信を怒鳴り付けた。助けてもらった事よりもコイツが刀を持っている事の方が私にとって問題だったからだ。

怒鳴られた春信はキョトンとした顔になり、不思議そうに首をかしげた。

『何を怒っておられるのだ美奈殿?拙者はこのように賊共を追い払ったではないか』

『そういう問題じゃない!アンタ何を持ってると思ってるのよ!そんな危ないものを持って、何を考えてるの!

全くこんな所を警察にでも見られたらどうするつもりなのアンタは!』

『どうする・・・とは?刀というのは武士にとって命、常に持ち歩くのは当然の事であろう?

それがなぜいけない事なのだ?』

『な――――!』

春信の言葉に私はようやく全てを理解した。コイツは遊びのつもりで侍の様な振る舞いをしているんじゃない。

コイツは、春信は悪い意味で本物の侍なんだ・・・だから拙者とか所望とかの古い言葉を普通に使うし、

刀を持つ事に対して何ら疑問を持つ事をしない。

これが二、三百年前の時代だったら特に何もないけれど、問題は今が21世紀である事だ。

刀を持っている事だけで銃刀法違反で犯罪者になる。しかも本人はその事を悪いとは思わないだろうから余計にタチが悪い。

むしろコイツがこの状態で今日まで生きてこられたのがある意味奇跡的な事だ。

『いかがなされた美奈殿?急に黙りこんで・・・どこか痛む所があるのか?』

もし、このまま放っておけばいつか必ずこの男は取り返しのつかない事をする。そうなる前にこの男をどうにかしないといけない。

よくよく考えてみれば私は春信とは何の関係もないのだから、このまま無視しても良かったんだ。

だけどこの時私は――――春信が現代に生きられるような(変な言い方だけど)立派な人間にすると決意を固めていた。

『美奈殿?』

『・・・武田!』

急に名前を呼ばれた春信は驚いたようにビクッと身体を震わせた。

『むっ!?突然いかがなされた美奈殿、険しい表情をなされて・・・』

『しかめっ面のアンタに言われたくない!まぁ、いいわ。武田、今日から刀とかそういう武器を持って来ちゃ駄目だからね!分かった?』

『なんと・・・!?何ゆえそんな事を言うのだ美奈殿!?刀は武士のたましい・・・』

『言い訳しないの!とにかく刀を持って来るのは禁止だからね!』

『し、しかし・・・・拙者は』

『き・ん・し!分かった!?』

『・・・・承知した』

春信は納得いかないといった顔をしながらもゆっくりと首を縦に振る。

『うんうん、素直でよろしい!後は・・・その拙者とか承知したとか難しい言葉遣いも直す必要があるわね』

『むむむ?それはどういう意味だ美奈殿・・・?』

『まずは、自分を拙者と呼ぶのは止めなさい、自分を呼ぶ時は「俺」か「私」にする事。それと人を呼ぶ時に殿じゃなくて「さん」でよろしい!ま、私に対しては美奈で構わないよ』

『なんと!己を拙者と呼んではいけないなんてそれはいくら何でもあんまりではないか!

美奈殿は拙者に恨みでも・・・』

『コラ!言ってるそばから拙者を使ってる!今まで誰も武田に何も言わなかったみたいだけど

私はビシビシ言っていくからね!分かった!?』

『むむむむむ・・・承知した美奈殿』

『そこは「承知した」じゃ無くて、「分かった」にする事!後、「殿」は駄目!分かった!?』

『む~む~む~・・・承・・・ゴホン、分かっ・・・たぞミナ』

『よろしい!私もアンタの事を武田じゃなくてハルって呼ぶ事にするから、これでお互い様でしょ?』

『むっ、承ち・・・分かったミナ。取り敢えずは・・・これからよろしくお頼みもうす』

『うん!』

―――これが私とハルが一緒に行動するようになったきっかけだ。


ハルと行動するようになってからとにかく驚きと苦労の連続だった。

先ずは言葉づかい、ハルは難しい言葉ばっかり使って自分の言いたい事を相手に伝えるという事が

あまり出来ていなかった。

私は毎日付きっきりでハルに現代の言葉を使っての会話を教え込んだ、・・・まぁ、現代の会話を教えるってのもおかしな話だけどね。

とにかくハルには私達が考える常識というものは通用しない。

刀の件のように私達が当たり前だと思っている事とハルが当たり前だと思っている事が全く違う。

何せカップラーメンの食べ方すら分かっていなかったんだ。目の前でお湯に戻す前の麺をバリバリと食べた時は何の悪い冗談かと頭が痛くなった。

他にも学校の池にいる鯉を釣ろうとしたり、私の調子が悪い日には元気になるからと学校に生きたスッポンを持って来て

目の前で首を斬って生き血を飲ませようとしたり(この時は全力でハルを止めてスッポンは一命を取り留めたけど)

体育祭での騎馬戦の時に本物の馬を連れていこうとしたり(これも全力で止めました)、他にも他にも・・・いいや、例をあげたらキリがないのでここらへんにしておこう。

ハルが問題を起こす度に私はハルに厳しく注意した。ハルは私に注意されると、その度に何故それがいけない事なのかと理由を聞いて来るけど、

私がそれに答えると『むっ、分かったぞミナ』ときちんと言う事を聞いてくれる。ハルは良く言えば素直、悪く言えば単純。

怒られた事はもう繰り返さないように努力するし、褒めてあげると(顔はしかめっ面のままだけど)嬉しそうに私にお礼を言う。

はっきり言えばハルは幼い子供なんだ。確かにハルは男としては頼れる所があるし根性もそこら辺の男共よりもはるかに据わっている。

その反面、何か分からない時があると迷子になった子供みたいに私の所に来て頼ろうとする。

私はそんなハルをまるで自分の弟のように接している、・・・・本当に世話のかかる弟だけどね。

世話がかかると言えば高校受験の時が一番大変だった。私も決して成績は良い方じゃなかったけど、ハルの方はもっと問題だった。

何せ英語のABCどころかローマ字すら分かっていなかったからだ。ハルは国語や歴史に関してはほぼ満点だったけど、

逆に記号がある理科や数学では赤点ギリギリ、英語に関しては常に点数が一桁だった。

私はハルを受験に合格させるために朝早い時間や放課後とか、とにかく時間に余裕があれば勉強を教えた。

その甲斐があってハルは私と同じ高校に入学する事ができた・・・あの時に本当に大変でしたよ、やれやれ。

私の中学最後の年はハルに付きっきりの一年だった。一日もズル休みする事なくハルの面倒を見てきた。

教師達はこれは自分達が今まで頑張って来た結果だと言わんばかりに、恩着せがましく周囲に振る舞っていたけど

私が学校に来てたのはハルが何かしでかしやしないかと心配になっただけなのに・・・本当、大人って汚い。

後で知った事だけどハルもまた教師達にとって問題のある生徒だったらしい。まぁ、その理由はよーく分かるけどね。

高校に入った後もハルには世話を焼かされている。でも、中学の頃と違うのはあのハルにも友達が出来た事だ。

私の方も荒れてた頃の性格がすっかりおさまった影響で話が出来る女友達が数人か出来た。

そのせいかハルと一緒にいる時間が中学の時よりも減ったような気がする。ハルに友達が出来た事は喜ばしい事なんだけど、なんだか寂しいな・・・って何を考えているんだ私は。

別にハルが私から離れても・・・・・離れても・・・・・もしハルが私から離れたら・・・?


「さっきから何をブツブツと呟いているのだミナ?」

「えっ!?う、ううん!何でもないよハル」

ハルの言葉で我に返った私は慌てながらも笑って答える。

・・・考え過ぎよね、ハルが私から離れるなんて。最初の頃より成長したと言っても、ハルはまだまだ子供で私がいないと駄目なんだから、これからも私がしっかりとハルの面倒を見てあげないとね。

でも、なーんかモヤモヤしてすっきりしないので取り敢えず私はハルのほっぺたを軽く引っ張った。

「ふぇっ?」

頬をつねられたハルはそんな間の抜けた声を出しながら私の顔を眺める。

そんな反応しないでよね・・・全くハルは本当に子供なんだから。

私はハルの柔らかいほっぺたをぷにぷにとつまみながら小さく溜め息を吐いた。

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