呪いのせいで婚約破棄された令嬢のささやかな幸せ
全然ささやかじゃない件
「メルリアージュ嬢。二階の喫茶室で音楽会の催しがあるんだ。一緒に参加しませんか?」
新しく婚約者になってくれた、辺境伯子息のモーメント・ルスファータさまが声を掛けてくれる。
「それは……」
本音を言えば参加をしたい。吹奏楽部の有志が月に一回喫茶室を借りて演奏をするイベントがあると知って、毎月予定が合えば参加していたほど好きなものだった。
だけど……。
一瞬だけ足に視線を向けてから。
「申し訳ありませんが……」
断ろうとしたら。
「ああ。大丈夫です。抱えれますから」
あっさり告げて、抱き上げられる。
「モ-メントさまっ!! 降ろしてください。重たいのでっ!!」
「何を言っているんですか? メルリアージュ嬢は軽いですよ。服も装飾品も最小限にしていますし、もっと重くても大丈夫ですから」
太ってるという意味合いではなく、装飾品をもっと着けてもいいのだと言外で言われる。
その言葉が誇張でもお世辞でもないのは軽々と抱えたまま階段を登って行く様で感じ取れる。
(この方は何でここまでしてくださるのでしょう……)
わたくしは呪われたことで王太子から婚約を破棄されて、婚約者がいないからという理由で押し付けられた厄介者に過ぎないのに。
話は半年前に遡る。
王太子とその側近らは自らの経験を積むためという名目でそれぞれの仕事を婚約者に押し付けて外交に行かれてしまった。
まあ、それもどうかと思ったが、文句を言ってもスルーされるだけだろうと思って諦めていたら、外交で王太子と側近はやらかした。
とある国で丁重に扱われている魔女を怒らせてしまい、魔女が追いかけてきたのだ。
魔女はやってしまったことは仕方ないので呪いを一つ掛けることで勘弁してあげると言って、王太子に呪いを掛けたのだが、こともあろうが、王太子はその呪いを自分の盾代わりにわたくしに掛けさせて、
「一回は一回だろう」
と勝ち誇ったように告げたのだ。
そして、わたくしは魔女の呪いを掛けられた。それが足がほとんど動かないもの。一応、日常生活をする分は困らないが、走ったり、踊ったり、階段の段差などは出来ないほどで、無理にやろうとすると転んで立ち上がれない。
そして、自分が原因であるのに王太子は、
「魔女に呪われるような女は王妃に相応しくない」
と婚約破棄をしてきて、それを咎めようとしていた辺境伯子息モーメントさまに押し付けたのだ。
モーメントさまは、辺境で異変が起きて休学中だったが無事に異変も終息に落ち着いたと報告に王城に訪れた矢先だった。
「申し訳ありません……」
謝罪を言うしかなくてこの後どう言葉を繋げればいいのか。王太子が迷惑を掛けたというべきかこんな呪われた女を婚約者にさせてしまってと述べればのいいのかといろんな気持ちでぐちゃぐちゃしていたら。
「いえ。――役得です」
と眩しい笑顔で告げてくれた。
その日から婚約者として丁重に……丁重すぎる扱いを受けている。
呪いを受けたという情報が流れ……というか、王太子が自分の都合の悪いところは隠して言い回っていき、ことの元凶を知らないで呪いを恐れて遠巻きになっていく人々で精神的に追い詰められていっているのを何も言わずにモーメントさまは傍にいてくれる。
いや、モーメントさまだけではなく、殿下の外交の手伝いという名目で付いて行った側近たちの尻拭いをしていた側近の婚約者たちもずっと傍にいて支えてくれる。
人は辛い時ほど本性が見える。わたくしはそんな素晴らしい友人を持っているのだと僅かな幸せを噛み締めてはいるが、モーメントさまの役得という言葉をいまいち信じられない。
何か不利益になっていないかが今の心配事だった。
そんな心配事もあったが、それを表に出さないように気を付けて、持ち上げられた状態のまま喫茶室に行くとすでに友人たちが席を確保している。
「メルリアージュさま。お待ちしていました」
すぐに用意してあった席を見せてくれて、モーメントさまが礼を告げてそっと降ろしてくれる。
座るとタイミングが良かったのか演奏が始まる。
(あっ……)
今日の演奏はわたくしが好きな曲だ。
わたくしが好きだというのを友人たちも知っていたので良かったですねと笑い掛けてくれる。
そのまま平和な時間過ぎると思っていた――。
「何この辛気臭い曲」
荘厳な雰囲気をぶち壊すような声と共にかつての婚約者であった王太子とその側近。そして、中心には一人の少女。
「せっかくの音楽会なんだからもっと明るい曲にしましょうよ~」
「そうだな。アザミの言うとおりだ」
などと騒ぎ、演奏していた吹奏楽部の部員の楽譜を奪い取る。
「アザミ。なんの曲がいい?」
「そうねぇ~。**とか〇〇とか~」
言われた曲は確か、異国から来た大道芸人が演奏している曲だというのは辛うじて聞いたことある。
「と言うことだ。さっさと演奏しろ」
「そんな……楽譜がありませんし、あの曲は特殊な楽器が使われていて……」
王太子に絡まれて、それでも必死に意見を述べる吹奏楽部員に、
「王太子に逆らうのですか」
などと脅すのは宰相子息。
「っ! あの方は……」
そんな婚約者を見て舌打ちをする侯爵令嬢。
「やれっ」
「はっ!!」
王太子の命で、吹奏楽部員の襟元を掴んで持ち上げるのは将軍子息。
「何を考えているのっ!!」
止めに入ろうとするのは将軍子息の婚約者である伯爵家令嬢。
「あら、モーメントさま、そんなところにいたんですね♪ 一緒に演奏を聞きましょう」
アザミと呼ばれた少女はいきなりモーメントさまに声を掛ける。
「彼女はいったい誰ですか?」
意味が分からないとばかりにそっと耳元で尋ねられる。
「アザミ・ヘリスという方で、殿下のお気に入りです」
「ヘリス? 聞いたことない家名ですね」
「平民ですから……」
ほとんどが貴族が通う学園でも、数名の平民が貴族に推薦されて入れる。そういう方は大概将来有望だと推薦した貴族に認められているのだが……。
「色仕掛け要員ですか……」
時折入学する高位貴族を誑し込むための存在。それに王太子一行は見事に引っかかっているのだと嘲笑を浮かべながら呟くが、アザミは自分を見て微笑んだと勘違いをして、
「モーメントさま♪ 早く来てくださいっ!!」
「……あいにくだが、婚約者と一緒に居るので」
内心なんだこいつと思っているのを丁重な言葉で隠して、断るモーメントさまに、
「駄目ですよっ!! 呪いが移ってしまいますから。メルリージュさんから離れましょうよ」
呪いが移る発言といい、公爵令嬢であるわたくしに対しての呼び方といい、いろいろ言いたいことがある。だが、その前に
「きゃっ。メルリージュさんが睨んでいる。怖~い」
「はっ、呪いのせいで慈悲の心を忘れたようだな。何ともまあ、醜くなったものだ」
王太子に抱き付くアザミと鼻の下を伸ばしながらこっちに向かってそんなことを言いだす王太子。関係ないが、わたくしの名前はメルリアージュであって、メルリージュではない。名前を覚えてもらいたいと思えないが、言い間違えられるのも不愉快だ。
呪いはもともと王太子のせいなのに、わたくしに掛かったことでわたくしに原因があるかのように振舞い、このようなことを言いだす輩を放置するなど……。
「…………」
真実を明らかにしたくても今の状況化ではわたくしが偽りを述べているようにしか見えないし、証拠などない。証人はいると言えばいるが、証拠の有無があるか無いかで信じてもらえないだろう。
なんと言っても呪いのことを言っているのが王太子なのだから疑うこと自体罪深いと思う者も居る状況だ。
「こんな暗い曲ばかりなら他のとこ行きましょ♪」
「アザミの言うとおりだ」
荒らすだけ荒らして、去って行く王太子一行。
演奏会はその後再開したが、観客も演奏者も演奏どころではなく、気持ちはぐちゃぐちゃだった。
「――不愉快ですね」
ぼそりとモーメントさまが呟く。
「元凶が何を偉そうに……」
「言いたいことは分かりますが、堪えてください」
「ええ。――表向きは瑕疵のない王太子なので」
友人たちがそっとモーメントさまを窘める。
「ならば、瑕疵を作ってやればいいか。――メルリアージュ嬢」
優しく呼び掛けられる。
「しばらく、学園を留守にします。留年をしない程度に用件を済ませますので」
たびたび辺境の都合で出席日数が少なくなっていたので留年は冗談で済まないのだが……まあ、家の事情なのでレポートを出せば留年は免れるが、
「皆さま。しばらくの間メルリアージュ嬢をお願いします」
そんな挨拶をした数日後。休学の手続きをしてモーメントさまは学園を出ていった。
「とうとう捨てられたか」
王太子の言葉に不安を感じることはあったが、モーメントさまが出先から毎回のように手紙が送られてきたので不安もすぐに掻き消えた。
移動などがあるから手紙の間隔はその都度違うし、長文の時もあれば一行だけの時もあるが毎回こちらを気遣うような内容で、その気遣いがいつも嬉しかった。
それに、わたくしが手紙をもらうたびに、
「よかったですね」
と微笑んでくれる友人たちの存在も不安を抱かない理由だろう。
そんな日々の中。
『要件が終わった。すぐに帰れる』
という手紙と同時に、
「メルリアージュ嬢!!」
と嬉しそうに微笑んで戻ってくるモーメントさま。その格好はぼろぼろで汚れていたのでかなり強行日程だったのが窺い知れる。
「やだっ!! 汚っ!!」
王太子一行の中に相変わらず混ざっている女性はそんなことを言って顔を歪めていたが、
「――綺麗に着飾っても心が歪んでいるのなら歪んでいる方が問題でしょうに」
とどこからともなく降ってきた声に動きが止まる。
「ごめんね~。メルリアージュちゃん。今呪いを解除するね~」
そんな言葉と共に現れたのはあの時わたくしを呪った魔女。
「えっ。あっ……」
あっという間に今の今まで不自由だった身体が動き出す。
「呪いの解除は掛けた本人では基本出来ないけど、貴方の婚約者さんがあたしとの契約をして叶えてくれたからね~。ーーああ、そうそう」
だから解除できたと笑って告げると得物を見付けた猫のような視線を王太子たちに向ける。
「あたしの婚約者がくれたネックレスを盗んで、連れの女性に着けて君の方が似合うと散々言って、使いまわって壊した挙句、関係ない人を盾にした人らじゃないの。ひっさしぶり~」
学園全体に響く声。しかも空中には大画面で王太子一行が映し出される。
「契約の結果で、呪いを解いたから一回の呪いの条件も無効になるのよね~。今度は赤の他人を盾にするなんて馬鹿なことしないように条件着けさせてもらったよ。まったく、魔女って、契約とか条件を決めないと魔術を使えないって、どこぞの魔術師の方が融通が利くのはおかしいのよね~」
と告げて、
「さて、前回やり損ねた。【身体の一番元気なところを弱体化させる術】を掛けておくわね~」
そんな言葉と共に王太子一行に掛けられる呪い。
「ふ~ん。うんうん。下半身が一番元気だったんだね~。じゃあ、種無しになったけど頑張ってね~」
そんな明るい声と共に去って行く魔女。
「モーメントさま……」
「魔女に呪いを解いてほしいと頼んだら、魔女の頼みを一回叶えることで契約が出来たんだ」
「それって、危険ではっ⁉」
「まあ、危険と言えば危険だったな。魔女の婚約者である某国の王子の任務を手伝うことだったから」
某国の王子の婚約者というとんでもない発言がされたが、そんな代物を壊してのかと恐れおののく。
「ちなみに空中での映像はお詫びとか言われた」
わたくしが呪いのせいで汚名を被せられたことを申し訳ないと思っていたとか。次回は防犯のために呪いを込めておくとか。魔女と王子の婚約は有名な話だから盗むような愚か者がいるとは思わなかったと言っていたそうだ。
「かの国は魔女を敬っている国として有名だから。国交に響くだろうな。王太子が王太子のままでは」
モーメントさまの言葉を裏付けるように王太子とその側近らはあっという間に処罰対象になった。裏では、わたくしの友人たちも暗躍していたとか。
もちろんアザミも同罪。というか盗んで着けたのが彼女だったらしい。
まあ、わたくしには関係ないが。
モーメントさまが某国の王子に恩を売ったから某国からは特に王太子を王太子のままにしない限りおとがめなし。
呪いが解けてわたくしは日常生活を送るのに支障が出ない日々を送っているが、
「階段などで貴方を抱き上げることが出来なくなって残念に思っているんですよ」
とモーメントさまに言われて心臓が飛び出るかと思うくらいだけど、ささやかな日々を楽しんでいるのであった。
呪いは別の解き方もあったが、それはそれで不快だったので王太子たち一向には言わないでおく魔女だった。




