幕間 彼女が歩き出す理由
夜明け前の診療所は、静かだった。
ランプの明かりの下で、リーナは包帯を整え、薬棚を確認していた。
いつもと同じ作業。
けれど、胸の奥に溜まるものだけが、日に日に重くなっていく。
「……次の方、どうぞ」
声をかけると、扉が開く。
入ってきたのは、見知らぬ若い冒険者だった。
「腕をやってしまって……」
軽傷だ。治る。
でも――魔力の流れが、ひどく乱れている。
(最近……多すぎる)
治癒魔法をかけながら、リーナは思う。
以前は、ここまで歪んだ状態で戻ってくる者は少なかった。
無理な進軍。
無茶な連戦。
止める人が、いない。
「しばらく、無理はしないでください」
「……はい」
若者はそう答えたが、納得していない目をしていた。
“無理をするしかない”目だ。
診療が一段落し、外に出る。
王都の空は、相変わらず高く、賑やかで、整っている。
――でも。
(ここは……治す場所であって、守る場所じゃない)
彼女は気づいてしまった。
ここでは、壊れた後にしか、手を出せない。
壊れないように整える人は、評価されず、切り捨てられる。
あの日の背中が、脳裏をよぎる。
雨の中、王都を出ていった、カイルの背中。
「……あなたは、間違ってなかった」
誰に聞かせるでもなく、呟く。
その夜、診療所の片隅で、リーナは鞄を開いた。
必要最低限の薬草。
治癒触媒。
簡易器具。
それから、一枚の地図。
自分で書き写した、あの場所。
廃村だった場所。
「……突然行っても、困らせるだけ、かな」
不安が胸をよぎる。
けれど同時に、確かな感覚があった。
――あそこなら、役に立てる。
翌日。
リーナは上司に頭を下げていた。
「……長期休暇?」
「はい。しばらく、外の世界を見てきたいんです」
上司は驚いた顔をしたが、やがて小さく笑った。
「あなたらしいわね。引き止めはしないわ」
その言葉に、胸が少し軽くなる。
王都の門を出るとき、リーナは振り返らなかった。
未練は、もう整理していた。
道は、不安定で、危険で、保証もない。
それでも。
(必要とされる場所へ行く)
それだけで、足は前に出た。
同じ頃。
辺境の村では、カイルが畑の区画を見直していた。
「……医療、か」
人が増えれば、必ず必要になる。
治せる者。
予防できる者。
ふと、思い出す。
静かな声。
的確な指摘。
疲労を見逃さない目。
「……来るわけ、ないか」
苦笑し、首を振る。
だがその数日後――
村へ続く道に、一人の少女の姿が現れる。
薬草の匂いをまとい、
迷いながらも、まっすぐ歩く少女が。
追放された補助役のスローライフは、
もうすぐ――
本当の意味で、二人になる。
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