第5話 噂は、静かに広がっていく
エルバとミアが村に住み始めてから、一週間が経った。
朝、畑に出ると、ミアが水を運んでいた。
まだ小さな体で、両手に桶を抱え、よろよろと歩いている。
「重いなら、半分でいい」
「……だいじょうぶ」
そう言って、少女は小さく笑った。
その笑顔に、カイルは何も言えなくなる。
エルバは家の前で木材を削っていた。
足の具合は完璧ではないが、支えを工夫したことで、短時間なら作業ができる。
「昔ほどじゃないが……これなら、やれる」
彼の声には、確かな手応えがあった。
村は、ゆっくりと動き出していた。
カイルは、全体を見渡す。
畑の配置、水の流れ、家屋の修繕状況。
人が増えたことで、必要な調整も増えている。
「……次は、保存だな」
食料は、作るだけでは足りない。
残す仕組みが必要だ。
土魔法で簡易的な地下貯蔵庫を作り、温度と湿度を安定させる。
塩は、ドランが置いていった分がある。
「これなら、冬も越せる」
誰に言うでもなく、そう呟いた。
昼過ぎ、村の外から足音が聞こえた。
今度は一人ではない。
二人、三人――計四人。
警戒しつつ迎えると、彼らは近隣の村から来た農民だった。
「ここ……人が住めるって、本当か?」
代表らしき男が尋ねる。
「魔物が少なくて、水がきれいだって……行商人から聞いた」
ドランだ。
彼は余計なことも、必要なことも、きちんと広めていたらしい。
「住める。ただし――」
カイルは、前と同じ言葉を繰り返す。
「楽ではない。
自分のことは、自分でやる」
農民たちは顔を見合わせ、やがて頷いた。
「それでいい。
あっちの村じゃ、土地も仕事も足りない」
事情は様々だったが、共通していたのは――
“余っている側”だったということ。
夕方まで話し合い、
二人が試しに住むことになった。
その夜、焚き火は少しだけ賑やかだった。
ミアが笑い、
エルバが久しぶりに酒を口にし、
新しく来た男たちが、畑の話をする。
カイルは、少し離れた場所でそれを見ていた。
「……人が増えたな」
不思議と、不安はなかった。
やるべきことが、はっきりしているからだ。
数日後、村の外に立てた簡易標識が、初めて役に立った。
《居住可 作業は分担》
それだけ書いた、素朴な板。
それを見て、また一人、また一人と、人が訪れる。
噂は、派手に広がらない。
だが、確実に、必要なところへ届いていく。
そんなある日。
カイルは、泉の周囲を整備している最中、
遠くから馬の蹄の音を聞いた。
行商人ではない。
足取りが揃っている。
「……兵?」
丘の向こうから現れたのは、三騎の騎馬。
胸元には、領主の紋章。
先頭の男が、周囲を見回し、眉をひそめた。
「ここが……噂の村か」
カイルは、静かに立ち上がった。
まだ、名乗らない。
まだ、慌てない。
追放された補助役のスローライフは、
ついに――世界と接続され始めた。
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