第3話 最初の来訪者は、行商人だった
村に住み始めてから、五日目の朝。
カイルは畑に鍬を入れながら、土の感触を確かめていた。
雑草を取り除き、土を返し、わずかに水を含ませる。
土は正直だ。手をかけた分だけ、きちんと応えてくれる。
「……この辺りなら、根菜がいけそうだな」
独り言を呟きながら、畝を整える。
派手な魔法は使わない。土魔法は、あくまで補助。
人の手でできることを、きちんとやる。
それが、ここでの暮らしだ。
その時だった。
――カラリ、と金属の鳴る音がした。
反射的に立ち上がり、周囲を見渡す。
村の入り口、崩れた柵の向こうに、人影があった。
「……人?」
警戒しつつ近づくと、荷馬車を引いた中年の男が、辺りをきょろきょろと見回している。
「おお……まさか、本当に人がいるとは」
男はカイルに気づくと、目を丸くした。
「ここ、誰も住んでいない村のはずだろ?」
「最近、住み始めた」
短く答えると、男は安堵したように息をついた。
「助かった。道を間違えたかと思ったよ。俺は行商人のドランだ」
名乗りながら、男――ドランは馬車を指差す。
「塩、布、簡単な道具類だ。売り先を探していてね」
行商人。
この村にとって、そしてカイルにとっても、初めての“外”との接点だった。
「……売る相手が、俺一人でも?」
「一人でも、いるなら十分だ」
ドランは肩をすくめて笑った。
「それに、この村……妙に空気がいい。魔物の気配も薄い」
カイルは一瞬だけ言葉を失った。
無意識のうちに、村全体の魔力の流れを整えていたのかもしれない。
「少し、話をしても?」
「ああ」
二人は家屋の前に腰を下ろした。
ドランは水を一口飲み、周囲を改めて見回す。
「廃村にしては、整いすぎている。……あんたがやったのか?」
「住むなら、最低限は必要だから」
「最低限、ねぇ」
ドランは感心したように唸った。
「普通は、魔物に怯えて一晩も持たない。
それを、畑まで手を入れているとは」
その言葉に、カイルは小さく肩をすくめた。
「戦わなくて済むなら、その方がいい」
「同感だ」
ドランは笑い、荷馬車から小袋を取り出した。
「塩だ。これがあると、保存が楽になる」
「……助かる」
代金を払おうとすると、ドランは手を振った。
「いい。代わりに――」
彼は畑を見る。
「この村、また人が戻りそうか?」
カイルは少し考え、正直に答えた。
「すぐではない。でも……住める場所にはなる」
ドランはその答えに、満足そうに頷いた。
「なら、また来よう。
人が増えれば、商いになる」
行商人は現実的だ。
だが、その現実が、今は心強かった。
別れ際、ドランは振り返る。
「名前を聞いていなかったな」
「カイルだ」
「そうか。じゃあ――」
ドランはにやりと笑った。
「“村長”さん」
「……まだ、一人だ」
「今はな」
その言葉を残し、行商人は去っていった。
夕方、カイルは焚き火を前に考えていた。
人が来た。
それは、面倒事が増えるということでもある。
だが同時に――
「……選択肢が、増えた」
この村で生きる。
それは、孤独を受け入れることだと思っていた。
だが、違うのかもしれない。
夜風に揺れる火を見つめながら、カイルは静かに息を吐いた。
追放された補助役のスローライフは、
少しずつ、確かに、動き始めていた。
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