第18話 治る前に、守れている
朝の診療所は、静かだった。
リーナは窓を開け、薬草の乾き具合を確かめる。
風は穏やかで、湿りもない。今日はよく乾く。
「……順調」
そう呟いてから、ふと気づく。
“順調”という言葉を、いつから自然に使うようになったのだろう。
王都にいた頃、診療所はいつも慌ただしかった。
壊れてから、運び込まれる。
治して、送り返す。
また壊れる。
それが当たり前だった。
だが、この村では違う。
「おはようございます」
扉を開けたのは、農夫の青年だった。
「今日は、腰の具合を診てもらえますか?」
「はい。どうぞ」
診察は短い。
筋肉の張りを確認し、軽くほぐし、注意点を伝える。
「今日は、昼で切り上げてください」
「……怒られないですか?」
「怒りません。
明日も働ける方が、大事ですから」
青年は、ほっとしたように笑った。
それを見送りながら、リーナは思う。
(治す前に、止められている)
それが、ここでは“普通”になっていた。
昼前、ミアが顔を出す。
「リーナ、これ」
差し出されたのは、小さな花束だった。
「畑のはしに、咲いてた」
「……ありがとう」
診療所の窓辺に飾ると、空気が少し柔らぐ。
「ミア、今日はどう?」
「元気。
でも、カイルが……」
言いよどむ。
「……忙しそう」
リーナは、苦笑した。
「そうね」
最近のカイルは、村にいる時間が減っている。
水路、会合、調整。
どれも、彼がいなければ回らない。
それでも、彼は前に出ない。
命じない。
ただ、整える。
夕方。
診療を終え、外に出ると、カイルが水路の点検をしていた。
「お疲れさまです」
「そっちもな」
短い会話。
それで、十分だった。
「……最近、患者が減りました」
リーナが言う。
「いいことだ」
「少し、寂しい気もします」
正直な気持ちだった。
カイルは、立ち止まる。
「治療は、減る方がいい」
当たり前の言葉。
「ここは、医療拠点じゃない。
“壊れない暮らし”の場所だ」
リーナは、胸の奥が温かくなるのを感じた。
夜。
焚き火のそばで、村人たちが談笑している。
誰かがパンを焼き、
誰かが水路の話をし、
子どもたちが笑う。
リーナは、その輪の少し外で、火を見つめていた。
(……ここに来て、よかった)
治癒術師として。
一人の人として。
隣に、カイルが腰を下ろす。
「考え事か?」
「はい。
でも、悪いことじゃありません」
彼は、何も言わない。
それが、心地いい。
炎が、静かに揺れる。
この村では、
誰かが壊れる前に、
誰かが手を伸ばす。
それが、当たり前になっている。
追放された補助役のスローライフは、
今日も――
静かに、人を守っていた。
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