第16話 兆しは、壊れる前に現れる
それは、数字の違和感から始まった。
「……水量が、少し多い」
朝の見回りで、カイルは水路の流れを見て足を止めた。
増水というほどではない。
だが、雨量に対して、わずかに合わない。
「上流で、何か変わったか?」
水は正直だ。
人が手を入れれば、必ず痕跡を残す。
村に戻ると、エルバが声をかけてきた。
「上流の村から、人が来てたぞ」
「……何の用で?」
「はっきりとは言わなかった。
水路の確認だと」
嫌な予感が、輪郭を持ち始める。
昼前、診療所に来たのは、見慣れない顔の青年だった。
「……怪我じゃないんですが」
彼は、言いにくそうに切り出す。
「最近、村で体調を崩す人が増えていて」
熱はない。
外傷もない。
だが、脈が乱れている。
「……魔力疲労ですね」
リーナが、慎重に告げる。
「無理な作業が続いていませんか?」
青年は、少し迷ってから答えた。
「……水路工事を。
急に、指示が変わって」
カイルとリーナが、視線を交わす。
「どこの指示ですか?」
「……上の方です」
それ以上、彼は言わなかった。
午後、例の調査官が再び村を訪れた。
「報告です」
彼は、率直だった。
「上流区域で、水利再編の動きがあります」
「再編?」
「はい。
“効率化”の名目で、水を一点管理する計画です」
カイルは、静かに息を吐いた。
効率化。
聞こえはいい。
だが、水を集中管理すれば、
必ず“下流”が生まれる。
「誰が主導している?」
「……中央寄りの役人です。
善意ではありますが――」
「現場を見ていない」
カイルは、即座に言った。
調査官は、苦笑する。
「おっしゃる通りです」
夜。
焚き火の前で、村の中核メンバーが集まった。
「まだ、事件じゃない」
カイルは、はっきり言う。
「だが、放っておけば、確実に壊れる」
水が変わる。
仕事が変わる。
無理が生じる。
「止められますか?」
リーナが聞く。
「止める必要はない」
カイルは、首を振った。
「“壊れない形”に、変える」
それが、彼のやり方だった。
「……やることは?」
「まず、数字を揃える」
水量。
労働時間。
体調変化。
「感情じゃ、動かない相手だ。
なら――」
彼は、静かに言う。
「事実で、説得する」
ミアが、小さく手を挙げた。
「……こわい?」
カイルは、少し考えてから答えた。
「少しな」
正直だった。
「でも、壊れてから直す方が、ずっと怖い」
焚き火が、ぱちりと音を立てた。
村は、今日も平和だ。
誰も争っていない。
それでも――
世界は、静かに動いている。
追放された補助役のスローライフは、
今度は――
“壊れる前に手を打つ”段階へと入った。
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