第2話 誰もいない村で、ひとりきりの夜
王都を離れてから、三日が過ぎた。
舗装された街道はいつの間にか途切れ、獣道のような細い道を進むことになる。
カイルは地図と実際の地形を見比べながら、ゆっくりと歩いていた。
「……ここ、か」
小さく息を吐く。
地図に記された場所には、確かに村があった形跡が残っていた。
崩れかけた木造家屋、雑草に覆われた畑、倒れた柵。
人の気配は、ない。
魔物の反応を探るが、強い気配は感じられなかった。
おそらく、ここは「放棄された」というより、「忘れられた」場所なのだろう。
「悪くはない……かな」
誰に向けたわけでもない独り言だった。
まずは安全の確保だ。
カイルは周囲の地形を一瞥し、村の中央にある比較的原形を留めた家屋を選んだ。
土魔法を小さく行使し、床下の歪みを補強する。
派手な詠唱は必要ない。
ほんのわずかな魔力で、必要な分だけ。
「……これで、今夜は大丈夫だろう」
火を起こし、リーナからもらった保存食を温める。
味は素っ気ないが、不思議と心は落ち着いていた。
静かすぎる夜だった。
王都では、夜になっても人の声が途切れることはなかった。
だが今は、風の音と、虫の鳴き声だけが耳に届く。
独りだ。
そう思った瞬間、胸の奥に小さな痛みが走った。
追放されたという事実が、ようやく実感として湧いてくる。
「……別に、初めてじゃない」
誰にも頼らずに物事を進めるのは、ずっと前からだった。
パーティにいた頃も、決定を下すのは自分で、評価されるのは他人だった。
なら、同じことだ。
ただ――今回は、誰のためでもない。
翌朝、カイルは日の出とともに目を覚ました。
夜の間に、魔物が近づいた形跡はない。
「まずは、水……だな」
村の外れに、小さな泉があるのを確認していた。
濁りはあるが、浄化すれば問題ない。
水魔法を使い、不純物を取り除く。
続いて、周囲の土地を調べる。
「……土は、悪くない」
栄養は残っている。
手を入れれば、畑として十分に使えるだろう。
その事実に、少しだけ胸が軽くなる。
生きていける。
ここなら。
昼過ぎ、村の周囲を一通り歩き終えた頃だった。
低い唸り声が聞こえたのは。
茂みの奥から現れたのは、小型の魔物――森狼だった。
数は一体。警戒はしているが、空腹らしい。
カイルは剣を抜かなかった。
代わりに、地面に小さな魔法陣を描く。
足場をわずかに崩し、威嚇するだけの罠。
森狼は一度こちらを睨みつけたあと、踵を返して去っていった。
「……戦わなくて済むなら、それでいい」
無駄な消耗はしない。
それが、彼のやり方だった。
夕方、再び家屋に戻り、簡単な整備を進める。
屋根の穴を塞ぎ、寝床を整え、火の管理を確認する。
どれも、かつて「冒険者の仕事じゃない」と言われた作業だ。
だが今は違う。
ここでは、全部が必要なことだった。
夜。
焚き火を前に、カイルはひとり座り込む。
静かな満足感が、胸の奥に広がっていた。
誰にも命じられず、
誰にも評価されず、
それでも、今日を生き延びた。
「……悪くない」
小さく笑う。
遠くで、風が木々を揺らした。
この村には、まだ何もない。
だが――
「ここから、始めればいい」
カイルは火を見つめながら、そう呟いた。
追放された補助役の、
本当のスローライフは、まだ始まったばかりだった。
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