第15話 静かな日常は、続いていく
朝の村は、規則正しい。
水路の見回りは日の出と同時。
畑は三つの区画に分け、作物ごとに担当を決める。
診療所の扉は、鐘を鳴らしてから開ける。
誰が命じたわけでもない。
自然と、そうなった。
「……問題なし」
カイルは水路の石組みを確認し、立ち上がる。
一年前なら、こんな作業を「冒険者の仕事じゃない」と言われただろう。
だが今は違う。
ここでは、これが“仕事”だった。
「おはようございます」
背後から、リーナの声がする。
簡素なエプロン姿で、薬籠を抱えている。
「今日は、軽症が多そうですね」
「季節の変わり目だ」
カイルは頷く。
「無理をする人が出やすい」
「……王都と同じですね」
彼女は、少しだけ苦笑した。
診療所には、すでに数人が並んでいた。
畑での切り傷。
腰を痛めた農夫。
旅の途中で熱を出した商人。
大事に至る者はいない。
それが、何よりの成果だった。
「次の方、どうぞ」
リーナの声は、落ち着いている。
カイルは、少し離れた場所で全体を見る。
人の流れ。
待ち時間。
村人の疲労度。
問題はない。
(……順調すぎるな)
その感覚が、ふと胸をよぎった。
昼過ぎ。
村の外れに、見慣れない馬車が止まった。
行商人ドラン――ではない。
荷は少なく、護衛もいない。
だが、馬車の紋章は、見覚えがあった。
「……共同開拓区域の印?」
カイルが近づくと、御者が頭を下げる。
「失礼します。
周辺区域調査のため、立ち寄らせていただきました」
調査。
それは、監視とも言い換えられる。
「問題が?」
「いいえ」
御者は即答した。
「むしろ逆です。
ここを基準に、周辺が安定している」
その言葉に、カイルは一瞬だけ目を細めた。
「……それで」
「記録を取らせてください。
“どうやって”いるのかを」
カイルは、断らなかった。
隠すことは、何もない。
夕方。
調査官は、村の様子を丹念に書き留めていた。
「武力による統制は、なし」
「指揮系統は、流動的」
「医療は分散型……」
独り言のような声。
「……理解できません」
正直な感想だった。
「多くの村は、規模が大きくなるほど、
命令と管理を強めます」
「ここは、違うと?」
「ええ」
調査官は、顔を上げる。
「まるで、“壊れないように作られている”」
カイルは、小さく笑った。
「壊れたのを、何度も見てきただけだ」
それだけの理由だった。
夜。
焚き火のそばで、リーナが言う。
「……また、注目され始めましたね」
「避けられない」
「怖くないですか?」
彼女は、以前にも同じことを聞いた。
カイルは、少し考えてから答える。
「怖い。
でも――」
村の灯りを見る。
「今度は、独りじゃない」
リーナは、静かに微笑んだ。
村は、今日も変わらず息をしている。
だがその静けさの下で、
次の物語が、確かに芽吹き始めていた。
追放された補助役のスローライフは、
第2部――
“広がる日常”へと、歩み出す。
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