幕間 遅すぎた噂
酒場の空気は、以前よりも重かった。
「……なあ、聞いたか」
カウンターに肘をついた冒険者が、声を潜める。
「辺境に、妙な村があるらしい」
ガルドは、杯を傾ける手を止めた。
「妙な、村?」
「怪我人が助かるって話だ。
治癒術師がいて、環境も整ってるとか」
その言葉に、セシリアの指がわずかに震える。
「……治癒術師?」
「しかも、戦わずに魔物を遠ざけてるらしい」
別の冒険者が、半笑いで続けた。
「冗談みたいだがな。
領主の耳にも入ってるって噂だ」
ガルドの胸の奥に、嫌な予感が広がる。
戦わずに。
整えて。
助かる場所。
思い浮かぶ人物は、一人しかいなかった。
「……名前は」
掠れた声で、ガルドが聞く。
「さあ?
でも――」
冒険者は、少し言いにくそうに続けた。
「元冒険者らしい。
補助役をやってたって」
セシリアが、はっと顔を上げる。
「……そんな、偶然」
だが、誰も否定できなかった。
数日前、彼女はようやく大きな魔法を使えるようになった。
だが、以前ほどの精度は戻っていない。
無理をすれば、また壊れる。
「……行くのか」
バルドが、低い声で聞いた。
ガルドは、答えなかった。
行けば、何を言う?
助けてくれ?
戻ってきてくれ?
どれも、口にする資格がない。
「……まだ、噂だ」
そう言い聞かせるように、ガルドは言った。
「確かめる必要はない」
だが、その夜。
診療所で、リーナから正式な報告書が出された。
辺境某所において、
非公式ながら医療支援拠点が形成されつつある。
既存の村落との調整が必要。
それを読んだギルド上層部が、顔を見合わせる。
「……場所は?」
「確認中だが――」
書類の端に、小さく記された名。
《カイル・エルノア》
その名を見た瞬間、
ガルドの中で、何かが崩れた。
「……あいつ、か」
酒の味が、急に分からなくなる。
追い出したはずの男が、
自分たちが失ったものを、すべて“形”にしている。
それでも――
まだ、現実としては受け入れられなかった。
「……そのうち、問題を起こすさ」
誰に向けた言葉かも分からないまま、
ガルドは、そう呟いた。
だが、世界はすでに動き始めている。
静かな村は、
“助かる場所”として、
確実に――
必要とされ始めていた。
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