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追放された補助役は、辺境でスローライフを始めました 〜役に立たないと言われた俺の仕事が、村と世界を支えていた件〜  作者: 山奥たける


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第7話 あなたが来るとは思わなかった

 村の朝は、静かだ。


 カイルは畑の区画を示す杭を打ちながら、空を見上げた。

 雲の流れは穏やかで、今日は雨の心配はなさそうだ。


「……水路は、もう一本必要だな」


 独り言を呟き、作業に戻ろうとした、そのときだった。


 村へ続く道の先に、ひとつの人影が見えた。


 旅装束。

 大きすぎない鞄。

 歩き方は慎重だが、迷ってはいない。


「……?」


 行商人にしては細い。

 新しい移住希望者にしては、装備が違う。


 その人物が、少し距離を縮めた瞬間――

 カイルは、息を止めた。


「……リーナ?」


 呼びかける声は、自分でも驚くほど低かった。


 少女は、その場で立ち止まり、ゆっくり顔を上げる。

 そして――小さく、息を吐いて笑った。


「やっぱり……カイルさん、ですよね」


 一瞬、言葉が消えた。


 王都の診療所で別れて以来。

 もう、二度と会わないと思っていた。


「どうして、ここに」


 それだけが、ようやく口をついて出る。


 リーナは、鞄の肩紐を握り直した。


「……地図、もらったでしょう?」


「……ああ」


「それで。

 それだけじゃ、足りなくて」


 彼女は、少しだけ視線を落とす。


「王都で、たくさんの人が壊れていくのを見ました。

 止められなくて……治すだけで」


 静かな声だった。


「ここなら、違うと思ったんです」


 カイルは、すぐに答えられなかった。


 歓迎すべきか。

 引き止めるべきか。

 それとも――拒むべきか。


「……ここは、楽じゃない」


 ようやく出た言葉は、それだった。


「医療設備も、整っていない。

 危険もある。

 保証も、何もない」


「わかっています」


 即答だった。


「だから、来ました」


 その言葉に、胸の奥が、強く揺れた。


 しばらくの沈黙のあと、カイルは言った。


「……泊まる場所は、空いている」


 リーナは、ほっとしたように微笑んだ。


「ありがとうございます」


 その日の昼、村は少しだけ騒がしかった。


「お医者さん?」


「治癒術師見習い、だよ」


 エルバや農民たちが、興味津々でリーナを見る。

 ミアは、少し恥ずかしそうに彼女の後ろに隠れた。


「……この子、足の具合が悪くて」


 エルバが言うと、リーナはすぐに膝をついた。


「診てもいいですか?」


 触診は丁寧で、迷いがない。


「……ええ。やっぱり、負担が偏っています」


 彼女はカイルを見る。


「この支え、すごく理にかなってます。

 でも、筋肉の緊張が残ってる」


「改善できるか?」


「時間はかかります。でも……一緒なら」


 その言葉に、エルバの目が潤んだ。


 夕方。


 仮設の診療スペースを整えながら、カイルは言った。


「……来るとは、思わなかった」


「私も」


 リーナは小さく笑う。


「でも、来てよかった」


 その横顔は、王都にいた頃よりも、どこか軽かった。


 夜。

 二人は焚き火のそばに並んで座っていた。


「後悔は?」


 カイルが、ぽつりと聞く。


 リーナは、首を振った。


「ありません。

 ここでは……壊れる前に、手を伸ばせる」


 しばらく炎を見つめてから、続ける。


「それに」


 彼女は、少しだけ照れたように言った。


「あなたがいる場所なら、大丈夫だと思えた」


 カイルは、何も言えなかった。


 ただ、火のはぜる音が、二人の間を満たす。


 この村には、まだ足りないものが多い。

 問題も、これから増えるだろう。


 それでも。


(……一人じゃない)


 その事実だけで、十分だった。


 追放された補助役のスローライフは、

 ここから――

 本当の意味で、動き出す。

本話もお読みいただき、ありがとうございました!


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