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九話

 観覧車から降りた後は愛理の泣いた後をどうにかするためにトイレでハンカチを濡らして優しく撫でて少しでも誤魔化しておく。


「なんかあすみん優しくなった?」

「気のせいだ…」

「今日は嬉しい事いっぱいだなぁ」


 この子にしてあげれることは他にないかと考えてしまう。私のことを一生懸命分かろうとしてくれた愛理を少しでも笑顔にしてあげたい。

 ただ何か口に出そうとするたびにクロに申し訳ない気がして上手く口に出来ない。


 別にクロと付き合ってるわけではないし、そう考えれば私はもっと自由に喋っていいはずだ。素直に愛理のことを好きだよと言ってあげたい。実際そう思っている。ラブではなくライクとしてだが、ただそれでも口に出すと私には不義をしているようで言葉に出来ない。


「愛理…君のことを色々教えてほしい」

「ほんとう?あすみんに初めて自分の事聞かれたよ~我儘言って良かった!」

「我儘なんかじゃない、言っていいんだ。嫌なら私は断る。君は…本当に馬鹿で優しいな…」

「それじゃあ馬鹿でよかった!」


 スマホで合流に遅れることと謝罪と一緒に各自食事や点呼が済んだなら動物コーナーを巡ってほしいとメッセージに送信しておいて、愛理に改めて向き直ると愛理もメッセージを見ていたのかにやついていた。


「何を笑っているんだ」

「だってあすみんをあたしが独り占めだぜ?にやつきもするよ」

「全く理解し難いな」

「どこ見に行く!?あたしはもう一回ジェットコースターとかでもいいけど」

「まだ食事をしていないだろう。一旦休憩だ」

「なに食べようかな?あすみんて嫌いなものはないの?」


 私が聞くべきことなのだろうけど、これが手本と言うように愛理は私の嫌いな食べ物、好きな食べ物を聞いてくる。

 言いたいことはあるが、返事をしなければと思い嫌いな食べ物は無いこと。好きな食べ物も特に無いが食べやすい物は比較的好きな事。

 それを聞いたら嬉しそうに笑って、探しに行こうと言ってくる。


「どうせ私に嫌いなものはないんだ。愛理の好きな食べ物を選べばいいだろう」

「じゃあさ半分こしようよ、それなら色んなもの食べれるしさ」

「分かった、そうしよう」


 結局予定してたクロと二人で周る計画も実行できずに、そのまま愛理と二人で食事をして。今度は歩いてゆっくりとアトラクションを巡る。

 愛理のことを聞こうと思っても何を聞いていいのか分からないから上手くはいかなかったがそれでも楽しそうにしているのでこれでもいいのかと若干呆れつつ、校外学習が終わるまで二人で遊びきった。


 最終合流地点に二人で戻ると田中彩が色々言いたそうにしてたが愛理の笑顔を見て特に何か言うことなく点呼を取る。


「大丈夫だった?」


 クロが心配そうに聞いてくるがなんと答えていいものかやはり言葉に詰まる。問題があったと言えばあった。ただそれは愛理が私のために頑張って絞り出した言葉だ。それを口には出せないし。

 問題がなかったとは言えない。好きな人に嘘を私は吐けない。


「大丈夫だったよ」

「そっか…良かった。心配しちゃったよ阿澄さんが予定通りにならなかったって怒ってるんじゃないかってみんな心配してたから」

「私は別に怒ったりはしないが?」

「私もそう思う。でも男子たちはみんな冷や冷やしてたよ?最初に予定通りに巡らないといけないって命賭けてるって言われたって」


 実際そのくらいの意気込みだったが、それは私がただクロと一緒に巡る時間を確保するための無理強いで我儘だ。


「別に私は予定通りに行かなくても死にはしない」

「死んだら私はびっくりしちゃうよ」


 本当はもっと言葉を選んで話したかったがそれも上手くはいかずにただ微笑んで返しておくくらいしか出来なかった。

 私はどうしたのだろうか。クロのためならと気持ちが揺らいでいるのか自分でも驚いている。


 バスに乗って帰っている最中も隣に阿部恵美が座って静かにしてくれているのに助かったが、今日一日で色々思い知らされてしまった。私こそがどれだけ無力なのかを。


 ナーバスになってるのか、と自分では思うが、愛理が私を見ていてくれていたということが支えになってしまっている。

 私はなんでも出来ると思っている。今でもそれは違いない。実際なんでもしてきたつもりだし、順風満帆だとも思う。生活に苦しいことはないし、大抵のことは苦とも思ってはいない。


 でも深く掘り下げてしまえば私が妥協してきたことでもある。人付き合いなんてこんなものだと思ってきたし、無理なことは無理で出来ることさえやっていればいいと…。出来るか分からないことには挑戦すらせずに。


 井口冴も成功するか分からないことに挑戦しようとしている。そのことに無謀だと心の底では思っていた。無難な結末は良い友達でいることが安定であると。

 ただそれでは満足していない自分に安定していることが一番なんだと思いながら今回みたいに欲望のために周りを振り回したりして中途半端なことをしている。自分がどれだけ愚かなのか。どちらか一つを選ぶしかない。そしてそれを選んでも私は後悔してはいけない。


 愛理も井口冴も真剣に真面目に向き合っていた。それを私は軽んじてしまった。だから本気になろう。


 一つずつしか解決できない自分だがそれをなんとかやっていこう。まずは井口冴だ。彼女が本気をぶつけてくれたのだから私も本気で考えなければいけない。



 バスが学校に着いてから、各々荷物を取って帰りの準備をする中、愛理がこちらに向かって小さい体を大きくみせるように飛び跳ねて手を振ってくる。


「あすみんまた明日ねー!」

「また会おう愛理」


 今日はクロもバイトは休みにしてるので家に直行して冷静に考える。

 成功するか失敗するかは分からない。しかし井口冴は本気だ、そして本気なら田中彩がどう思っていようと関係はない。


 私は井口冴にメッセージを送る。『田中彩の件だが、告白する日を決めて動こう』そう送れば既読も早く返信がすぐに来た。『師匠!さすがにいきなりは無理ですよ!』『いつかは当たる壁だ。決行日が決まっていれば覚悟も決まるだろう』


 それはもちろん私も決めなければいけない。色々な問題を片づけたら私は告白をする。井口冴から勇気をもらうようで申し訳ないとは思うが私なりに相談されたのならそれを先に片づけておきたい。

 きっと振られてしまったら私は協力する気力も保てないだろうから、まだ中途半端な私だからこそ協力できることをしておきたい。


 返信がしばらく来ないと思っていたら通話がかかってきてそれを承諾すれば井口冴の声がスマホから聞こえる。


「師匠、本気ですか?」

「私が冗談を言う奴に見えるのかな?」

「それは見えないですけど…急だなと思いまして」

「実際私は君がどれだけ我慢できるのか分からないんだ。それを聞いておきたい。君の秘めた気持ちはいつまで耐えられる?」

「そりゃあ今からでも爆発しそうですよ。明日には他の誰かと付き合ってるかもしれないなんて想像するといても立ってもいられないくらいです」


 毎日不安な思いを抱えてるなら相当なストレスだろう。

 そして私ならきっとクロに恋人ができたなら、それは仕方ないで済ましてしまうであろう未来の自分を思い描ける。けどそれではだめなんだと思う。


「私の推測で悪いが七月は大丈夫だ。体育祭とかの行事もあるから忙しくなるだろう。そうなってくると告白されても元から好きとかでない限りは大丈夫なはずだ。もしくは体育祭の時に誰かを好きになる可能性はあるが…」

「なんか色々不安なこと言ってませんか!?私にはそれだけで致命傷です…うぐっ、ばたっ」

「一人芝居はやってもいいが実際ありえない話しじゃない。どうなるかは分からないが、君はそれでも好きな気持ちを私に打ち明けたんだ。そして私はそれを協力しようと決めた。だから先ず私達のやることは明確だ」

「な、なんですか?」

「田中彩に告白しようとする奴がいたら阻止して時間稼ぎする。そして決行日に君が今まで貯めた気持ちをすべてぶつける。それだけだ」

「…意外と脳筋な作戦で驚きました」


 悪いが元々分の悪い賭けみたいなものだ。相手がどんな考え方なのかも分からない手探り状態なのだから最初から当たって砕けろしか出来ない。


「そ、それじゃあ明日とか…?」

「君は今日少しでも良い雰囲気を作れたか?」

「いえ!無理でした!」

「言い方は悪いが…雰囲気は大事だと思う。空気にあてられて告白を受けるなんてこともありえないわけじゃない」

「それって長続きしなくありません?」

「しないかもしれないしするかもしれない。付き合ったときの努力次第だ。ただ可能性が少しでも上がるようにするしか出来ることがない」


 私はパソコンを立ち上げて学校の行事などを色々調べてメモして纏めていく。

 大体のことは九月の文化祭で終わってその後は特にめぼしい行事はない。となるとそれ以内に雰囲気のあることを探さないといけない。


「海…いやプールの可能性もあるか…いや花火大会の方が告白らしいかな?君は花火大会と文化祭どっちで告白をしたい?」

「いきなり二択!?わ、私人多いのとか無理ですよぉ…」

「じゃあ花火大会だ。この日に君と田中彩を二人きりにさせる。その時に告白をしよう」

「こ、告白…」


 通話越しに生唾を飲み込む音が聞こえて相当に緊張してるのがこちらに伝わる。

 思わず私も緊張してしまうが、自分が選んだ選択で本当に良いのかとも不安になる。もし駄目だったら…そう思ったら。そうなってしまった時だ。


「もし…失敗したら私を責めろ」

「え?」

「明日から君はひたすら田中彩と好感度を上げるようにしてくれ、私も協力はする…が、それでも失敗したら私を責めてくれて構わない」

「それは…そこまで言われたら無理ですよ…でもそこまで言ってくれてありがとうございます。私花火大会に告白します。せ、成功しても失敗しても責めたりしないです。私の決断ですから」


 そうだろうな。この子は強い。私よりも遥かに強い子だ。私は誰かに自分の気持ちを打ち明けようなんて怖くてできない。それでもこの子はそれを一人でも泣いて崩れても折れずに好きな気持ちを妥協せずに真っすぐにしていた。

 だからこの子は本気で、不安よりも好きな気持ちに、自分に嘘を吐かないようにしている。


「師匠!作戦をください!」

「あぁ、作戦はシンプルにいこう。友達ではない作戦だ」

「作戦名だせえです!」

「友達だと思われたら終わりだと思え、特別感を意識させ続けろ。君が田中彩にかける言葉全て特別にするんだ」

「作戦名と違って内容がえげつない難しさです!」

「安心しろ…骨は骨壺に入れてやる」

「その時は…焼肉奢ってください」

「分かった」

「あの…えっと、師匠、ありがとうございます本気で話聞いてくれて…」

「お礼を言うのはまだ早いな。失敗した時か成功したときにしてくれ」

「はい!」


 さて、私は私で田中彩の身辺調査からにするか。まずは田中彩の周りの男子から調べていくべきだろう。

 さすがに小学校の頃からとか中学校の頃から好きみたいな展開になったら失敗しかないと区別して私にできる最大の範囲で調べていくしかない。そのために明日から私はまた八方美人に戻らなければいけない。


 クロに対して思うことはあるが、私が失敗する分には良い。今を全力でやりきることだけを考えなければ成功しないかもしれないんだ…。共倒れなんて言葉が思い浮かぶが、その時は井口冴と焼肉食べながらお互い慰め合うか。



 深夜までどう動くか悩んでから仮眠を取って、気持ちを一新して制服に着替える。

 放課後も時間が取れなくなるかもしれないが、とにかく6月中旬の今から私は友達を沢山作る。質よりも量で選んでひたすらに作って情報を得る。


 そしてその合間に愛理のことを聞きながら、クロと最低限離れないように距離感を保って行動をする。


 私は意を決して玄関を開けてから夏を感じつつ家に鍵を閉める。一旦私の恋心に鍵を閉めるように強く。



「皆おはよう、昨日は校外学習で次の日も学校で疲れてるだろう?暑くなってきているし皆に甘いキャンディでもどうかなと持ってきたよ受け取ってほしい。部活をしている者は塩キャンディを食べてほしい、塩分は大切だからね」


 HRが始まる前にやることとして一つ…買収する。

 皆も先生に見つかる前に貰えるものは貰っておこうと言う思考を取って素直に取っていくものはそれでもいい。ただ遠慮したり、自分はグループじゃないしみたいにしている人には私から配る。


「大丈夫、ゴミは後で私の所に持ってきてくれれば袋を持ってきているから回収するよ」

「あ、ありがとう」


 クロからは心配そうな目で見られるし、愛理からは私の態度が嫌だったのか少し不満気に見えるが我慢だ。今はただ我慢するしかない。


 HRが終わってからもわずかな休憩時間があれば色んな人に声を掛ける。


「あすみーん、あすみーん」

「どうしたんだ愛理?」

「いや、なんか、むしろどうしたん?」

「私が何か変に見えるのかな?」

「見える!」


 そんなストレートに言われるとさすがに傷付くな。


 私は愛理の手を握って真っすぐに見つめ返す。


「え、え、あすみん?」

「変かな?」

「変じゃないかも?」

「愛理が絆されてるから言うけれど変よ阿澄さん」


 阿部恵美からしたらそうだろう。ただ愛理は真っすぐ気持ちをぶつければいいと教えてもらった。

 かといって阿部恵美はどうだろうか?今までこれと言った接点は基本的に愛理が間に挟まっていたから詳しくは知らない。


「恵美は何か私に嫌なことがあるのかな?」

「嫌ってわけじゃないよ?その、まぁいいわ。一過性の何かだと思っておくから」

「手厳しいな。もっと気持ちが伝わるようにしていくよ、私は本心で嘘は吐かないから」

「本心…ね。それだといいけど」


 まるで何かを知ってるかのように言うが、私としても大分苦痛だ。中学時代を思い出す。

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