六話
高校入学して最初は怖かった。だけれど田中彩がサポートしてくれたり、こんなに優しい人がいるんだって最初は憧れていた。
だけどその思いは次第に強くなっていって、田中彩は色んな人に優しい。自分にだけ優しいわけではないと言うことがどうしても辛くなってしまって嫉妬を抱いたり。それだけじゃなくて男子からも人気だったりするらしい。
今回、今朝の件で普段溜まっていた気持ちも相まって思わず口に零してしまってそれを私と田中彩が取り持って飯塚愛理が了承したのを見て、きっと阿澄雪もみんなの空気やそう言うのを大切にしてる人なんだと感じ取ったらしい。
田中彩には気にしないでいいとは言われたが本人には本当の気持ちが伝わらないし誤解されたままで、自分は人見知りでそれが暴発したと思われているのが苦しい。だから誰かに一緒に告白する勇気をもらいたいと思ってその矛先が頼りになりそうで、見知ってる数少ない人物の阿澄雪…つまりは私の所に来た。
大体の流れはこうらしいが…私ですら告白する勇気を持ってないのに人の恋路を応援する余裕があるだろうか?しかも私と同じで同性を好きになった同族。同族嫌悪とかはないにしても私は私で自分の気持ちに折り合いを付けて友人に収まろうとしているのにこの子に関しては告白することは決定事項らしい…。
「阿澄さん…!私、彩ちゃんと結ばれたいんです…!」
「そう。ただどこをどう見て私が頼りになりそうだったのか疑問でしかない」
「だって!阿澄さん男女両方から好意沢山持たれてるじゃないですか!?」
男性から告白されたことはあっても女性から告白されたことは一度もない。ただそれを言ったところでここまで聞いてしまったなら協力してほしいと言うのは変わらないだろう。
そもそも私に何を期待しているんだ?協力と言っても口説き方の口座でも開いてほしいということか?
「君の言い分は分かったが落ち着いてほしい、深呼吸をしたまえ」
「すーーーーーーーけほっけほっ。大丈夫です!」
「落ち着きたまえ」
「頼れる人がいないんでずぅ!おねがいでず!」
泣き崩れるように机に突っ伏してしまった。本当に困るからやめてもらいたい。
田中彩に関して知ってることは特にない。むしろ知ってるとしたらこの役に立たなそうな井口冴と…クロか…。あまりこういうことに関わってほしくないのだがそれでも協力するとなったら…待てよ?協力するなら今回の校外学習に関して言えば私とクロが二人でデートする機会にならないか?
利用できるなら利用したい気持ちと、応援してあげたい気持ちで板挟みになるが…。
仕方ない、ここは協力してやろう。とは言ってもまずは情報だ田中彩がどんな人間なのか知らないと私も手伝えない。
何故かは知らないが私は男女両方からモテていることになっているし、理想は崩さないように話さなければ。
「いいか?恋とは…情報戦だ」
「じょうほうせん?」
「そうだ。相手を知って相手の好みに合わせてやればまず共感を得られる。これは恋に限った話ではないが…。とにかく相手を知らなければ君の告白を上手くいかせてあげれない。田中彩の知ってる事を出来る限り全て教えてくれ」
「はい…はいっ!師匠!」
「師匠ではない」
曰く。田中彩は辛い物好きであり、好みは普通のカレーよりキーマカレーが好きで、特に最近は麻婆豆腐にこだわっている…。
「違う、食べ物の話しじゃないか、ふざけているのか?」
「違いますよ!?全部教えろと言ったので…」
「ま、まぁいい…続けたまえ」
好みの人物は優しい人で常に気を遣ってくれる人。うん王道だな。
見た目にこだわりはないけど、清潔感は欲しい。うん王道だな。
勉強では化学と社会が苦手で、小テストの点数では毎回唸っているらしい。うんどうでもいいな。
「いいか?大抵の人物は好みについて喋っているけれど所詮は気分次第なところがある。ようは意識しているかしてないかだ。君も自分に置き換えて考えてくれ、興味のない人物がいきなり告白してきたら断りはするだろうが少しは意識するだろう?まずは告白は最後の手段として意識してもらうことだ」
「お、おぉ…何言ってるか分からないけど凄い事言ってるのは分かります師匠」
「師匠ではない。とにかく、まず最初にやることは同性でも大丈夫かどうか…かな?」
「たしかにそうですけど、最近はアニメでも結構同性同士の恋はウケがいいんですよ?」
「アニメと一緒にしないでくれ…」
あれは美化されてる部分があるし、実際には色々問題もあるから人によるとしか言えない。だから私も告白はしないのだし…。いっそ井口冴を私として、田中彩をクロとして考えてみるか?
それならばこの子に足りない物を無くしていけばいいはず。
見た目は別に悪くはない。スタイルに関しては普通の範囲だろう。髪型が少し長くて野暮ったいがそれでも顔の形自体は悪くはない。清潔感も意識してるのか汚れてる感じも見当たらないし、まぁでも髪型をもう少し整えてやるか。
「髪型は普段どうしてるんだ?」
「櫛で梳いてはいるんですけど、クセっ毛が酷くて…ショートにもしようかと思ったんですけどそしたらもっと目立っちゃうから伸ばして髪の重さでマシに見えるようにしてるんです」
「なるほどな。矯正したりはしたのかい?」
「市販のストレートパーマは当ててるんですけど時間が経つと意味なくなっちゃいます」
「なるほどな。まぁこれは田中彩の好み次第だからクセに関してはよいが顔を見せるようにした方が清潔感があると思うが?」
「おでこ見られたくなくて…」
額を見せたがらない気持ちは一定層いるらしいから本人が嫌なら無理強いは出来ないか。ただそれでも髪をあえて長くしているならクセを活かして髪の毛を私の持っている髪留めで纏めてみる。
「師匠?」
「師匠ではない。少しおでこが出てしまうがヘアピンを使えば別にそれでいい、少し顔を出すだけで明るく見られるし清潔感もあるように見えるものだ。人間案外単純なものだよ」
化粧はしても同性相手ならメイクの仕方を気にしても本人に興味が持たれるわけではないからとりあえず見栄えから気にしていこう。
野暮ったい部分は一番楽なポニーにしてしまって前髪は目より下にあるから邪魔にならない程度に逸らしてヘアピンで留める。横髪が伸びているからばらけないようにヘアピンだけしてあげれば髪型が崩れることはないようにして完成だ、これで十分明るく見える。
「簡単な方法ですまないが、こっちの方が前より良いと思うよ」
「そうですか?なんか落ち着かないです」
「イメチェンするならこうだが…アップよりそのまま垂れ流したポニーの方がいいか」
再度髪留めを整えてやれば「違和感少し無くなりました、なんとなく涼しいです」というくらいの感想。
美容院にでも行かせてやりたいが唐突に変えすぎるより今のイメージを残したままの方がいいだろう。少なくとも田中彩が一緒に今までいたのは彼女なのだから嫌いな人を傍に置くわけでもないし多少くらいのイメチェンで十分のはずだ。
「一旦この髪型を継続しながら、あとは好きだと伝えるようにしてみるといい。君の思ってることを伝えなければ相手は分からないのだから」
「はい!でも…いきなり好きとか大丈夫なんですか?」
「言わないより言った方が良いだろう。君だって好かれてるのか嫌われているのか分からないより、好きと言ってくれた方が嬉しくないか?」
「嬉しいです…」
「言える範囲のことは言って良い、誰彼構わず言ってるわけでもないならむしろそれは特別と変わらないのだから自分の気持ちに素直になってる分、気持ちも楽になるだろうさ」
校外学習は来週か、それまでに委員会を決めるはずだったし同性でも問題ないなら一緒にしてやりたいが、告白する気ならむしろ気まずくさせてしまうか?判断が難しいな。
「じ、自信が出てきました…!今なら成功する気がします!」
「気が早いな…とにかく失敗したときは失敗しても伝えたいとなったときだ。今は田中彩も忙しいだろうし意識させてあげればそれで十分だろう」
さすがに井口冴が空気を悪くしたとは面と向かって言えないながら、今はタイミング的に悪印象を持たれてる可能性が高い。
しばらくは変わったという認識でいこう。それに井口冴と会話するまえに田中彩からのメッセージも気にはなる。元々井口冴の気持ちを知った上であれを言ったのであれば罪な女としか思えないが、恐らく人見知り関連のつもりで言ったのだと思いたい。
いや…この際はっきりと言ってしまった方が二度行う危険性を減らせるか。
「井口冴、君は辛口評価と甘口評価どちらが良い?」
「もちろん甘口でお願いします!」
「そ、そうか…そうだな。今朝の一件があっただろう?」
「あれは本当にごめんなさい!師匠…阿澄さんと一緒が嫌じゃないんです!」
「それは分かっている。そうではなくて、あれは私が会話に入ったから私に注目を浴びたが、君があのタイミングで言ったら八木黒と一緒は嫌だみたいに聞こえてしまったということだ」
「黒ちゃんですか?黒ちゃんのこと嫌だなんて言ってないですよ?」
なんて伝えたら伝わるか分からなくなってきた。
周りの空気をとか言ってもあの時は暴走してたらしいし自覚がないんだろうが…。
「君がそう思おうと周りはそういう風に見えたということなんだ。だから君は八木黒に謝って、それを田中彩に言うと良い。そうすれば好感度は上がるだろう」
「阿澄さんがそう言うならそうします…!何か誤解を与えてしまったってことですよね」
「まぁ平たく言えばそう言うことだ」
なんて言うつもりなのか分からないが、難しいことを喋るなんて出来なそうな子だ。大丈夫だろう。
暗くなっている外を見ればクロは大丈夫だろうかなんて思うが、少し遅れるくらいなら問題ないか。
「まぁ、すぐ結果は出るわけではないからやれることを少しずつやっていくといい」
「はい!そうします!」
「今日はとりあえず解散だ。私も暇では…まぁ暇ではないから何かあればメッセージでも送ってくれればいい」
私が荷物を纏めていると井口冴は急ぎ足に外に小走りしていった。
そういえば長話になったが何か塾とかあるのだったか?用事を忘れるほどに熱中して心の拠り所みたいなものを探していたのかもしれないな。
少なくとも泣き崩れる程度には悩んでいたみたいだし、あの精神で一人悩み続けるのは彼女には相当な負担だったのだろう。
私も早足程度にコンビニへ向かうか…。ついでにクロにも田中彩のことをさりげなく聞いておくか。井口冴のことを口にしなければ勘ぐられることもないだろうし。
いつものコンビニへ着くとクロを見かけて小さく手を振る。
バイトの先輩らしき人とも名前は知らないがすっかり顔なじみになった気がする。そのバイトの先輩が私に気を遣ってクロに私の所へ行くように話してるのが聞こえた。
「阿澄さん、今日は来ないのかと思っちゃった」
「すまない少し用事があって来るのが遅れてしまったよ」
「ううん謝ることないよ、というか用事があるなら優先していいんだよ?」
「ここに来ると癒されるんだ。だから大丈夫だよ」
「そ、そっか」
イートインスペースも空いているようだし、いつものコーヒーを頼んで寛ぎながらクロが働いているところを眺める。
相変わらず笑顔が素敵だなと感慨深く思うと同時に井口冴の泣き崩れた姿を思い出して、私はあそこまで本気で向き合っているのだろうかと自問自答する。
最初こそ、独占するほど私に依存でもさせてやろうかと思っていたがすっかり今では関係性が壊れることを怯えて何もできてない。それどころか彼女が幸せならそれでもいいんじゃないかと自分に言い聞かせてる部分もある。
もちろん好きだ。愛していると言えるなら伝えたい。それでも楽しい学校生活を送ってほしいし、時折…そう時折彼女が見せる、絶望のような顔を思い出す。
直近で言えば井口冴の言葉に暗くどんよりとした表情を見せたことか…。別に過去を掘り返そうとは思わないが気になりはする。だから私が告白することであんな顔にさせてしまうくらいならという気持ちがどうしても付き纏ってしまう。
自分の気持ちを井口冴に重ねすぎている部分はある。だからもっとクロのことを欲しくなってしまう気持ちも強まってしまう。とりあえず今は考えないようにしようと思っていたらスマホの通知が鳴ったので見てみると井口冴から『謝罪したんですけど返事が来ないんです!師匠の言う通り本当に困らせてしまったんでしょうか!?』と来ていたので呆れてしまい『彼女は仕事中だ。落ち着いて待つんだ、それと師匠ではない』と返答は真面目にしたが。
もう少し大人しい性格なのかと思ったが意外と元気がある人だったのだなと思う。
その後もくだらない慌てようを見て返信だけはしていたら、今日はコーヒーを一杯でイートインスペースを独占しているのに呼び止められることなくクロの退勤時間に近づいていたので井口冴は一旦無視して、バナナラテを買おうかと思ったら売り切れみたいだ。
代わりの物はどうしようかと悩んでいたら、クロが後ろから指をさしてきた。
「今日は本当に忙しそうだね?ちなみにバナナラテより私はイチゴオレが好きだよ」
「忙しいわけではないんだが…そうかイチゴオレを今度から買っておこう」
「更に言いますとこのイチゴオレは本日以降は入荷しません」
「はは、まさか入荷最後の日に好みを言われるとは、私も見る目が無かったということか」
イチゴオレを買った後はクロに手渡して、飲んでいる姿をぼんやりと見る。
逆に私の様子を訝しむように下から上目遣いで見てくるときがあって少しドキりとするが、今はこの時間を大切にしなくてはと思う。
「やっぱり私の事気にしてるの?」
「ん?いつも気にしているが?」
「そうじゃなくて…!今朝の事だよ」
「あぁそうだね。クロが傷付いてないか心配はしているよ」
「そっか。うん、阿澄さんがいるから私は大丈夫だって今思えたからその心配は大丈夫だよ」
どういうことかさっぱり分からないが、私の言葉で元気になったのならそれは嬉しいことだ。
「阿澄さんって中学の時もずっと今の阿澄さんだったの?」
「質問の意味が分からないが私は私だね。人付き合いは今よりは八方美人だった気はするが基本的には変わっていないよ」
「意外っ!阿澄さんなんでもキッパリ言うのかと思ってた」
「思っていることは言うようにはしているが、ただ苦手なこともあるし私だって普通の人間だよ」
「そっかぁ…阿澄さんと同じ中学だったら良かったなぁ」
「私も心底そう思うよ、そしたら八方美人になることもなく君だけを見ていられただろうね」
「そんな恥ずかしいことを言う中学生がいたら私も楽しかった気がするよ」
一緒にいられたら良かったなんて言われたら私も嬉しい。今度は他所のコンビニで今飲んでいるイチゴオレを探してきてからここに居座ろうかと悩んでいるほどに。
「阿澄さんって私の過去を聞いたりしないよね?」
「聞いてほしいなら聞くが?」
「うーん…聞いてほしくないかな?」
「それなら聞かないでおこう」
「ありがとうね。阿澄さんスマホ通知来てない?さっきからブルブル聞こえるけど」
「子犬が騒いでいるんだろうね。些事だから気にしないでほしい」
胡散臭げに見られるが実際子犬みたいなものだ。多分今も学生のバイト時間を超えても返事が来ないとか騒いでいるに違いない。私の時間を気にせずにメッセージを送る根性があるならもう少し私に配慮してこの時間を堪能させてほしい。
イチゴオレを飲み干したクロを見送ってからスマホを開いてみれば案の定『今返事きました!』と書いてあって、何故私にはメッセージを連打しておいて平気なんだこいつはと呆れてしまう。
ただ。私と話してる間クロにもメッセージが来ていただろうに私を優先してくれたことを、そんなさりげないことに充実感を得てしまっている自分がいて。やはり彼女を独占したい気持ちに嘘は吐けない。




