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三話

 朝の挨拶は欠かさずにいたが、土曜日に出かける約束をして以来「本当に大丈夫?」と何かを心配されることもあってそんな表情も実に捨てがたいほど可愛いと思う良き日が続いた。


 毎日朝だけに限っては幸せな日が続くと土曜日もあっという間で、金曜日にはサロンやエステも済ませて季節的には少し暑くなるかもと思い白いワンピースと薄いカーディガンというシンプルな格好にしておいた。

 理由はもちろんある。八木黒がどんなスタイルで来るか分からないからだ。


 カジュアルすぎてもいけないしフォーマルすぎても相手が委縮してしまうと思ったら結果的にシンプルな恰好に納めておいた方が無難だと感じた。

 その代わりと言ってはなんだがネイルや髪型など細かなところは丁寧にしておいたのでどちらにも対応できる。


 待ち合わせの場所は映画館近くのショッピングモール付近にある噴水広場。木陰もあるし、私も今後八木黒と遊ぶときは待ち合わせにここを使うのはいいかもしれない。


 予定の時間より二時間前には着いておいて少し離れたところで八木黒が来るタイミングを探っておくと予定の一時間前くらいには横井修二が来て暇そうにスマホを弄り始めている。

 その後三十分前には田中彩と井口冴が二人で現れて、二十分前には田辺健。

 十分前に八木黒が遠くから歩いて来ているので、私もそろそろ行くかと喫茶店から出て集合する。


 八木黒はボーイッシュと言うべきか、野暮ったい恰好をしている。やはりフォーマルすぎては駄目だったか。というかカジュアルというのももう少し中性的な衣装を私もしてくるべきだったかと少し後悔する。


「あらら、二人とも一緒に来たの?」

「ううん。偶然だよ」

「そうとも、どうやら私は十分前に来たら八木黒も十分前に来たようだね」

「そ、そうなんだ。阿澄さんは風格あるから嘘か本当かよくわかんないけど、黒ちゃんが言うなら本当か」


 なんか失礼なことを言われた気がするが粗末な事か。

 全員で一回休憩を挟んでおきたいとか思うところもあるだろうが、映画のチケットは朝の分しかないので先に映画を楽しんだ後に喫茶店などで休もうという話しになってからそのまま映画館に向かう。


 道中横井修二がアニメの話題を振ってきたがそれに対して模範解答だけを告げておいた。


「主人公がさ好きな人を守るときに見せたシーンが好きでさ―」

「あれか、血筋の影響で本当に守りたい者がいるときに覚醒するそうだな」

「そ、そう。あ!あと友人が実力隠してた本当の理由が切なくて好きでさ」

「あぁ、幼い頃のトラウマで妖のハーフだと言えないながら見えない所で皆の危機を救っていた回想があったな」

「そう、それで本当はいい奴なんだなって納得させられて―」

「実際修行もサボっていたということだし、まだ強くなる描写が伏線として張られていたな」

「そうなんだよ…」


 やがて話すことも無くなってきたのか口数が減ってきたのを楽に思っていたら次は田中彩が話題を振ってくる。


「結構見てるんだね。なんか噂程度にしかアニメに興味あるって聞いたことしかなかったから阿澄さんがそんなに詳しく見てるなんて思わなかったなぁ」

「その認識で間違ってない」

「じゃあこのアニメだけ好きなの?」

「そう…いや、八木黒が見ているアニメは大半が好きだと思う」

「なんで私!?」

「黒ちゃん好かれてるねぇ…ってことは名作はほとんど見てるのかな?」


 言葉に詰まってしまう。実際どのアニメを見ればいいのか分からないから、今回見るアニメ以外は見ていない。見ていると言えば先ほどまでのような模範解答を期待されるかもしれないし。見てないとなればアニメ好きじゃないんだと思われる可能性もある。

 アニメめ…許さん。何故話数があんなに長いんだ。


「いや…見てない。ただ八木黒の趣味と私の趣味が合っていると思っただけだ」

「そっか?じゃあ黒ちゃんの好きなアニメ今度教えてあげるよ」

「それは助かる」


 また二倍速で暗記すれば問題ないだろう。考察なども予習しておかないといけないな。


 映画館に着けば飲み物や食べ物はどうするかという話題になって他の者が買ってる中八木黒は何も買っていない。


「八木黒は欲しいものがないの?」

「私?えと、映画館ってスーパーで売ってるより高いなぁって…あはは」

「そうか、どれが飲みたい?食べ物も二人でシェアしよう。私もポップコーンを食べ慣れていないからシェアすれば丁度良いかと思っていたところだ」

「それじゃあ飲み物だけ買おうかな…」

「不要だ。好きな物を選ぶと良い。万札しか持ってないから支払いが面倒だ」

「えと、お世話になります?」


 実際は万札以外も持っているが、何かにつけて遠慮しがちな子に対してはこういえば大抵受け入れざるを得ない。

 あとで返すと言っても嵩張るから不要と答えれば十分だ。

 なにより私が奢ったと言う事実が欲しいだけでそれ以外は特に目的ではない。いや食べ物をシェアするとかもしかしたら恋人っぽいのではないか!?


 これは無意識ではあったが私はファインプレーをしたのかもしれない。シェアするとなると私の隣は必然的に八木黒が隣になるし良いことだらけではないか。


「田中彩、話しを聞いてたか知らないが私と八木黒は食べ物をシェアする。席順は隣同士にしてくれ」

「聞いてないし知らなかったけど了解したよ。仲がよろしいことで」


 席は一応八木黒と一緒の席にはなっているが、私の隣に横井修二が座ってきてせっかくの気分が少し台無しになったかと感じつつも飲み物を美味しそうに飲んでいる八木黒に癒されながら上映開始される。


 普段二倍速で見ていたから声が誰か分かりづらかったが、映画を見ながら八木黒を見れば集中してるようで、この時間がもっと長く続けばいいなと思う。



 映画も終わり、どこで休むかという話しになってからフードコートで休むかという空気になった時に八木黒が私の袖を引っ張って「少しいいですか?」なんて言われたから喜んで着いていく。皆にはトイレに行くと告げて二人で特に目的も無く歩いていると意を決してたというように八木黒が声を発する。


「私ね。その、あまり裕福な感じじゃなくて。でもそれでみんなに迷惑とかかけたくなくて。だから阿澄さんも私にそこまでしなくていいんだよ」

「私は私のしたいようにしているだけだが?」

「そ、そうだとしてもやっぱりお金は大事なものだから。思い過ごしじゃなければフードコートでも阿澄さん私に何か奢ってくれるかもって思っちゃって…ごめんなんか自意識過剰だよね」

「いや実際奢るつもりだったから問題ない」

「問題あるよ!私返せるものとか何も無いし」

「うーん…私は君が笑顔でいれば問題はないんだが、それじゃあ駄目と言うことかな?」

「駄目…かな」


 難しい問題だ。私が何かすれば彼女は遠慮してしまうし。とはいえ私は彼女が一人質素な食事をこれからしたいと言って来たら尊重はするが、どうせなら好きな物を食べてほしい。

 返せるものが無いと言っていたからには、私がなにか要求すればいいんだが、本当に二人で過ごして笑顔でいてくれればいいと思っているからそれ以上となると口に言えないようなことばかりを羅列してしまう気がする。


「それじゃあどうすれば良いのか分からないな…」

「どうして阿澄さんはそんなに私に良くしてくれようとするの?」

「君が好きだからだな」

「ええぇ。それは、身に覚えが無いと言いますか!私阿澄さんに何かしたっけ」

「特に何もしてないな。まぁ些細な問題だ」

「それでも…これから嫌いになるかもしれないし…」

「それは無い。仮に、億が一の確率でそうなるのだとしたらそれは私に問題があったときだけだ」


 どうせなら雰囲気のあるところで好きだと伝えたかったが。それを伝えても納得はしてもらえなそうだ。

 どうしたら彼女に納得してもらえるのか分からない。好きだとは伝えた。しかし嫌いになるかもしれないと言われても、私にとってこれは初恋だ。確かに初恋は実らないなんて言う言葉もあるくらいだからそれも可能性に入れるべきなのかもしれないが、今の私には彼女を嫌う理由は何一つない。


 ボーイッシュな恰好を選んでくるセンスは理解はできないが彼女の可愛さを損なうものではないからむしろ好きだ。

 お金が無いなんて家庭の問題で左右されるだろう。彼女が関係してるわけではない。むしろ金にがめつくねだってくることをしない彼女には更なる好印象だ。仮にねだってきたとしても私は甘えてくる子猫のようにしか思えないから好きなままだろう。


 ただそのどれもが彼女の笑顔が素敵だからという私の心を貫いたようにもっと見せてほしいと願うように思わせた彼女の無垢な笑顔が好きだったから。

 でも無理やり取り繕わせた笑顔にしたのであれば彼女は本当に笑顔でいられないだろう。


 そうなると私は彼女を不幸にしてしまっていると言える。これは問題であるし。私の望んだ結果ではない。


「それじゃあ阿澄さん。私少しずつ返していくよ、バイトもしているしそれなら出来ると思うから」

「ふむ。バイトをしているのか、それならバイトの場所を教えてくれたら今日映画館で奢った分をチャラにしてあげよう」

「なんで!?」

「どうせこれからフードコートで奢ることになるだろう。そしたら君はどうせ私に借りを作ることになるのだから問題は維持される」

「解決したいから言ってるのであって…阿澄さん変わってるよ!」

「私ほどの人間は他にそうはいないだろうな」

「もう!とにかく映画館の分も少しずつ返すよ。それとバイトはただのコンビニバイトだよ」


 良い情報を聞けた。しかしバイトをしなければいけないほど金銭面で苦労をしていたのか。

 一体どういう問題を抱えているのか聞きたいところだが、それも今ここで聞けば時間を割いてしまうだけか。


 とりあえず私は二千円を手渡しておく。


「えと…阿澄さんこれは?」

「好きな物を食べたまえ。映画館での分も返すと言うのならバイト先を教えてもらえた分を支払おう」

「これって阿澄さん誰にでもしてるの?」

「私の人生において君にだけだな」

「そ、そうなんだ」


 望んだ表情ではないが、これから美味しい物を食べれば少しでも彼女の笑顔が見れるだろうと思って皆の元へ戻ってフードコートで食事をするのだが、あまり良い笑顔ではなかった。

 やはり私のやり方が強引過ぎたのだろう。とはいえせっかく楽しみに来た結果、八木黒に良いだけの思い出を与えてあげれなかったのは残念だ。


 私ももう少し愛し方について勉強でもしたほうがいいかもしれないな。


 食事の最中も映画の感想を言い合ったりするときは八木黒も楽しそうに話していたが、私に対しては遠慮をしてしまう。

 対等性の問題が原因だろうか。しかし対等な関係を望んでも私の家庭は裕福だし、私が私に不満を抱いたことは特にない。ナルシストというわけではないと思うが。自分の嫌いなところも含めて自分だと思っている。


 それでも私では彼女の傍にいるのは対等性に欠けるというのであれば好きだと言う気持ちを抑えて、ただの友達で支えてあげるのが良いのかもしれない。それが彼女の求める関係性と言うのならそれがきっとベストなのだろう。


 今はまだ仲良くなれたというだけで少しは満足だ。完璧に満足してしまえばそれ以上を高望みしてしまうのが人間の性だ。少しずつやっていけばいい。


 皆がフードコートで十分に話し合った後は解散と言う話しになった。井口冴と八木黒はバイトがあると言うのと。田辺健は塾。田中彩は個人的な用事とかで残ったのが横井修二だったが、私としては彼と一緒にいても仕方ないのでそのまま帰ろうとしたが。


「阿澄さん、聞いてほしいことがあるんだ」

「なにかな?」


 解散場所は噴水広場、それでいて皆も解散して私はこれから八木黒のバイト先まで着いて行こうか悩んでいる最中だったが。話しがあると言うワードで嫌な記憶としては…。


「俺、阿澄さんのこと好きで。良かったら付き合ってほしい」

「すまない、君の気持ちに応えることはできない。理由としては私には既に好きな相手がいるからだ。仮に実らない結果になったとしても私はここ数年誰かと付き合おうと言う考えが無いだろう」

「お、おう!振られるとは思ってたから大丈夫だ!むしろそんな丁寧に答えてくれるとは思ってなかったわ」


 期待も持たせないように返答したつもりだが、この振られた相手の表情はどうにも見慣れない。

 諦め。悲しみ。不安。色んな負の感情が見せるこの顔を私は好きではない。とは言え嘘でも付き合ってしまえばお互いの距離感が違うと言って別れる結果になる。


 どう選択しても私は相手を好きでない以上、どちらかが我慢するか、どちらも我慢して付き合い続けるかの関係性なんてきっと上手くはいかない。


「私は横井修二のことを友達だと思っているよ。今後もそう思って接してくれたら嬉しい」

「ありがとうな。俺も友達だと思って接するよ」


 私はきっとどこかで悟っていたのかもしれない。この映画の話題が出たときに横井修二が私を誘うべくして誘って、本来の予定だったら二人で映画を見るはずだったんだろう。

 そうでなければ田中彩が六人で見れるようにしようと、私が参加しないと言ったときに言い出したりしないはずだ。芋づる式に答えは導き出せる。しかし彼はそれでも告白することを選んだ。


 私とは大違いだ。好きだとは伝えた。しかし付き合ってほしいとまでは言えなかった。

 それを口にしてしまえばきっと優しい彼女は奢ってもらったり恩があるからと承諾してしまうかもしれないから。

 それは歪な関係で彼女が我慢してしまうだけの辛い関係に他ならない。


 いつか。いつか私を好きになってくれる日が来るだろうか?それが来ないとしたら私はどうしようかと考える。

 きっとその時が来れば私はやる気を失くすのだろう。色んなやる気を。


 映画の考察をスマホで調べでもしようかと思っていたら飯塚愛理からメッセージが来ていて『なにしてるのー?』『寝てるな!?起きろー!』とかどうでもいい内容だったが。私はそれを見て八木黒と連絡を交換してないことに気づいて少し残念に思う。


 色んな事を考えすぎて初歩的なことをミスしてしまうなんて私としたことが…でもまぁこれも一つの楽しみだろう。


 短くて長い三年間はまだ始まったばかりのはずなんだから。その一歩として彼女と一緒に、他の連中もいたが出かけることが出来た。

 ゆっくり時間をかけていこう。そうしてこの恋を楽しもう。私は恋をした。それも初恋だ。


 それがちゃんと育つかは分からないし。育っても実らないかもしれない、それが私の心が選んだ道なのだからそれに従ってやっていこう。

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