二十五話 君に恋をしたあの日から
クロの声が聞こえた気がした。
それも私の名前を呼んでいて、どこか焦ったようなそんな風な声色で。上を見上げてみれば汗を垂らしながら私を覗いてくる人がいた。
「雪ちゃん、分かんないよ。なんでもかんでも私に押し付けてこないでよ、雪ちゃんてそういうところあるよね。自分が出来るからって他の人もできるみたいな感じ」
「何を…」
「それとも本当は見下してたりしたんじゃとかさ、周りに対して出来ないことは自分がやればいいとかそんな風にやってきて、何様目線なのかって話しだよ。そんなの分かるわけないじゃん!
雪ちゃんが今までどう思ってきたのか昨日知ったよ?それでどうしてどこかに行くの?私止めたよね?返事もしてないよ?あれからずっと探したんだよ?今日だってどこに行ったか学校内を走り回って私とっても疲れたよ?それで最後に屋上に来てようやく…見つけた」
何かを成し遂げたような顔つきで笑って、ただ今までと違ってどこか自信がある…いや吹っ切れているのだろうか。今までと対極にいるこの状況で。
クロは一体何を言いに来たんだろう?私を探してくれていたことが嬉しかった。
そこまでやらなくても無かったことにすれば良かったんじゃないのか?私の為だけに来てくれたことが嬉しかった。
昨日の男子とはどうなったのか気になった。それよりも私を優先してくれたことが嬉しかった。
「分かるわけなかったよ、好きとか嫌いとか、愛とかそうじゃないとか、ただ周りが勝手に騒いでるだけで私には関係のないことだって思ってたし、そんな告白されても厄介事が来たなくらいにしか思えないだろうから断るって決めていたし、何もかも全部ぜんぶぜーんぶ!私にとってはどうでもいい事だって思ってたのに! どうして雪ちゃんは逃げるの?いつもの雪ちゃんなら逃げたりしない。自分が正しいと胸を張って堂々としてた。私のことを!その…好きって思うならそれにだっていつもの雪ちゃんなら出来たよね。いつもみたいに口説いたりとか…さ。その分かんないけど!唐突に全部伝えて一人で勝手に消えたりしないでよ」
一つ一つ言葉を聞いて、場違いなことを想う。私はクロの事が好きで好きでどうしようもないんだなと。
「な、なにか言ってよ」
「私はクロのことが好きだ。最初の頃は暗くて印象無さげに見えた君が笑顔になったとき私は一目惚れをした」
「それ作り笑いだよ、周りに合わせてただけで」
「作ってもそれは君を構築する一つだ。君と過ごして全部が作り笑いだったとは到底思えない、一個でも本当の笑顔はあったと思う。遜色がないほどに私は君の事を好きだと笑う度に再認識していた。それ以外の表情も私は好きだ」
「それってなんでもありっていうか、結局分からないよ私の何が好きなの?」
「全部だよ。理屈じゃない、感情が…私は気持ちに嘘は吐けない。言葉にも…何もかもが好きだ」
暑そうにして汗を拭っているのと同時にいつもより感情的な彼女を眩しく思う。
何かしてあげたいと思っても、今はそれよりもちゃんと伝えなければならない。
「へ、へー。そうなんだ。私人の事結構見下してたんだよね。周りと自分は違う存在なんだって。それに雪ちゃんのことだっていつも上から目線で何なのこの人って思ってた」
「そうか。そうだったのか。知らなかった。知らなかったけど教えてくれて嬉しい」
「馬鹿にされてるんだよ?嫌味?言われてるんだよ!それでも嬉しいの?」
「嬉しいとも。クロの気持ちを知れることが出来て私は嬉しい。どんな気持ちを抱いていたとしても。それで私が罵倒されるようなことになってもクロになら言われてもいいと思える」
「変態じゃん!ほかにも!ほかにも…私は中学の頃いじめに合ってた。その頃から友達なんて簡単に消えるくらいにしか思ってなくて彩ちゃんとか冴ちゃんも心のどこかではどうでもいいって思ってた。私は雪ちゃんに好かれるような人間じゃないし、雪ちゃんのことだって私を好きでいてくれるなら雪ちゃんはクラスでも人気者だしちょうどいいなって思ってた!」
貶されてるのか褒められているのかいまいち分からないが、本音を語ってくれるその言葉が全て愛おしくて。
そしてそう言う感情は誰しも抱いたりするものだと思う。比べるような発言はしないが、こうして彼女の本音を聞けてどうしようもなく嬉しい。
だがそれなら彼女は一体どうして私を探して、ここまで話してくれるんだろうと思う。心の中では期待と不安が入り混じっている。
「私で役に立ったなら嬉しいし、クロが私のことをそう評価してくれるのもありがたいと思うよ。自己評価と他人からの評価はちがうものだから。自信に繋がる」
「そう言う意味で言ったんじゃないんだけど!とにかく私のことを好きって気持ちは雪ちゃんが抱いた幻想みたいなものなんだよ」
「そうかもしれないな。私はクロという人間について少ししか知らない。それすら傲慢な答えなのかもしれないが。クロが普段どう思っていたのか知らない。どんな風に私と接してきたのか、今少し話してくれたけどそれだけだ。何も知らない。だから教えてほしい。少しずつでもいいから」
どこか支離滅裂なその必死になって伝えようとしてくれる気持ちも含めて全てを受け止めたい。
最後に振られることになっても私はクロが言いたいことを今は聞きたいと思っている。
痺れた感覚が残ったままなのが幸いして、今は夢の中にいるような感覚に近い。
「雪ちゃんの気持ちのなに一つがわかんないよ。なんでそんなに私がいいの?」
「私にも答えづらいな。ただ君が良かったんだ。クロでなければ駄目なんだ」
「そんなのずるいじゃん、私なんて言えばいいのか分からなくなるじゃん!」
「別に…いいんだ。クロが無理をすることではないから。駄目なら駄目とそう答えてもいいんだよ。私は君を不幸にしてまで添い遂げようとは思ってはいない」
「お母さんから…お母さんから二人で家族を作ろうって言われてたの。雪ちゃん女の子じゃん」
てっきり即答で断られるのばかり思っていた。ただ今どうして彼女がこんなに私のことで悩んでくれているのか逆に分からなくなってくる。分からないことが辛い。
慎ましやかな生活をしているとは思っているが恐らく家族でそれなりに事情があったんだろう。言葉から察するに家族を増やしていくという意味では同性では母親の気持ちを汲み取ってあげることができないことを示唆しているのだとは思うが。家族を作るという意味では子供は望めないかもしれないな。
先ほどまで怒っていたような声から、今にでも泣きそうな声になっているのを聞いていると不謹慎にも綺麗だなと…そう思う。
「別にいなくなったっていいんだよ雪ちゃんなんて…でも、今までのことと、今までのことが想像してたより楽しかったから…楽しいと思っちゃったから…私、雪ちゃんと離れたくないよ」
「断ったところで私は変わらずに接するようにするよ、してみせるよ。それならクロはこれ以上苦しまないでいてくれるだろうか」
それができるかは分からなかった。きっと私はそうなったとしてもクロの事を好きで変わらないと思う。
私にとって君を見てようやく私と言う人生の物語が始まったような気がしたんだ。だからこの気持ちだけは隠すことはできないが、私だけが苦しい思いをしてクロが笑顔になるならもうそれでいい。伝えるべきことは十分に伝えた。
「雪ちゃんはどうなのさ。雪ちゃんはそれでいいの?私は怒ってるんだよ?今まで雪ちゃんが何をしたいのか分からなかった。言われて気付いて、それでどうすればいいのかって分かんなくて。怒って、私別に雪ちゃんのことで苦しいなんて思ってない。雪ちゃんは私の事分かってないよ」
「そうか。そうだな。だから教えてほしい。君は…自由だよ」
いつか思ったことだ。彼女が些細なことで楽しむ仕草や行動を見て。好きだ。
何かをしていても笑顔を絶やさないことが例え作り物だったとしてもそれが彼女の生き方だと思えば。美しいと思う。
「私を見てよ…私の事知らないのに好きだなんて言わないでよ。本当は好かれるような人じゃないって気づいてよ」
「どうやら…どんなクロでも私は君のことを好きでいると思う。今までどんな風に思ったのか、本当はどうだったとかそれに一喜一憂しても私はクロを愛しているんだ」
「そんな保証どこにもないよ…」
「保証は出来ないが証明することはできる。これから先ずっと証明し続けていく」
昨日は酷く醜い姿を見せてしまった。
これが証明の一つだというように私はクロに向けて震える手を差し出して出来る限りの強がりな笑顔で精一杯の声で気持ちを伝える。
「私はクロのことが好きだ。愛している。だから…教えてほしい。クロの気持ちを知りたい、聞きたい」
「…今まで…聞いて来なかったくせに…ずるいよ」
「どんな答えが来ても私が好きなことは変わらないから聞いて来なかった。でも、私の間違いだと分かったから、これからはクロの事をもっと知っていきたい」
「じゃあ、私に恋を教えて…人を好きになるって良い事なんだって教えて」
付き合ったと言えるかは分からない。ただ私の手を握ってくれたその手は、暑さもあってか汗で濡れていて、それを不快だと思うことはなく私を探して頑張ってくれたことを愛おしくさえ思って。
「至らない所があれば言ってくれ。直す」
「それじゃあ…勝手に裏切らないで」
「裏切るわけない。私は常にクロを好きな気持ちでいっぱいだから」
「体育祭の時、私より他の事ばかり夢中になってた」
「んっ!そうか…言い訳は出来ないから謝ることしか…」
「何があったか教えて」
「んんっ…い、井口冴の恋愛相談を受けていた…」
「私だけを見て」
「もう誰かを優先したりなんかしない。クロだけを見るよ」
すまない。すまないが井口冴。焼肉は奢ったから口外したことを許してほしい。
甘えるように私の胸に頭を押し付けて、泣いてるのか汗なのか私の制服が湿気ていくのを感じて心地よいこの感覚はなんなのだろう。
いつの間にか私を蝕んでいた痺れも、痛みも無くなって。どこか気持ちも晴れやかになっていた。
ただ抱き合っていた。後夜祭を告げる放送が聞こえてきて。教室で片づけをクラスメイトがしていると思えば行かなければいけないとは分かっていてもクロから離れることはできないので、恋焦がれていた相手の頭をそっと優しく撫でていた。
「雪ちゃん」
「なにかな?」
「私の好きなところ十個言って」
「唐突だな?性格は余すところなく好きだ。本音や建前があったとしてもそれを選んだ君の行動だからこそ好きだ。
感情を出した時の顔が好きだ、失礼かもしれないが泣いてる姿さえ綺麗で美しいと思ってしまっている。
笑って楽しそうにしているところが好きだ、私まで楽しく嬉しい気持ちになってしまう。
君は自覚しているか分からないが頑張り屋なところが好きだ、人付き合い、バイト、家庭、色んな人生を送ってもしっかりしていると思う。
それと仕草が可愛くて好きだ、気付いているか分からないが楽しい時には体の動きが多くなって手や足を忙しなく動かしているところが印象的だ。
良く食べる姿が好きだ。口の中に頬張ってはいつの間にか食べていてすぐに次の物に目移りしてしまっている時は愛らしさもあるが、見ていて楽しいと思える。
あとは―」
「やっぱり待って…なんか恥ずかしくなってきたから…もっと一言とかでいいのになんで具体的に言うの…」
「恥ずかしがっているときに手を口元に添えて隠しているのが好きだ。顔を見られないようにしながらも隠しきれてないところに少なからずギャップを感じる」
「もういいって、分かったよ!」
「しかし十個はまだ言ってないが?」
「想像以上に私のこと好きなんですね…」
「そうでなければ私はここまで思い悩んだりしなかったさ」
とても甘美で甘すぎるくらいの時間を堪能して、クロが上目遣いで私の方を見る。
これはキスか?してもいいのか迷っていると、くすりと笑いながら私から離れてまっすぐと私を見ながら楽し気に、それでいて私を試すかのように。
「ちゃんと私に教えてね。伝わってないと思ったら言ってくれないと私分からないから」
「そうか、それじゃあ困るから毎日伝えて分かってもらわないとだな」
「雪ちゃんが私の事どうしても好きみたいだから。だから付き合ってあげる」
「ああ、どうしても好きだから結婚してくれ」
「結婚とは言ってないよ!」
制服が皺くちゃになってしまっているとは思ったが、それよりも今は目の前にいる私の愛しい人にこれからどうやって好きを分からせてあげるか考えていかないといけないな。
今から教室に戻っても片づけは終わっているだろうと思って、クロの手を握って、頬に手を添える。
「これから後夜祭のようだから素敵な思い出を作ろう」
「ただゴミを燃やしてキャンプファイヤーするだけだと思うんだけどね」
「身も蓋もないな…実際そうだから否定はしないが、私たちの恋を表現するかのように燃えていると思えばロマンチックじゃないか?」
「そんなこと考えても口にしたりしないんだけどな」
ちゃんと屋上のカギをしてから校庭までの道のりずっと手を繋いで、私は人生においてきっと一番幸せだと思ってクロの歩幅に合わせて歩く。
クロは私と手を繋いでることで若干忙しなさそうな姿をしているが、恥ずかしいのか周りに付き合っていると思われるのが嫌なのかいまいち分からない。
ただ別に周りに私はどう思われようと知ったことではない。私は好きな人と一緒にいる。それを隠すことは無いし、聞かれれば付き合ってると正直に言うだろう。
校庭まで着いたら既にゴミをキャンプファイヤーが燃やして、周りではお疲れ様と労いの言葉と一緒に、飲食の出店が余っていたからなのかなにかを食べている姿も見かける。
なんなら先生も食べているのでこの光景すら、今までよりも明るく見えてしまう。
「雪ちゃんは、文化祭楽しかった?」
「絶望の底から救い上げられたことで天にも勝る気持ちに至っているところだ」
「至ってるところあれなんだけど、さすがに暑いから手を離したいんだけど?」
「それじゃあ小指でも結んでみるかな?クロの好きなアニメにもそう言うワンシーンがあった気がするよ」
「あったかなぁ?あの作品かな?雪ちゃんが思っているより私って軽いアニメ好きだからね?」
「軽いとか重いとかあるのか?私はクロが好きだというからアニメをみているだけなんだが」
そう言うと「だからか」と勝手に一人で納得している。何か知らないが何かが伝わったならそれでいい。
私も私でクロの言う軽いアニメ好きというのを取り入れて今後はアニメを楽しむとしよう。
二人での時間だとあっという間に過ぎて行って。後片付けの時には傍にいれない時間もあったが、教室での片付けをサボってしまった分私は張り切って校庭の片付けをやった。
外で店を開いていたものは参加しなかったが、校舎で催しをやっていた者たちが集まって校庭を片付けるので、人がそこそこに溢れている中、クロを見失わないように片付けるのは意外と疲労と共に達成感も得られた。
それぞれが帰っていいとなったときに、教室まで荷物を取りに戻れば整頓された机に若干の申し訳なさを感じるが、それでも私はこれからクラスに少しでも貢献すればいいだろうと気軽な気持ちだ。
とはいえ、文化祭以降は行事がないから見せ場もないだろうが、勉強の手伝いくらいはできるからクラスメイトが勉強会を開くとなったらクロが嫌がらなければ参加したいと思う。
半年。経った半年のことではあるが色々なことがあった。
浮き沈みの激しい毎日ではあった、辛いことももちろんあったが初恋をしたあの日から成就するまでの今までを思い返してみれば濃厚で一言では説明しきれない感情だ。
「雪ちゃん?」
クロも荷物を取りに来たのか、教室の扉へ目を向ければ不思議そうな顔をして立っている彼女がいる。
「もしかして私の事待ってた?」
「当然だ。ただ少し過去のことを振り返っていた。私が君に惚れてから今までのことを感慨深く思っていたところだ」
「んー…その時どんなふうに思ってたのか少しずつ教えてよ?私はいまだになんで私の事好きなのか分かってないし」
「十個の続きか、いいだろう。私はクロのホラーなど苦手な事を目の当たりにしたとき―」
「それはいいの!雪ちゃんがどんなことをしてきたのか教えてほしいだけだから!好きなのは分かったよ!」
あんまり話すような内容はないが。私が勝手にクロに対してどうしようとか、告白するか迷っていたとかそういう話しをすればいいのか。
ただそれを話すなら、きっとこれからもっと新しい感情と気持ちが芽生えてその度に告げることになるだろう。話題に尽きることはないかもしれないな。
「少なくとも今は…愛しているクロ」
「う、うん。シンプルなのはやっぱり恥ずいね」
____
ご愛読ありがとうございます。
続きを書くかは反響で様子見しようと思います。




