十六話
海の日になるまで愛理からの通話は無くなってしまったが、グループメッセージを送れば反応はあるので問題はない。
クロにも会いたかったが、こちらからメッセージを送らなければ彼女は基本的には私にメッセージを送ってくることはないから大丈夫だろう。バイトに関して忙しいのかもしれないし私に話したいことが無いだけかもしれないが。
駅で待ち合わせをして、井口冴や田中彩、阿部恵美に愛理、クロが来たのを確認して交通費も含めて私が全て受け持つので全員に気軽にしてもらうようにする。
「阿澄さんはお金とか大丈夫なの?」
「問題ない。費用に関しては気にしないでくれ、基本的に私の両親が出しているものだからな」
「師匠はセレブなのかと思ってましたけど結構凄い親ですね」
「まぁそうだな」
娘に仕事を押し付ける程度には凄い親だ。他の家庭で聞いたことが無い。
今回もどうせ夏休みだということで仕事が来るかもしれないので私のカバンにはノートパソコンが入っているし、母親の方が仕事を送ってこなければ私の時間は確保できるだろう。
いつもなら愛理がはしゃいでる気がするが、阿部恵美と一緒に話して楽しそうにはしている。大丈夫とは言えないが彼女なりに私へ思うところがあるのだろう。
「阿澄さん…これはいつか返すから…」
「さっきも言ったが私の親が出したようなものだ。家庭の事情みたいなものだから気にしないでくれ」
「いつかご両親に会ったらお礼を言わなきゃ」
クロが言っても多分親からしたら何のことか分からないだろう。私に送った給料を使っているだけなのだから。
「全員忘れ物が無いか一応チェックしておいてほしい。それとレンタルできるものは基本的にはレンタルするからやりたいものがあったら言ってくれたら確認する」
各々から返事をもらいつつ、全員で電車に乗って移動して、先に旅館の方に寄る予定だ。荷物を置いてからじゃないと嵩張るし水着を着替える場所も旅館で着てから、上にパーカーや上着を着てもらってから移動する。
更衣室があまり整備されてないかもしれないと旅館の人から予め連絡は受けているのでその通りにしておいた方がいいだろう。それに海と旅館は近いから、砂汚れとかは旅館側でシャワー室を設けてくれているのでそこで済ます予定だ。
電車に乗ってから楽しそうにしている皆を見れば、この一泊二日は少しでも思い出として残れたら良いと思う。
「阿澄さんなんだか楽しそうだね」
「クロは楽しくないのかな?」
「楽しいよ?けど阿澄さんいつも難しい顔してるのに今日は明るいように見えたから」
内心ではそんなことはない。今日の夜に愛理と話し合うつもりではいる。
そして仮に話し合った結果愛理が悲しんだとしたら傷心してる中同じ部屋だと気まずいだろうとそれぞれ個室を取っている。
井口冴からはメッセージで文句を言われたが、同じ部屋にいたい人は勝手に同じ部屋にしてくれと一応皆から確認は取っているから自分で田中彩と同じ部屋に行ってほしい。
電車から降りてそこそこの道があるから、重たそうな荷物を持っている者は私が代わりに持とうと思っていたが、皆比較的軽装なので大丈夫そうだ。むしろ私が一番荷物を持っているくらいだ。
道中コンビニでアイスを買ったりして小休憩を挟みながら、海の香りや光景が見えてはしゃいでる中、旅館にたどり着くと女将さんが私の名前を確認すればそれぞれの部屋まで案内される。
水着に着替えた後は上着を着て、全員が集まるのを確認して海まで向かう。
浜辺にはちらほら人がいたが、海を確認して、安全かどうかも注意しつつ、海の家まで向かってビーチパラソルを借りて、レジャーシートなど準備をしたら皆の上着などをそこに置いておく。
「よっしゃー泳ぐぞー!」
愛理は元気そうに海へと飛び込んでいってたが準備運動はちゃんとさせておくべきだったか?それともほとんど移動した後に海へ入るならもう準備運動は終わったと思った方が良いのか?
他の皆も海に泳ぎに行ったりしてる中、私は日焼け止めを塗って荷物番をする。
やはり海に来ると皆泳ぎたいものなのかと感心しながら楽しそうにしてる姿を眺めていると田中彩がこちらに近づく。
「私も日焼け止め塗りたいんだけど手伝ってくれる?」
「構わないが、どうせなら井口冴と一緒にしたらどうだ?海にも入らず砂浜で砂遊びをしてるくらいだからあれは焼けるぞ」
「それもそっか、ちょっと呼んでくるね」
クロも愛理の破天荒さに巻き添えをくらいながらも楽しそうに海で水をかけあっている。ちゃんと日焼け止めしてからも言っておくべきだったかと思うが、まぁ日焼けしても彼女は可愛いだろう。
私が眺めているだけでいるとたまにクロが手を振ってきたりするので手を振り返してみたりとする。
それから田中彩と井口冴が日焼け止めを塗ってる間に井口冴がぼそりと私に「ありがとうございます」と感謝を述べていたりと、それならどうして真っ先に砂遊びをしているんだと思わざるを得ない。
しかし暑い。パラソルで日陰になっているとはいえ、こうも暑いと気分が滅入ってしまう。
かき氷でも買おうかと悩んだが、一人で食べるのもあれなので全員が休憩したらかき氷や水分補給用に飲み物を買ってしまおう。
遊んで少し疲れたのか阿部恵美がこちらに近づいてきて隣に座ってくる。
「どうした?」
「私がなにか手伝えることあるかなって思って」
「そうだな休憩時間になったら飲み物などを買うからそれに付き合ってほしい」
「そ、そうねそれも手伝うわ。阿澄さんって色々と真面目よね」
反応が鈍いので、愛理の事かと気づいて、それでも手伝うと言われても何かしてほしいことは思い浮かばない。
いや、阿部恵美はそれなりに事情を元から知ってる素振りがあったのだから今回に関してもそれなりに把握してるんじゃないだろうか。そうでなければ愛理が私に極端に接してこないことにも何か言ってきたりしそうだ。
「だとしたら、今日は愛理と同じ部屋にいてあげてくれ」
「そう…分かったわ」
きっと阿部恵美は愛理のことをよく分かっているだろうから慰めてくれるだろう。聞くだけ聞いてすぐに愛理達の元へと戻っていった。
私は愛理と話しをすると決めているのだから。そして愛理も分かっていて私と関わっていないのだと思うと今までの関係性が少しずつ壊れていくような感覚に陥る。
変わらず接してくれている阿部恵美には感謝だな。
クロは毎回私と視線が合うと手を振ってくる。果たして何を意味してるのか分からないがちゃんと見ているので安心してほしい。
だが今回は少し反応が違ってこちらまで近づいてくる。
「阿澄さん泳がないの?」
「私は泳げるが泳ごうとは思わないな」
「海に来た意味が薄れちゃわない?」
「こうしてクロの水着姿を見れただけで十分じゃないか?」
「それは試着室でも見たでしょ!?」
「ビーチバレーの時は参加するから大丈夫だ。海は君たちで堪能してくれ」
そう言えば、自分の手に付いてる海水をピッと私に飛ばしてきて微笑んでくる。
「これなら少しは堪能できたかも?」
「そうだな。とはいえ海水というよりクロの汗も混じっているかもしれないが」
「そんなこと言われたら恥ずかしいよ!?」
冗談だが、随分と過剰に反応するものだ。海に戻っていくクロを見送りスマホの通知が鳴って親から仕事が届いたのでノートパソコンを立ち上げて送られてきたデータの計算をしておく。
忙しいから仕事を送ってくるのだろうが、そんなに人手不足なら人員を増やせばいいのにとは思う。
夏休みだからって毎日のように送ってくるのはいかがなものか…。しかし慣れたもので、これでお金が貰えるならそれに越したことはない。
完成したデータを送信はするがモバイルWi-Fiなので送信に時間がかかりそうなのでスマホでそのことをメッセージしておいて、パソコンを放置してれば後は大丈夫だろう。
一応彼女たちが戻って濡れたら困るのでカバンの中に入れておくが放熱で壊れたりしないか少し不安だ。
時間を見れば昼頃になっていて、朝から動いてはいるがまだ休憩しないのかと思っていた時に全員が戻ってきた。
「海っていいなー!」
「愛理さんが元気なだけでみんな結構へとへとだよ」
愛理のコミュ力は田中彩たち相手でも絶好調のようだ。
「それじゃ各自貴重品を持って食事にするか?」
「そうね。って阿澄さんパソコン持ってきてるの?壊れないか不安だわ」
私のカバンの中に入ってるパソコンを見て驚いてる阿部恵美だが、スマホだと操作しにくいからこればっかりはパソコンに限る。
「私の荷物は問題ないから安心してくれ。海の家で美味しいかは分からないけど食べれるからそこに行こうか」
「不味くても雰囲気で美味しくなる焼きそばだ!あ…うん!」
私の言葉に愛理が反応して後半何とも言えないような反応を見せられる。
海の家まで行けば定番メニューのように焼きそばが書かれていることに不思議な感覚になる。海鮮系の何かをどうせなら用意してくれればいいのにと、それっぽいのはイカ焼きとかたこ焼きくらいだろうか?どっちにしても食べにくそうなので無難に冷やし中華を頼んでおく。
皆も思い思いの物を頼んでいるが、クロは本当に良く食べるのかイカ焼きとチャーシュー丼を頼んでいた。体形に関してはもう海にたどり着いたから気にしないことにしたのか。
食べ終わった後は何をするかという話しで、一旦食休みを挟みたいとのことで飲み物を頼んでからパラソルの下よりは涼しい環境でパソコンが少し気になったので確認しておく。
無事送信も出来ているようでシャットダウンしてからカバンに納める。
「阿澄さんってパソコンでなにしてるの?」
いつもなら愛理が聞いてくるのだろうが、今日はクロがいつもより話しかけてきてる気がする。
「そうだな。父親にメッセージを送っていたようなものかな」
「スマホじゃないんだ?」
「報告書みたいなものを送っているからスマホだとやりづらくてね」
「そうなんだ?」
別に話して困ることではないが、せっかく楽しそうにしている空気の中、仕事だからとか言い出すのも野暮なので濁しておく。
ある程度休んだ後はビーチボールを借りて、砂浜に線を引いてからネットは無いなんちゃってビーチバレーをチームで分かれてから遊び始める。
ペアはどうしようという話しになったが、私は何でもいいと答えておいて結果を待っていたら。
私とクロ。田中彩と井口冴、愛理と阿部恵美。妥当というか収まるところに収まったというペアだ。
一回目は田中彩達と愛理達が行って。田中彩がそれなりにボールを拾うが、愛理がほとんど対応して愛理達が勝った。
体力的に田中彩達は一旦休憩して、私とクロが一緒に線の中に入って向かい合えば愛理が視線を少しずらしている。これで勝負になるのかと疑問だったが、阿部恵美が的確にクロのいるところに狙ってくるのでクロが困惑しつつトスをしてくれたのを私がスマッシュで叩き落とす。
「ちょ、ちょっと阿澄さん?あのねスマッシュは無しにしない?さすがにネットもないんだし」
「そうか?そうだな。そうしよう」
愛理も今のを見て火が付いたのか、ちゃんと向き合っているのでクロがサーブを打ってから愛理がレシーブして阿部恵美がトスでまたクロの方を狙ってくるので、なんとか拾ってくれたボールを私は高くトスをして向こう側に送る。
拾おうと愛理も動くがビーチバレーは外での競技だ。まして高く上げれば風で勝手に動いて愛理が上手く拾えず落として私たちのポイントになる。
「阿澄さんすごいね!」
「クロがちゃんとあげてくれるから出来てるよ。ありがとう」
それからも同じようにやっていくが、拾われることはあっても毎回高いトスをあげれば向こう側がミスするのを待って、逆にこっちも高いトスをされたときは私が拾いに行ってと長い攻防の末に私達が勝った。
「何でも出来るのね阿澄さん…」
「阿部恵美も良く動いていた。愛理の運動神経と合わせるとチームバランスは少しわるかったかもしれないね」
田中彩も運動はできるが井口冴が一人だけキツそうにしてるのは見ていて申し訳なく思ってしまう。
十分に運動もできたしひとしきり満足したので私はまた荷物番になるかと思っていたが全員バテてしまったようで、時間は少し早いが旅館に帰ってもいいかもしれない。
パラソルを閉じたりレジャーシートを畳んで返却してから、上着を着て改めて皆を確認すると、クロと愛理はそれなりに焼けていた。阿部恵美は焼けてないが旅館にいたときに日焼け止めを塗っていたのか。朝の時にはすでに塗っていたのかもしれない。
「それじゃあ全員戻ろうか」
「はーい」
声を出す元気は愛理だけ残っていたのか一人だけ声を発したのを少し気まずそうにしながら全員で旅館に戻り、入口横にあるシャワー室で砂汚れなどを取ってからタオルで少し拭き取って。そのままお風呂に入ろうと言うことになって全員でお風呂に向かう。
今思えば恋心を抱いてるクロに対して裸を見るのも見せるのもどうなのだろうと思い始めて、私は一人「荷物をもう少し片づけてくる」と言って皆がお風呂から上がるのを待って、それぞれが部屋に戻る音か聞こえたタイミングでお風呂に向かう。
元々人に肌を見せるのは好きではないし、少しプライベートかつリラックスできる時間が欲しかった。
これから愛理に伝えなければならないことを纏めていると、どんどん気が滅入ってしまう。夏の暑さのせいというより今夜の事でナイーブな気持ちになっていたのかと自覚したときには、これをしなければ私は愛理をちゃんと見ているということにならないだろう。
彼女が振り絞った勇気を。観覧車で見せた涙と共に私を気遣ってくれたあの気持ちを私も真摯に答えなければいけない。
今後は今日のように避けられるかもしれない。
花火大会は一緒に行けないかもしれない。
学校が二学期になれば一緒に昼食もできなくなるかもしれない。
それらを全部背負って私は一人の恋する少女の想いと向き合う。




