十五話
今日は楽しもう。そう決めて私は待ち合わせ場所に三十分前には噴水広場でクロを待つ。
映画の時は十分前くらいには来ていたからまだ余裕はあるだろうと思うが、あまり汗を掻いていたら早く来ていたことがばれるから適度にハンカチで汗を拭ってから時間までゆっくりしていると、想像通り十分前にクロが歩いて来ているのが見えた。
「阿澄さん!ごめん待たせちゃったかな」
「今来たところだ」
二十分程度誤差みたいなものだ。
「それでその、早速だけどこれを受け取ってください!」
封筒を受け取ると硬貨の音が聞こえて中身は今まで奢ってきた分の金額だろう。中身を見ることなくカバンの中に納めて。クロを見れば晴れやかな顔をしている。
今まで重荷を背負わせてしまっていたのかと自責の念に駆られるが、楽しもうと決めたのだ。クロがたとえ縛れないとしても私とまだ一緒にいるのだからそれを喜ぼう。
「確かに受け取ったよ。それで水着の件だけれど、先に涼むかな?」
「んー。水着は最後に買うから大丈夫、せっかくだから色んな所を見て回ろ?」
色んな所と言ってもここで遊べる場所は特にないから本当に物を見て回るだけになるのだろう。
欲しい物があれば買ってあげたいが、それを求められていないのだから、ただ小物を見ては可愛いとはしゃいでる彼女を眺めてこちらも笑顔になる。
「阿澄さんは普段買い物とかどうしてるの?」
「買い物か、スーパーに行くか。化粧品の類ならネットで買っているな」
「そうなんだ?ネットで買うのって勇気がいるから興味はあるんだけど中々手が出ないんだよね」
「今度私の家に来たときに使ってみたいものがあれば使うと良い、本棚に適当に置いてあるか、肌に合わないものはクローゼットにしまってあるよ」
「じゃあまたお邪魔するときに少しだけ試させてもらおうかな?」
使ってないものならそのまま譲ってもいい、ただ古い物が残ってる可能性もあるからそういう物は掃除しておかないとな。
愛理とは違ったルートをぐるぐると周って、特に買いはしないが眺めているだけでも楽しそうにしている姿を見ていると、こういうのも良いものだと自然に思えてしまう。
食品コーナーまでうろついて試食品があれば食べたがるのでついでに食べるが、食べてそのままどこかへ行くのは少し忍びない気持ちになる。
クロはそう言うのを気にしてないようだが、駄菓子屋のある所に行けば楽しそうに色々な物を見ている。
「阿澄さんこれ知ってる?綿あめなんだけど舌の上で炭酸みたいにパチパチするやつ」
「知ってはいるが食べたことはないな。そもそも綿あめも食べたことはないが」
「え?そうなの?」
「一人で食べきれる自信がないから買わないことが多かったかな」
「そういえば映画館でもそう言ってたね。小食なんだ」
「小食と言うわけではないと思うが…クロからしたら小食かもしれないな」
「私が食べすぎみたいになっちゃってるよ!?」
色んな物を見てるが、私に説明をしてくれたり、逆に私が説明したりとしていたらそこそこ時間も経っていて、そろそろ水着を選ばないといけないのではと思い始めたが先に昼食をしようと言い出して、付いていけば昨日も見た光景ではあるが、クロはステーキの所を選んだので、どうせなら私もステーキにするかと一緒に注文をする。
「阿澄さんが肉を食べている」
「私は一体どう見られているんだろうか…」
「冗談だよ!阿澄さんってお肉食べてるイメージあまりないから言ってみただけ」
本当にどう見られているのだろう。別にお弁当の内容も肉は入っているしサラダばかり食べてるところを見られたこともないはずだ。
「コーヒーばかり飲んでたから食べてるところをあんまり想像できなくて、あ、でも学校ではお弁当なんだっけ?自分で作ってるの?」
「夕食を多めに作って次の日に持って行ってるだけだよ。以前に少し話したかもしれないが普段家族はいないから一人暮らしみたいなものだからね」
「そっか、私もそうしてみようかな?」
「学食も悪い物ではないと思うが」
「そうなんだけど全部制覇しちゃったから他に食べたいものもないんだよね」
たしかいつもうどんしか頼んでなかったはずだが、バイト代が出てから食生活が変わったのかもしれない。
ステーキを食べた後は水着を選ぶと言うことで、お店に行くと昨日と同じスタッフが私を見て少し驚いた様子を見せつつ気付かないフリをした。
まぁなんで次の日に他の子の水着を一緒に選びに来てるんだと思うかもしれないな。
「よし決めた!」
「早いな」
悩む時間がもう少しあるかと思ったが、買うと決めていたものは早いのか、元から欲しい物があって決めていたのか。
商品を眺めていただけの時間とは打って変わった速度だ。
試着等も済ませて、満足したのか「これで海は大丈夫」と意気込んでいる。
私も、これくらい決めれたらいいのにな。
今日一日を過ごして、クロは何かを買って喜んでいたわけじゃない。ただ見て色んな事を話して、試食品を食べたり自由にしている。
「阿澄さん、行こう?」
自由だ。彼女はとても自由で私には眩しい、その笑顔一つで私は救われる気持ちになると同時に楽しもうと思いつつ疑問視ばかりしていた。
これが彼女にとっては普通であってその自由が何より綺麗だと思える笑顔なのだと思う。
「そうだな」
愛理もそうだ。彼女は私へ必死に何かを伝えようとしていた。私の考えや行動はどうなのかを一生懸命彼女なりの言葉で聞こうとしていた。
私だけ、勝手に縛られて動けないでいるのを誰かの為じゃないと行動に移せなくていつも後手に回るように動いている。
「クロ」
「どうしたの?」
「好きだよ」
「あはは、いつも通りの阿澄さんだね。ありがとう」
今はこれが私に出来る自由だけれど、それが彼女に伝わらなくてもいい。いつか必ず伝えきって見せる。
不自由な今が私で、それが原動力になってかろうじて動けているなら自由になって動けなくなる私になる前に精々足掻いて私の恋路を進んでみよう。
そのとき…きっと私は一人になるんだと思う。
奢って彼女を縛らせていたものは消えてそれぞれが帰宅してからは、夏休みに入ってから両親の仕事の手伝いが増えていくのを感じながら一人物思いに考え耽る。
私はやっぱりクロのことが好きでその気持ちに嘘偽りは出来ない。ならそれを私なりに終わってもいいと思えるまでに愛理を先に正面から向き合う必要がある。
私は中途半端な性格だし、まして愛理に変わってほしくないと言われたけれど、真正面から愛理にぶつけられた言葉一つ一つが私にとってはかけがえのないもので。
その気持ちにも嘘は吐けない。だから愛理に言わないといけない。聞かないといけない。
海の思い出が素敵に終わることはないかもしれないし、彼女にとってそれは悪い思い出になるかもしれなくても必要なら私がクロを好きなのだと伝えようと思う。
阿部恵美にとってはどういう気持ちなのか親しいと言えるほどの関係性でもないが、この夏で二人の友人がいなくなるかもしれなくてもそれで私は今までと何か変わりがあるかと聞かれたら無い。
偶然が重なって愛理達と仲良くして偶然が重なって同じクラスにクロが現れて私は恋に落ちた。
誰が悪いとかではない。強いて言えば私が悪いと自分が責められることが楽になれる道だ。
もちろん言わなくていいならクロを好きだと伝えることはないが、愛理の気持ちを正面から受け止めなければと私の鼓動が焦燥感を募らせていく。きっともっと不自由になって自分の気持ちに嘘を吐き始めることにさえなってしまうだろう。だから…。
スマホから通知が鳴り、愛理からの着信だと分かってそれを取る。
「あすみーん元気?」
「元気ではないかもしれないな」
「え!?そうなの?大丈夫?」
「大丈夫だよ。愛理、話しを聞かせてほしい」
「え、え?唐突にどうしたの?」
困惑した様子もそれはそうだろうと思う。ただ向き合ってこなかった私が悪い。ストレートに聞かなければ彼女だって言えないこともある。
「君は、私のことをどう思っているんだ?」
「…」
脈絡なく聞きすぎたか?しかし他の話しをしてからだと私はきっとそれに流されてしまう。だからちゃんとしっかりと聞いてやらなければならない。
「あすみんはそれを聞いてどうするの?」
「普通なら好きとか気軽に言われるものだと思っていたよ。私はきっとどこかで勝手に期待をしてしまっていたのかもしれない」
愛理にとって私は友人として親友として好きで心底心配してるなんていうようなそんな淡い期待。
それでもそれが彼女にとっては本心を隠しながら過ごしていたのだとするとすごく辛かっただろう。
「君は、私のことを愛しているのか?」
「どうしちゃったのあすみん?照れ臭いよ急にそんな」
「もしそうだとしたら、海へ行く日には真剣に考えて答えを出すよ」
「あたしは…今の関係でいいんだよ。別に無理に答えを求めたりしてないから。だから大丈夫だよ?」
段々と声が震えてしまっている彼女に私はきっと振るという選択を取ることになると分かってはいる。分かってはいるが。クロのことを諦めて愛理を好きだと言えるかどうかを自分なりに真剣に考える。
クロが駄目だから愛理を選ぶなんてことをしないために、私は私の意思でしっかりとした答えを出してあげたい。
辛かっただろう。我慢が出来ずに上手く言葉を伝えれない中、愛理の気持ちが溢れてしまったときに私へ真剣になっていたんだろう。
私が彼女を一切見てなかった時は校外学習の時に溢れてしまって。
勉強会の時も気がある素振りを見せることでしか自分を表現できなくて。
昨日の買い物も私がクロのことを毎回気にかけているのを知っていたから思わず彼女のことを口に出してしまったのだろう。
その辛さが全部分かるとは言えない。私は自分の気持ちに蓋をして後回しにして来た人間だから。
それでも!自分が我慢をすればするほど溢れだす恋心が今は愛理の少しでも分かる。だから向き合いたい。
「君を見ているんだ。私は君を見て、そして私は自分を見つめ直すよ」
「あたしを見てって言ったけどさ。ほら?あすみん、まだあたしのことなんにも分かってないでしょ?」
「あぁその通りだ。過去を振り返っても私は君のことをまだ何も分かってない。分かろうとしても君は私にとって友人としての記憶しかない。だからもっと君のことを愛理のことを見ようと思う」
「そっか…昨日変な事言っちゃったからかな?なしなし、気にしないで」
「海の日に時間を作るからその時また話そう」
「うん…うん。分かったから、今日はごめんね、体調気を付けてね」
通話が切れて今日はいつもより早く通話が終わったのと同時に愛理の気持ちが少しだけ…分かった。
クロと会いたい。今日遊んで笑顔を向けてくれたあの笑顔に勇気をもらいたい。けどそれじゃ駄目なんだと分かっている。これは私と愛理の問題で、私が考えなければいけないことだから。
学校へ登校してから出会った愛理は、最初気軽な態度を取る子だなという印象しかなかった。
中学の頃のように八方美人を振りまいて周りの評価を得れば無難に学生生活を終えてずっと退屈な日々が繰り返されていくのだろうと、ただそれを止めて、自分らしくあれる時間を窮屈とは思えずに、無理なんかしなくても愛理と恵美は仲良くしてくれていた。
その時、私は少なくとも楽に感じた。頑張らなくてもいいんだと肩の荷が下りたような気がした。
振り返ってみれば、愛理の強引さはとても私のようにも思える。
クロに対して私は強引に迫るように無理やり関係性をねじ込んで今の関係になった。そして私はクロに対して自分を見つけた気になっていたけれど。本当はそれよりも前だったんだ。
きっと愛理達に出会わなければ私は周りの空気に流されていただけの存在でクロと出会っても付き合いたいなんて気持ちを押し殺して平然と友達であり続けようとしていただろう。
それでも今、クロと付き合いたいと思えるほど自分の心に自由や、余裕を作ってくれたのは愛理と言う存在でしかない。
感謝の気持ちはある。それ以上の気持ちが芽生えないのは何故なのだろう。
盲目に陥っているからなんて理由だろうか?私はクロのことをどうして好きになったのか。
一目惚れだったとは言うが、その実、最初の印象は暗い子だなという程度の物でそれでも笑顔がとても素敵だったから。そしてそれも今日分かった。彼女が自由にしていて私に無い物を持っているから。
私は欲しい物はお金で解決するだなんて適当に扱っていたものの中で手に入れられない物を彼女は持っていた。
これは理屈とかではない。ただの私の感情論でしかない。矛盾だってあるかもしれないし、私が今後彼女以外に抱くかもしれない感情でもあるかもしれない。
今ばかりを見続けて最後に後悔するなんてこともあるかもしれない。でもそれでいい。
後悔しても良いから、後悔しても良かったと思える選択をするしかない。
結局何をしても後悔は生まれてしまうくらいなら一番納得できる後悔の道を選ぶしかない。
今まで恋を抱いてきた人はこんなに苦しい思いをしていたのかと思うと尊敬せざるを得ないな。そして恋をされてきた人には同情する。相手を振るという行為に色んな言われ方をしてきただろう。それで嫌な気持ちになったこともあるだろう。
海の日まで愛理はどういう気持ちでいるのか分からない。ただ私は全力で受け止めて答えを絞り出そう。
その後のことはもうどうにでもなれだ。




