十一話
「すまん!」
「上出来だ」
バトンを受け取ってすぐに走り出すが、ある程度人より運動が出来るとはいえそれなりに運動が出来る程度の私だ。とは言え男女混合でしかない。相手がたとえ陸上部であろうと私に負けはありえない。
心意気だけで足は速くはならないが、それでも二位を追い越して、一位まで追い付いたところで男子のアンカー村上 仁志ーむらかみ ひとしーに手渡すまでが限界だった。
どうせなら追い越したかったが、そこまでには至らなかったか。しかし出来ることはした。
息を整えつつ様子を見ていると村上仁志は、というかこのクラスに陸上部はいないが、それでもサッカー部なのでそれなりに足は速い。一位とは拮抗しているが私が追い越した三位がせりあがって来て接戦ではあったが結果で言えば二位になった。
あれだけ意気込んだのに不甲斐ないと言わざるを得ない。
クラスでは私を褒める声もあれば村上仁志が謝りにきたりはしたが「全員全力を出せた。悔いはない」と締めた言葉を言って閉会式までの間することもないので、零した水筒の掃除をしたり二年三年のリレーを眺めたりして時間を潰していると、すっかり忘れていた田中彩に対して告白阻止の件を思い出してスマホを見るが通知は来てない。
安堵するが、いつもスマホを見ては冷や冷やしていた状況ももう終わる。あとはゆっくり過ごして期末テストを乗り越えたら夏休みまでもう少しと言えるだろう。
閉会式の後は愛理が手伝ってほしいと言うのでクロの所に行きたい気持ちもあったが、テントの片づけなどを手伝っていく。
その際に生徒会長がこちらに気付いて近くに寄ってくる。
「雪さん凄いね運動部でもないのにあの走りは三年で話題に上がっていたよ」
「ありがとうございます。会長も速かったですよ」
ちょっとしか見てないが、私よりも速いように見えた。
「見ていてくれたのは嬉しいね。とは言っても私のクラスも負けてしまったんだけどね!」
「本気で走ると疲れますよね」
「そうだね。雪さんと同じクラスだったらよかったな」
お世辞にも…会長のクラスメイトが本気で走ってるようには思えなかった。この人はなんでも自分で背負い込む人だからきっとクラスの人がやる気がないのだとしても自分だけは頑張ると言うスタンスを取るのだろう。
私は今回別の目的で体育祭を利用しただけだが、本気で挑んで負けるのと、適当にされて負けるのでは本気でやっている人たちからしたら悔しい以上の思いを抱いてもおかしくはない。
「留年二回しますか?」
「雪さんも冗談を言うようになったんだね。そうしたい気持ちもあるけれど私はもう進路も決まっているしね」
「大学ですか?」
「いや就職だよ。意外そうな顔をするね?大学に行きたい気持ちもあったけど会長だからと言ってなんでもできるわけではないんだよ。色々悩んだ末だから気にしないでいいよ」
「そう、ですか」
わりとなんでも背負い込む人であると同時に、もっと他にもあるのかもしれない。会長の家庭事情も私は知らないのだから当然と言えば当然だが。
「あすみーん、こっちこっちー」
愛理が椅子を運ぶのを手伝ってほしそうにしているので今は早く片付けてしまってクロの様子を見に行こう。
教室に戻ることなく保健室に向かえば、クロが私に気付いて笑顔を向けてくれる。
「惜しかったね」
「すまない、一位は取れなかったよ」
「ちょっとだけ一位だったよ、窓からグラウンド少し見えるんだけど阿澄さんの時凄いスピードだったから驚いちゃった。運動部から誘われたりしないの?」
「誘われはするが、部活は出来ることが限られてしまうからあまり好きではないな」
「阿澄さんらしいね」
体調はもう良いのか、起き上がってから体をほぐしている。
「肩を貸そうか?」
「じゃあ、ちょっとだけ借りようかな?」
断られると思ったが素直に受け止められて、クロが近づいてきて肩を貸すと言うよりもたれかかるだけだったから、不安な態勢にならないように私がクロの私の位置とは反対の肩を掴んで離さないようにする。
「明日はバイト休むから来ちゃだめだよ」
「行って働いていたら止めていたところだ」
「明後日は体調良かったらバイトするかも」
「病み上がりなのだから休むと良い」
「そっか。じゃあ休むね」
今でも熱はあるのか保健室で休んでいたわりには熱いように感じるから治ってないのだろう。
教室まで一緒に来れば「もう大丈夫」と言って離れていくときにふらついてるように見えたから心配は尽きないが、教室に入ればみんな悔しがっていたり疲れていたりと多種多様だ。
私もさすがに今日は疲れた。
皆でお疲れと言い合って、先生からは準備ができた人から帰っていいという雑な一言で終わったのに感謝はしつつもそれでいいのかとも思い。あとは田中彩に注視しなければなんだが…。
井口冴に『今日は手伝えない』とだけ送ってクロのところに行く。クロもなんだろうと言う風にしているので。思えばクラスで挨拶以外はあまりしたことはないのを思い出す。
「今日は一緒に帰ろう」
「え?うん」
周りの視線も気になりはしたが、それはそれでクロの分も荷物を持って教室を後にする。
「荷物は持つよ?」
「気にしないでほしい。私のやりたいことだから」
「そう言われると断りづらいんだよね」
他の生徒もちらほら見かけつつ二人で帰る。とは言っても私の家は反対だから私だけ帰ってはいないのだが。それでも久しぶりに二人だけの時間だと思って体育祭前までの行動を振り返れば、もう何かしなくてはいけないなんて思えるほどに気が楽になっている。
ひたすら田中彩の尾行をしていた井口冴も疲れてはいるだろうが、告白してくる男子で少しでも良さそうな人がいたら要注意としていただけに動向を伺わせていたのはかなり怪しかったろうな。
「もう忙しくなくなるの?」
「そうだな。いや、愛理のテスト勉強を手伝ってやると言ったからそれはやらないといけないか」
「私のも手伝ってくれる?」
「自信が無いのかな?」
「無いかも」
「それじゃあ一緒に勉強しようか」
たしか田中彩が勉強できたはずだから私に頼まなくても勉強は出来そうなものだが、それでも私に頼ってくれる分には嬉しい。
愛理と一緒にやるのも考えたが二人が苦手とする分野が違ったときに大変だろうからそれぞれ個別に予定を考えておくかと期末テストまでの日数を考えたらそれぞれ一回ずつか、放課後全員で集まってという流れになるだろう。
いっそのこと海の予定も含めて全員で集まるのは悪くない考えかもしれないか…?
「阿澄さんはどうして私に良くしてくれるの?」
「クロのことが好きだからだ」
「最近放ってた気がしますよ?」
「す、すまない…」
何か気に障ったことをしてしまったかと、私が動揺しているのを見て。あぁ、私の好きな笑顔だと見惚れてしまう。
「冗談だよ。頑張ってたもんね。阿澄さん凄いよ」
「私は別に大したことはしてない」
「そんなことないよ。体育祭前の間は阿澄さんの話題でみんな盛り上がっていたんだから。仲良くしたかったから嬉しいとか」
ただ情報が欲しかっただけで他意はない。今後関わるかも怪しいくらいだ。むしろはっきり言えば関わらない可能性の方が高い。
「次は文化祭だね。頑張るの?」
「すまないが記憶にない。なにをやるのだったか?」
「喫茶店だって、色んなハーブティーを楽しんでもらおうってコンプト?らしいよ?」
「コンセプトだな。企画とか全体の方針みたいな意味合いのものだ」
「そうそうコンセプト」
しかし喫茶店なら文化祭の準備はそんなにいらないだろう。ハーブティーと一緒に軽食なんかも必要だろうが茶菓子でいいだろうし。
本格的にするところは夏休みも登校して頑張るとは思っていたから、これは本当に休める日が多く取れるかもしれない。
「阿澄さんはハーブティー詳しい?」
「いや?私は紅茶の方が好きだな」
「あんなにコーヒー飲んでたのにそうだったの?」
「あれはまぁ、カフェインを摂取するために…」
「摂りすぎは良くないって聞いたよ?」
「す、すまない」
「あはは、なんだか今日はしおらしいね阿澄さん」
実際彼女には申し訳ない事をした。体調が悪いこともそうだが、ぞんざいな扱いをしていた自覚はしている。井口冴との協力関係が終わればもう少し時間が取れて余裕も生まれるからそれまでと思っていたが。
単純に私自身がクロと接してない時間が辛く苦しいものだった。だから今後はもっと余裕を持って彼女と接していけたら望ましい。
家まで見送ると、クロが「カバンありがとうね」と言うので大したことはないとだけ告げてそのまま二階に上がっていく。階段で転ばないか不安にもなったが大丈夫そうだ。
スマホを確認すれば『了解です師匠』『師匠告白がが』『あ、大丈夫でした!』騒がしい奴だ。
大丈夫だったんなら問題はない。あとは順調に事を運べば花火大会で彼女の結末が決まる。
私も家にそのまま真っすぐ帰れば、スマホの通知が届いて、また井口冴かと思ったら両親からの連絡で仕事をこちらに寄越したとの連絡が来ていた。
体育祭があったとは思っていないのだろう。今すぐにでも眠ってしまいたい気持ちを抑えて、お風呂に入るより先に仕事を手伝ってから、データを送信し終わって。ようやく一日を終えれると安心した。
日曜でも親の仕事は適度に送られてくるのでそれを手伝ってから、昼になったときクロは大丈夫かなと思って。どうせならお見舞いにでも行くかと薬局で風邪薬やビタミンウォーター等を買い込んで。
このまま行けば食べ物にも困るかもしれないと思い重くなく軽いものが想像できなくて、いつかクロが唐揚げの大盛を頼んで完食してたのを思い出して、折角なら滋養に良いものを選ぶかと弁当屋で親子丼のお持ち帰りを頼んでから向かうことにした。
アパートの敷居を跨いで、たしか201号室だと思い、上まで登り、インターホンを押せば、しばらくしてドアが開き寝巻姿のクロと対面する。
「えええぇ」
「お見舞いに来た。飲んで食べるといい」
「いやいやいや、せっかく来てもらったのに…でも風邪を移しちゃ悪いかな?」
「クロの風邪なら移してもらって構わない」
「だめだよ?」
どうしようと慌てていたのを見ながら、少し上がらせてもらうことになった。
アパートの外観はぼろいように見えるが内装は綺麗にされてあって、荷物も整頓されている。
「狭いところだけどどうぞどうぞ」
「別にそう思ってないが、お邪魔します。色々買ってきたが、何かしてほしいことはあるかな?」
「わー親子丼だ。嬉しい。してほしいことはそうだなぁ…じゃあ病人だしご飯食べさせてくれる?」
それはあれか、あーんとかする奴か。やったことがないから上手くできる保証がない…。どうせなら練習しておくべきだったか。こんなことになる想像ができてもおかしくはないだろう病人を扱ったことがそんなに経験がないから私の発想が貧相だった。
「なんか阿澄さん凄い真剣だね…」
「丁寧にやらなければクロが壊れてしまうからな」
「そんな勢いで食べさせないでね?」
親子丼の蓋を開けて、割り箸を丁寧に割ってから、いざ食べさせようと思ったときに、こちらに向けて目を瞑って口を開けている姿をみて心に何かくすぐったいものを感じる。
恥ずかしいと言うより、この姿を私が見ていいのだろうかという罪悪感すら感じる。
とは言え、食べさせないといけないので一口サイズにしてから口の中に運んで、クロが咀嚼してる間に飲み物の準備もしておく。
コップはあるとは思っていたが、洗うのが面倒な可能性を思って紙コップを買ってきているので食器の場所が分からなくても問題はない。
用意すれば喉が渇いていたのか全部すぐに飲み切ってしまうので注ぎなおしておいて、最後口の中にご飯を運んでいく。
完食するまでの間がとても長く幸せな気分で満たされていて、彼女が満足そうにしているのを見てから私の軽い緊張もほどけて行った。
「ご馳走様!美味しかったぁ」
「それなら良かった。豚肉もあった方がいいかとは思ったんだが脂っこいものはだめかと思い親子丼を選んで良かったと思うよ。今日の夕ご飯がどうなるかもわからなかったからアルミ鍋で食べれる肉うどんも買ってあるから、冷凍庫を借りてもいいかな?」
「溶けてるかな?先に言ってくれたらよかったのに」
食事を届けるだけのつもりだったから、色々買ってきたものを放置していたのを思い出してから。薬も渡さなくてはと思い、食後なのか食前だったのか確認して色々遅いが薬を手渡したりした。
結局私がお邪魔したにもかかわらずクロに手伝ってもらって、疲れさせてないか心配したが、昨日よりも元気そうなので心配しすぎたのかもしれない。
大体の用事も終わったしここはお暇しておくべきかと考えて帰る準備をしていると。
「阿澄さんは帰っちゃうの?」
「君が望むなら私はいつまでも残ろう」
「阿澄さんってたまにその変な言い方でぐいぐい来るよね…」
何がおかしいのか笑われてしまったが、本心のつもりだったが変に思われてないなら別にいいか。ただ本心とは裏腹に家に帰らないと親からどうせ送られてくる仕事があるだろうからもし居座るならノートパソコンをクロの家に持ってこないといけない。
「そういえば夏休みは海に行くんだよね?楽しみ」
「そうだな。私も楽しみだよ」
クロの水着姿を想像すれば元気が湧いてくる。ただスクール水着を着てきたときのことを考えたら大丈夫かなと言う不安と同時にそれも似合うから大丈夫だなと思ってしまう。
どうせなら私が買ってあげたいが、それを望んではいないだろうから提案はできずに今後の予定をお互いに話し合ってから、私は帰ることにした。
「いつもお母さんの分までご飯買ってくれてありがとうね」
「手土産みたいなものだ気にしなくていい」
どうせなら好印象を持ってもらいたいが為の下心に過ぎないから本当に気にしなくていいことだ。




