残念ながら!【ショートショート】
守菜新張は美しく、そして美しい。
日本語でも英語でも世界中のどの言語でも、または宇宙語でだって、彼女の美しさを表すことは不可能である。
唯一無二の絶対無比。圧倒的で絶対的な美。人類の美、その全てを煮詰めたような美しさ――それが彼女、守菜新張を簡単に、控えめに、百パーセント過小評価して表した言葉である。
しかし、美しく生まれたからといって、必ずしもそれが良い事だとは限らない。
だから今回は、その美しい美しい守菜新張に降りかかった悲劇を紹介しようと思う。
守菜新張は通学路を歩いていた。
理由はシンプル。彼女は高校一年生だからだ。しかし、その若さにして、その美しさは既に世界中で知られていたためか、彼女の後ろ、二十メートルぐらい離れた場所には大量の追っかけ、いや、ストーカーたちが彼女に視線を向けていた。
守菜にとって、それは至極当たり前のことであった。生まれた時から――は少し言い過ぎかもしれないが、少なくとも幼稚園児の時点では既にこうなっていたからだ。今更それに何の感情も湧かないし、気になる筈がない。
そう、油断していたのだ。その油断が、後に彼女を苦しめることとなる。油断していなかったからといって、どうにかなるというわけではないのだけれども。
「……!」
守菜は『何か』に気付いた。そして、すぐにその『何か』に駆け寄った。駆け寄った先にいたのは、倒れた男の子だった。学ランを着ているため中学生である、ということは分かるが、童顔でしかも小柄な体をしていたから、小学生と間違えても仕方ないだろう。
そんな男の子が、路上に倒れていた。守菜はまず電話で救急車を呼んだ後、自分が何をするべきか、それを考えていた。
まず、守菜は男の子の体に触れる。そこで気付いた。
心臓が止まっていた。
正確には、心停止状態なので微かに心臓は動いている。ただし、その機能を果たしているとは言い難いが……。
守菜は男の子の状態に気付くと、すぐさま行動を始めた。後ろにいるストーカー達は何もしない。男の子の呼吸は既に止まっていた。
まず、守菜は胸の真ん中部分を思い切り圧迫する。胸が四センチほど沈むくらいまで力を込めて、少し早めのペースでそれを三十回ほど繰り返した。
そして次に、彼女は口を大きく開き、男の子の鼻をつまんだ。そして、少しだけ開いていた男の子の口を、彼女の口で覆った。いわゆる人工呼吸だ。
しかし、それを見たストーカー達は、一斉に騒ぎ出した。
「ふ、ふ、ふざけるなぁっ!」
「あんなガキが、あんなガキが、あんなガキが、なんで!」
「守菜様のファーストキスを、よりにもよって、あの野郎!」
「アイツ、狙ってやがったんだ! クソッ!」
そんなストーカーたちの戯言が、彼女に届くわけがない。二十メートルという距離は遠い。
彼女は二回ほど人工呼吸を行ってから、再び男の子の胸の真ん中を圧迫し始めた。
どれだけ時間が経過したか、定かではない。しかし、救急車のサイレンが守菜の耳に届いた時、彼女はようやく安堵の表情を見せた。
「……よかった」
心肺蘇生の手順を繰り返しながら、彼女はそんな言葉を漏らした。男の子はまだ意識を取り戻していない。
しかし、段々と回復している――守菜は、そんな気がしていた。
それから救急車のサイレンが、一層近くなる――しかし、いつまで経っても救急車は来なかった。
男の子の処置に集中していた彼女は、ふと気を緩めて一度音の聞こえる方を向いた――後ろを向いた。
救急車は、ストーカー達によって妨害されていた。
「っ!」
救急車の周りを囲む数百人。老若男女は関係なく、人種も品種も問わず、全員が平等に。
考慮すべきだった。周りに人がいる、という事実を――彼女は悔やんだ。
そして、叫んだ。
「やめてっ!」
その声は間違いなくストーカー達に向けたものだったのだけれど。
しかしその声は、ストーカー達には聞こえていなかった。
守菜は、初めて自らの美貌を呪った。
人工呼吸のタイミングで、彼女は素早く携帯を取り出し警察へと電話をかける。
そして胸部を圧迫しながら、簡潔に現在の状況を伝える。そして電話を切った。
そしてここで、彼女は違和感に気付いた。
男の子の肌が青白く、冷たく変わっていく。
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