03 家族との確執
私の通うアクィラ魔法学園に限らず、魔法学園はそれぞれ男女別れた寮で生活することになる。
けれど、入学式を終えてから入寮日になる次の日までは、学生寮は閉鎖されている。
いったんまっさらな状態で入学生を受け入れ新しく部屋決めしたりするため、卒業生でなかったとしても、長期の休みは荷物をすべて持って一度家へと帰るのだ。
……なので、私は現在、実家であるディリンジャー家に帰宅していた。
ロゼッタが悪役令嬢になる性格の悪さを形成してしまう、すべての原因というのが、悪い家族関係にあることは、軽くゲームを楽しむ程度のエンジョイ勢だった私はこうして転生するまで知らなかった。
というか……悪役令嬢ロゼッタに関して、ゲーム内ではそんなに深く掘り下げもしなかったと思う。ただ、フローラを虐めるだけの良くある悪役令嬢だった。
現に私はロゼッタに違う魔法学園に通っている兄サザールが居ることを、知らなかったもの。
ディリンジャー家の両親は、娘のロゼッタのことは同学年に居る王子を落とせれば儲けものという、政略結婚の駒程度にしか思って居ない。
兄のサザールは、妹ロゼッタを虐げて……ううん。憎んでいる。
……今だって、そうだ。
妹と同じ赤髪に茶色の瞳を持つ兄サザールは、正面の席に座っているロゼッタのことをじっと見つめ、何か粗相をしないのかと、じろじろと監視しているようだ。
そんなことをされてしまったら、緊張してしまい普通に動作することも難しい。
気に入らない妹を萎縮させることこそが彼の狙いであることは、大人の記憶を持つ今ではわかってしまっているけど。
魔法界でも、栄養が取れさえすれば良い、粗食が美徳とされているアクィラ地域に住んでいて……ただでさえ、食事が美味しくないのに……そんなにも鋭い視線を向けられたら、味もしなくなってしまう。
「おい……ロゼッタ。お兄様に対し、楽しい話題の提供も出来ないのか? ……相変わらず、愛想のない女だ。これで、エルネスト殿下と本当に親しく出来ているのか? 甚だ疑問だ」
良くわからない非難理由でただ食事をしているだけの妹を鼻で笑ったディリンジャー家を継ぐサザールは、たった一人の妹をこうして虐めることにかけては天才的だ。
ちょっとした不手際を理由に、罰として地下室に閉じ込めたり、寒い外へと閉め出したり……本当にひどいことばかりしていた。
アクィラ魔法学園に通うロゼッタは、サザールの通うファルコ学園を、敢えて避けていたのだ。
だって、違う魔法学園に通うことになれば、こういった長期の休み以外は兄妹といえど寮で過ごすことになるからだ。
ロゼッタはディリンジャー家に居たがらないけど、まだ学生である彼女は寮が閉まれば、この家に帰るしかないという仕方ない現状があった。
何故、サザールがそんなにも妹を虐めているのかと言うと……ロゼッタはディリンジャー家の伝統である赤魔法を受け継ぎ、サザールは緑魔法で、なんならロゼッタの方が魔力の総量の数値が多い。
それは、この魔法界では産まれた時に『属性判定』があり、公式な書類にも書かれて、はっきりとしている単なる事実だった。
残酷なことに魔法界では産まれた時に行われる判定で、子どものその後の運命が決まると言っても過言ではなかった。
ロゼッタはそれを理解しつつも、やたらと自分に当たり散らす兄に怯えていた。
『弱い立場をどうにかしたい。両親にだけは認められたい』と、必死でエルネストに迫って結婚して王族の一人になろうとしていたらしい。
そうすれば、彼女を脅かせる者はそうそう居なくなってしまう。
恥ずかしいくらいのエルネスト好きアピールや、彼を攻略対象に定めたヒロインフローラに対する度が過ぎた牽制や嫌がらせにも、ロゼッタにはそうするなりの理由があったのだ。
彼女は彼女なりに、両親や兄から逃れたいと、必死でSOSを出していたのかもしれない。
けど、私はついこの前まで、ただのOLだった女で、結婚もせず趣味の旅行と美食巡りにお金を掛けるきままな独身貴族な生活を過ごしていた。
まだ学生のロゼッタにはただ家族と一緒に居るだけだと言うのに、息の詰まりそうな家を離れられるような、そんな自由があるはずもない。
両親からは『同じ学園に通う同級生の王子と結婚しろ』と強い圧を掛けられ、兄からは『自分より優秀になるな』と、こうしてひどい虐めを受けていた訳で……そんな中で、逃げ道もなかったロゼッタを可哀想だと思う。
どうしても人を信じられなくなって、性格も悪くなってしまうよね。それは仕方ない。自分より弱い立場にあったフローラを見下してしまうのも、周囲にそういう人たちが多かったせいだろう。
今の私はというと、前世は世知辛い世の中を渡り歩いた、ロゼッタとは違う意味で立場が弱かったOLの記憶を持っている。
華々しい学歴もなく就職活動時には、ひどい圧迫面接だって受けたことがある。就職戦線は本当に激しくて、数えきれないほどのお祈りメールだって受け取ったこともある。
そんなこんなで割とブラック寄りの会社で勤務していたので、こういう不機嫌まき散らす系の男性の対処には実は慣れていた。
「……まあ、お兄様。そういえば、髪型を変えられました?」
「だとしたら……なんだ?」
「私……今日、お見かけしてから、すごく素敵だなと思っていたんです。お兄様は本当に容姿も良いので、また女性にモテてしまいますわね」
事実、長髪から肩付近にまで切られて変わっていたサザールの髪型を明るく褒めて、さらに彼が気分の良くなるだろうことまで付け加えた。
どうせ、私がここで彼の嫌味に何を言い返したところで、サザールに難癖を付けられる。だとしたら、どんな揚げ足も取られない方法は、全く会話に関係ない内容で不機嫌な兄を褒めちぎるしかない。
「お前……何を、生意気な……」
これまで兄の横暴に怯えるばかりで、自分を真っ直ぐに見られなかったはずのロゼッタが、急に余裕のある素振りをしたのが気に入らなかったらしい。
わかっていたことだけど、サザールは器がとても小さい。きっと、何かを注いだらすぐに溢れるお猪口くらいの容量なのではないかしら。
サザールの顔が、わかりやすく不愉快に歪んだ。
何を言い出すの? ここで褒めた妹を責めたら、完全にそちらが悪者になってしまうけど。
そこに口を挟んだのが、ディレンジャー家当主白髪で、長い白髭を蓄えている父ジョナサンだ。
「良い加減にしろ。サザール。あのように妹から新しい髪型褒められて、何をどう生意気だと言うのだ。お前の最近の行動は、流石に目に余るぞ」
あら。珍しい……今までサザールがロゼッタを虐めていたことに無関心でこんな感じで口出しすることなんて、これまでになかったのに。
もしかしたら、父親は怯えていた私が、横暴なサザールに何か言い返すのを待っていたのかもしれない。
だから、今の返しが父には合格点だったというところかしら。
あんなに圧を掛けられて、普通の子が逆らえるはずもないんだから、さっさと庇いなさいよ。
「……父上。お聞き苦しいことを、申し訳ありません」
サザールは形ばかり謝罪し私を睨めば、イライラとした態度で飲み物の入ったコップを音をさせて乱暴に置いた。
何も悪くない妹がいつも彼に怯えているからと、これはとんでもなくみっともなくないかしら。
……まあ、良いわ。私は私で、そんなサザールへと追い打ちを掛けよう。
「お父様。私は本当に……そう思ったのですわ。お兄様の新しい髪型は、素敵だったので」
私が父に向けて、うるうるとした目で訴えると、母ステラもなぜか加勢してくれた。
「サザール。本当にロゼッタが言った通りに似合っています……これまで鬱陶しいくらいにだらだらと長い髪でしたけど、貴方も最高学年の三回生になるから、切ったのね。良く似合うわ。そうね。ロゼッタも男性の褒め方が上手くなったこと……エルネスト様も、きっとお喜びでしょう」
いいえ。お母さま。ロゼッタはエルネストには迫りすぎて、とても嫌われていますので、少々褒めたところで喜ばれることはないかと思います。
……なんて、ここで言っても何の良いこともないわよね。
私は何食わぬ顔でにっこりと微笑み、両手を組んで隣に座る母を見た。
「お母様も、そう思いますわよね。私も兄上は、髪は短い方が似合うと、ずっと思っていたのですわ!」
「失礼……急用があるので、先に部屋に戻ります」
兄サザールは食事途中にも関わらず白々しい言い訳をしつつ立ち上がり、指を組んだままの私をじろりと睨んだ。
別にそんなの、怖くないよーだ。
嫌味な上司と三次会まで付き合った地獄の数時間を思い出せば、世間の荒波も知らない学生のひと睨みなんて、そよ風浴びました程度だけど?
「おい……礼儀がなってないぞ。サザール」
お父様にも怒られて……これでは、何も言い返せないわよね。
私は黙って立ち去るサザールの後ろ姿を見つつ、これからもロゼッタとして生きて行くのなら、この良くない家族の問題もどうにかしなければと大きく溜め息をつきつつ思った。