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25 憎むべき敵

 兄のサザールは妹ロゼッタの事が嫌いだ。というか、憎んでいる。


 理由はわからないけれど、殺してしまいたいほどに憎悪している……?


 それは、悪役令嬢ロゼッタの性格が悪くなるためだけの設定付けだったのかもしれないし、ゲームの内容なんて主要人物の軽い紹介くらいしかわからないから、ロゼッタの記憶を持っている私だってわからない。


 けれど、あれは……どう考えても、やり過ぎだった。


 身体能力が高いオスカーが庇ってくれたけれど、標的としていたロゼッタだけではなく、周囲に居る全員の命だって危なかったのだ。


 あり得ない暴挙過ぎるし、絶対に許せない。


 私が対抗戦が行われる闘技場にまで降りると、サザールが嘲るように声を掛けてきた。


「来たのか。ロゼッタ」


「……ええ。お兄様。よろしくお願いします」


 相手にせずに私が冷静に返すと、サザールは私の事を睨んで尚も重ねて言ってきた。


「お前になんか、何も出来るはずがない。おこぼれで入れた生徒会でもどうせ、嫌われているんだろう」


 鼻で笑ったサザールには何かの理由があって、妹のロゼッタを毛嫌いしているにしても、これは、あまりに酷すぎる仕打ち。


 いくら中身が現代を生きた三十路でも、周囲の視線も気になってしまうような事を言われた。もし、これが普通にロゼッタが聞いていたら?


 どれだけ何も悪くない妹を、傷つけるつもりなの。あまりに酷すぎるわ。


 ……私には何も言えないって、言わないってそう思って居るの?


「何を……」


「僕らが勝ったらディリンジャー先輩に、謝ってください」


 私が言い返そうとしたら、イエルクが前に出て、サザールと相対していた。庇ってくれたイエルクの黒い背中を見て、私は冷静になれた。


「なんだよ。お前……家族の問題なんだから、関係ないだろ?」


「さっきの攻撃……手元が狂ったなんて、白々しい言い訳が通じるのは、一回だけですよ。二回はないです」


 その時のイエルクは今までに、一回も聞いたこともない冷たい声を出していた。


 そうよね……怒ってこんな場所で喧嘩しても、何の良いこともない。こんな兄なんて、一秒だって相手にしたくない。


「お兄様のお好きに言って貰っても構わないわ……早く、始めましょう」


 開始直後にサザールがとんでもないことを仕出かしたのだけど、審判(レフェリー)は彼の言い分を信じてお咎めなしで進むらしい。


「ふん。アクィラに入った役目も果たさずにディリンジャー家に、何の利益ももたらさぬような男を引っかけたのか。エルネスト殿下には嫌われてしまって、何の話を聞いてももらえず可哀想なことになっていると聞いたが……本当のようだな」


 私を庇いに来たのは、イエルクで……彼は、ドワーフに育てられた魔法使いで、確かに彼と結婚したからと政略的な意味での恩恵はないかもしれないけれど、成績は抜群で神童と呼ばれているのよ。


 両親から関係を深めるように命じられていたエルネストについては、そういった意味で相手にされていないのは確かだけれど、最近は恋愛めいた事を言い出して迫らなくなったせいか、普通の会話ならば話してくれる。


 今だって審判と話していなければ、紳士な彼は庇いに来てくれた可能性だって考えられるのだ。


 サザールは私を似て嘲るように顎を上げたけれど、私は何もわかっていない振りをすることにした。


「まあ……お兄様。それってどういう意味ですか? 私は一度では理解仕切れず、申し訳ございません」


 すまなそうに口に手を当てて、私は肩を竦めた。ここで私が何か言い返したり嫌な態度を取っても、サザールと共に私の評価が下がってしまう。


 敢えてわからない振りをしているとサザールも周囲も思うだろうけれど、それで良いの。


 色々と評価が下がってしまうのは、性格の悪い兄だけで良いわ。


「……お前、それわざとだろ? 生意気を言うのも、いい加減にしろよ」


 私は聞こえない振りをして、アクィラの先輩たちの方向へ向かった。


 あー。はいはい。そちらがわかっていることも、わかってますよーっだ。その時に、背後でブンッと鋭い音がして、私が振り向くと、黒い影が大きな刃を受け止めていた。


 えっ……? 何。イエルクの黒魔法……?


「申し訳ありません。僕が聞き逃したのだと思いますが……ディリンジャー先輩に何かしら非があったとしても、魔法界では誰かを身体的に害することは、法律で禁じられています。もしかしたら、グーフォの授業が進んでいなくて、知らないのかも……しれないですが」


 そんな訳はないし、兄は高等部の最終学年だ。


「お前……負けたら、謝れよ」


 サザールは怒った声を出したけれど、試合再開の声がした。さっきの攻撃は、イエルクがあっという間に消してしまったから、見間違いだと思った人も多いのか、客席は怪訝な様子でざわざわとしていた。


「もちろんです。そちらも、同じようにお願いします」


 イエルクは私の隣で腕を軽くひと薙ぎしただけで、グーフォ側の放った攻撃魔法を受け止めていた。


「イエルク……ありがとう」


「いえ。ですが、ディリンジャー先輩。大丈夫ですか? 救護班が常時待機しているのは、怪我するのも前提の戦いだからですよ」


 イエルクは心配そうだった。救護班は完璧に治療してくれる上級白魔法使いが何人も居るので、どんなに怪我をしても即死しない限りは大丈夫だろう。


 私だって自分を狙った兄の魔法の刃のせいでオスカーが怪我をしなかったら、一人欠けたとしても、客席に座ったままだったかもしれない。


 けれど、私を庇ってくれたせいで怪我をしてしまったなら、私だって何もしないという訳にもいかない。


「……うん。大丈夫。二人で協力して、個体撃破をしていきましょう。イエルクは……平気?」


 今も攻撃は続いているのだけど、流石優秀な魔法使いとして知られるイエルクは全く顔色を変えない。


「僕は大丈夫です。ディリンジャー先輩は、赤魔法ですよね。あの結界を、破れますか?」


 私たちを相手取った二人は、グーフォの中でも下級生のようだ。二人で緑色の結界を張り、私たちを攻撃している。


 結界を張っているから安全は確保されているものの、あの中から放った攻撃魔法の効果は半減されてしまうので、私たちにも届かない魔法は多い。


 私の使う赤魔法は基本的に、攻撃魔法だ。火属性の魔法が多いし、風の結界だって、一点集中すれば崩すことは出来る。


「……わかったわ。やってみる」


 頷いた私を見てイエルクは、断続的にやって来る攻撃を弾きつつ言った。


「お願いします。結界に綻びが出れば、僕が一気に畳みかけます。そうすれば、先輩たちに加勢に行くことにしましょう」


 赤魔法を発動させるために、私は目を閉じて念じ始めた。


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