22 歓迎会
今夜は開会式だけで、本格的な対抗戦が行われるのは、明日から。
広い魔法界から集められた多くの来訪者を歓迎する意味もあり、アクィラ魔法学園の大きな講堂では舞踏会が開かれる。
私は貴族らしくドレスアップをして、舞踏会へと参加したんだけど、オスカーが偶然そこに居た。
彼に嫌われ避けられているという自覚のある私は、会釈してから通り過ぎようとした。
「……ロゼッタちゃん! 少しだけ話せる?」
今日私へ妙な要求をして来た姉の話だろうと容易に想像がつき、オスカーに促されるままに、講堂の壁際へと寄った。ちなみにこの講堂の壁には、至るところに守護魔法の呪文が刻まれている。悪しき魔法は、この講堂では使用出来ないのだ。
「どうしたんですか? 何か……」
私が話を促そうとすると、久しぶりに話したオスカーは好意的に微笑んだ。
「本当に……一瞬、誰かと思ったよ!」
「もしかして、喧嘩を売りたいんですか? このドレスが、似合わないってこと?」
オスカーが何を言わんとしているのか、わからなくて、私は眉を寄せた。
彼には以前、相当失礼なことをしたという自覚はあるし、友人を利用されてエルネストが激怒するのだって、当然のことだ。
「いやいや……全然、そんなつもりじゃなくてさ! 可愛いなあって!」
……あ。この人って、そういえば好感度上がるごとにあっまーい言葉吐くようになるのよね。多分、関わらないようにしている間に、彼の中での好感度がゼロへと戻り、少々の上昇があったのかもしれない。
「オスカー先輩……そう言うことを言うと、誤解されますよ。私だから、先輩が、そういうつもりではないって、わかっていますけど……」
そういえば……イエルクにも偶然、この前に同じようなことを言ったわよね。
あの子は本当にわかっていなかったけど、オスカーの場合、優しいから良くしてあげよう良くしてあげようと、甘い言葉がポンポンと飛び出すのだ。
私はエルネストとオスカーから逃げ回られていたし、彼らからはそう言う意味での好意を向けられているってわかっている。
けれど、私以外ならこういうことを言われたら、勘違いしてしまう。
「ごめんごめん……踊ってくれる? ロゼッタなら、大丈夫そう」
……オスカーは自分へねっとりとした恋心を向ける義姉への嫌悪感から、女性に触ることが出来ない。
私はきっと範疇外だから、大丈夫なのかもしれない。
「良いですよ。オスカー先輩と踊れるなんて、光栄です」
私が手を差し出したところで、その手を扇で打たれて私は驚いた。そして、それをしたのは、オスカーの姉サリーだった。
「何をしているの。私以外の誰かと踊るなんて、ダメよ!」
「ねっ……姉さん?」
サリーがただそこに現れただけだと言うのに、身体の大きなオスカーは、すっかり怯えた目になってしまっている。私は彼を庇うようにして前へ出た。
虐め慣れた様子のサリーは私が彼女に臆せずに、睨み返したことが、意外だったのだろう。
サリーが私の手を無遠慮に打ったこともあり、周囲からの非難の視線が集まり、これは形勢不利だと思ったのか、彼女は舌打ちをするとどこかへ去って行った。
そして、オスカーが私の肩に触れていることに気がついた。相当、怖かったのだろう。
アクィラでも最強と噂される魔剣士の彼が姉に怯えるなんてと思う人も居るかもしれないけど……彼の過去を思えば、それは仕方がない。
「あの……オスカー先輩、大丈夫ですか?」
私がそう尋ねると、彼はハッとした様子で手を挙げた。やはり、無意識の行動だったのだと思う。
「……ごめんね。あの人はきっと、ロゼッタちゃんを目の敵にするだろう」
既に目の敵になってしまっているので、何の問題もないです。
「そんなの……別に構いません。オスカー先輩は気にしないでください。私は彼女に嫌われたところで、痛くも痒くもありませんし」
それは、本当にそうだった。
あのサリーに嫌われたからって、私の人生、何の問題もない。敵は一人でも少ない方がそれは良いだろうけど、こっちから仕掛けた訳でもないし彼女の言い分は勝手過ぎるし。
私の言葉を聞いて、オスカーは項垂れて、首の後ろへ手を置いた。
「そっか……ロゼッタは、とても強いね。俺は腕っ節は上がっても、ああやって姉に迫られると断れない。はっきりと言うべきだと思うが、自分より弱いものを傷つけることには抵抗がある」
義姉サリーに植え付けられたトラウマは、オスカーの最大の悩みとも言える。
乙女ゲームの中では、フローラと共に解決していくことになるんだけど……彼女は庭師ルークさんに夢中なので、その線は薄そう。
……いつか、そういう女性が現れて、彼のトラウマがなくなりますように。
「オスカー先輩は女性に優しいから、それはそれで良いと思います。けど、相手の代わりに自分が傷ついていたら、良くないと思います。お互いに良い関係になるために、嫌なことは嫌だと言わないと」
「うん……ありがとう。踊る?」
「オスカー先輩、大丈夫ですか?」
「いや、ロゼッタちゃんが大丈夫なら、大丈夫……姉のことは嫌なことは嫌だけど、慣れてると言えば慣れている」
私はさっきと同じように、オスカーに片手を差し出し、彼はそれを恭しく手に取った。ゆっくりとした音楽で踊り、私は明るい表情のオスカーどうしても無理しているように見えた。
それも……そうだよね。あんなところ、誰にも見られたくなかったに違いない。
私だって、サザール兄さんと上手く行っていないと言ったら、そうだし……兄弟に悩んでいる者は彼一人ではないと教えようかと思った。
「実は私も、兄と上手く行ってないんです……兄はファルコ学園の生徒会のメンバーで……実は、今ここに来ています」
「えっ……そうなんだ? ……上手く行ってないって、どのくらい?」
オスカーは私の兄の話に、かなり驚いていたけど、彼は慎重に話を広げることにしたようだ。
……うん。わかる……家族の話って、デリケートだもんね。
「兄サザールは私を、会うたびに罵倒します……好かれるのも嫌われるのも、適度が良いですね」
「それは……嫌だね。俺がロゼッタちゃんの兄なら、猫かわいがりするのに……」
「ふふっ……そうですね。私もお兄さんにするなら、オスカー先輩が良いです。エルネスト様には、いつも怒られてしまいそうで」
「そっか……エルネストは、真面目だからね」
私と親友の話は、あまりしたくなかったのか、オスカーは浮かない表情を見せた。
しまった……これは、あまり良くなかったかもしれない。それは、確かにそうだよね……私が諦めてくれて、ほっとしているのは二人だと思うし……。
そわそわしてしまった私は時計を見て、そろそろ生徒会のメンバーが集まる時間だとオスカーに伝え、私たち初めてのダンスの時間は終わった。




