表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

20/27

20 風邪

 そして、洞窟の中で急流に流されてしまった私は、ものの見事に風邪をひいてしまった。


 体調が悪くなってしまえば、皆で楽しい夏休み合宿なんて、一緒に何も出来ないんだから楽しめるはずもない。


 その後は三日ほど、合宿所で大人しく寝ていたし、そこから動けるようになるまでに回復すると、生徒会顧問のエッセル先生に付き添われて、四人を残し一人だけ帰寮する事になった。


 あれだけ芯から身体が冷え切って気を失い、凍死寸前だったのだから、体調を崩してしまうのも無理はなかった。


 けど、エルネストが渋々だとは思うけど、私を助けてくれて……本当に良かった。面倒な女だし、あのまま居なくなったら良いわと、思うような人でなくて、本当に……良かった。


 寮に帰っても私は一人部屋だし、ずっと伏せっていて、病気だからということで、寮母さんが病人食を部屋にまで持って来てくれる。


 わりと至れり尽くせりだし、好きな本を読んでいて、特に不満はなかった。


 ただ、合宿所に四人を残して、こうして一人だけ帰ってきてしまって、なんだか寂しくなってしまうという想いはあった。


 彼らは生徒会としてのカリキュラムをこなして、もう既に学園へ帰って来ていると思うけど……私だって、せっかくだし、合宿最後まで居たかった気持ちはある。来年もあるけど、私は最高学年だから、行けないかもしれないし……。


 結局のところ、完全に回復するまで十日ほどベッドに居て、部屋の中には読む本もなくなり、すっかり暇になってしまった私は、何気なく窓を開けた。


 そして……とてもとても驚いた。


「イエルクくん……? そこで、何してるの?」


「あ。先輩……びっくりしました」


 信じられない場所で落ち着いた様子のイエルクは、私が窓を開けても動揺した気配は無い。


 それは、こっちの台詞だよ! なんて、すぐに言えなかった。あまりにも、驚き過ぎて。


 私は自分の目に映る彼が信じられなかった。何故かと言うと、私の部屋は寮の五階。普通ならばそんな高さで、急角度とも言えるくらい斜めになっている屋根に座ろうなんて、思ったりしない。


 そう……高所にある窓の外側、すぐそこに、イエルクが平然として、屋根の上に座っていたのだ。


「え。何……どうして、ここに居るの? ……怒られるよ?」


 こんな風に、屋根から女子寮に侵入した人……居るのかしら。ううん。屋根から侵入するなんて、本当に信じられない……怒られるどころでは済まなくない!?


 え。待って。


 けど、これだとイエルクは寮の部屋へ、侵入はしていない……? うん。身体は、窓の外に居るもんね。


 だから、私が住んでいる女子寮の番人三頭のケルベロスも、彼の存在には気が付いていないのかしら。


「すみません。先輩……合宿の時にひいた風邪が、なかなか治らないと聞いていて、心配になってしまって……」


 素直に理由を話したイエルクの理由を聞いて、私は頭を抱えたくなってしまった。


 そうよね。


 イエルク……貴方があまり人慣れしていなくて、そういう人だって、それはわかっているけど、普通は心配しても、こんな風には屋根から訪ねたりなんてしないんだよ!


 それに、私の住んでいる女子寮は男子禁制。


 もし、女の子への悪戯目的で入ろうとした人が居れば、比喩でもなく、三つの頭を持つ番犬三頭のケルベロスに、かみ殺されてしまう。


 恐ろしいけど、そういう事件が、遠い昔に、実際にあったらしい。


 心配性の中年女性のように、いつも口うるさい三頭のケルベロスだけど、そんな高位魔物として、獰猛な一面も持っているのだ。


 高位魔物の三頭のケルベロスは初代校長の使い魔だったらしいけど、今は彼が亡き後も自ら買って出て、女子寮の番人をしてくれているんだよね。


 口うるさいけど女子生徒のことを、それだけ心配してくれていると思えば、文句は何も言えない。


「イエルク……それは、ありがたいけど……あ。そういえば、なんで、私の部屋を知っているの?」


 屋根に居ることは、とりあえずは、良いことにする。けど、どうして私の部屋の窓がこの位置だとわかったの?


「ここまで送りに来た時に、女子寮を見ていたら、ディリンジャー先輩が帰ってすぐあとに、この窓に灯りがついたので」


 ……そういえば、勉強を教わった帰りに、イエルクに何度も送ってくれたから、その時に彼は私の部屋の位置を確認していたのかもしれない。


 本当に……頭が良い子がすることは、私には理解不能。


「イエルク……これ、私だから良いけど、他の女の子とにはしない方が良いよ」


「……どうしてですか?」


 純粋なイエルクは本当にっ……何もわかっていないようだ。


 それも、そうか……イエルクはいろいろあって、ドワーフの養い親の常識を常識だと思っているし……あの付き合っているという青田買いの幼なじみの女の子以外には、あまり話したことがないんだよね。


 イエルクは悪くない。彼が今まで過ごして来た、環境が悪いだけで。


「あのね……こんな事をされたら、普通は誤解してしまうの」


「誤解?」


 キョトンとした顔は、私が言いたいことを全くわかっていない。


「普通はこんなことをされてしまうと、イエルクが、私のことを好きになったのかと思うの。けど……私は大丈夫だよ? 貴方に幼なじみで付き合っている人が居るのは知っているし、それは別に構わないの。けど、こういうことを他の人にはしない方が良いよ。面倒なことになるのは、貴方だって、嫌でしょう」


 好きでもない人に好かれて、とても迷惑をしていたエルネストに良く聞いて欲しい。あれをした当事者の私だって、今考えると恥ずかしくて穴に入りたくなるのだ。


 それを向けられていたエルネストは、どれだけ迷惑だったんだろう……本当に悪いことをした。


「……すみません。ご迷惑でしたね」


 悲しそうな表情になってしまったイエルクに、私は慌てて言った。


「えっ……待って! 別にこうして心配してくれることは、迷惑ではないわよ。けど、こういう事をすると誤解するの。付き合っている女の子を悲しませてしまうから、それはしてはいけないの。わかった?」


 私は人としての常識を教えるつもりで、イエルクにそう言った。


「はい。わかりました。付き合っている女の子が居たら、こういうことはしてはいけないんですね……もうしません」


「ええ。わかってくれたのね」


 イエルクは、本当に素直で良い子だ。


「ロゼッタ先輩って、優しいですね」


「そんなことないわよ。もしかしたら、イエルクにだけかもしれないけど」


 ……なんてね。まあ、絶対にないとわかっている私たちだから、成立する会話だよね。


「先輩は会長のことが、お好きだったとお聞きしましたけど」


 唐突にイエルクに言われて、私ははあっと大きくため息をついた。そんな過ぎ去った黒歴史、誰が教えたのかしら。


「過去の事よ。私も会長に対しては、ご迷惑をおかけしたと思っているの。それに、目立つ王子様と結婚なんかしたら、大変だってようやく気がついたのよ。平凡な幸せの方が向いているのではないかとね」


 私が言い訳がましくそう言うと、イエルクは顔を見せずに笑ったようだった。


「……お元気そうで、本当によかったです。僕はこれで失礼しますね」


 そうすると、彼自身の影に溶けるように居なくなってしまったので、私はなんだか名残惜しくて、空に浮かぶ夕日を長い間見つめていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
::::::୨୧::::::::::୨୧:::::::::::新発売作品リンク::::::::::୨୧::::::::::୨୧::::::

【10/4発売】
i945962
溺愛策士な護衛騎士は純粋培養令嬢に意地悪したい。
ストーリアダッシュ連載版 第2話


【9/12発売】
i945962
【シーモア先行配信ページです】
素直になれない雪乙女は眠れる竜騎士に甘くとかされる


【8/22発売】
i945962
婚約者が病弱な妹に恋をしたので、家を出ます。
私は護衛騎士と幸せになってもいいですよね


【6/5発売】
i945962
素直になれない雪乙女は眠れる竜騎士に甘くとかされる
(BKブックスf)
★シーモアのみ電子書籍先行配信作品ページ
※コミックシーモア様にて9/12よりコミカライズ連載先行開始。

:::୨୧::::::::::୨୧:::::::::::コミカライズWeb連載中::::::::::୨୧::::::::::୨୧::::

竹コミ!『溺愛策士な護衛騎士は純粋培養令嬢に意地悪したい。』

MAGCOMI『ひとりぼっちの花娘は檻の中の竜騎士に恋願う』

:::୨୧::::::::::୨୧:::::::::::作品ご購入リンク::::::::::୨୧::::::::::୨୧::::

【電子書籍】婚約者が病弱な妹に恋をしたので、家を出ます。
私は護衛騎士と幸せになってもいいですよね


【紙書籍】「素直になれない雪乙女は眠れる竜騎士に甘くとかされる

【紙書籍】「ひとりぼっちの花娘は檻の中の竜騎士に恋願う3巻

【紙書籍】「ひとりぼっちの花娘は檻の中の竜騎士に恋願う2巻

【紙書籍】「ひとりぼっちの花娘は檻の中の竜騎士に恋願う

【コミック】ひとりぼっちの花娘は檻の中の竜騎士に恋願う THE COMIC

【紙書籍】「急募:俺と結婚してください!」の
看板を掲げる勇者様と結婚したら、
溺愛されることになりました


【電子書籍】私が婚約破棄してあげた王子様は、未だに傷心中のようです。
~貴方にはもうすぐ運命の人が現れるので、悪役令嬢の私に執着しないでください!~


【短編コミカライズ】今夜中に婚約破棄してもらわナイト

【短編コミカライズ】婚約破棄、したいです!
〜大好きな王子様の幸せのために、見事フラれてみせましょう〜


【短編コミカライズ】断罪不可避の悪役令嬢、純愛騎士の腕の中に墜つ。

― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ