12 彼の秘密
そんなこんなで、私に何の興味もなさそうなイエルクから、暗に『とても良い先輩だと思っていますから』のようなな……もし私が女性として気になっているなら有り得ないだろう、付き合っている女の子が居るからと、振られるような台詞を言われてしまった。
なんだか……悲しいけど、もうそれは仕方がない。
初期好感度は良さそうだし、若干期待はしたけど、イエルクは確か初期、少しずつしか好感度が上がらない。
ヒロインフローラが個別ルート行く前にも、好感度の数値をかなり上げておかないと、幼馴染みに別れ告げないということは今でも印象的で覚えているし、それもそうだった。
ええ。イエルクとは親しくなって信頼度上がったら、学園並びに世界を救うために、ただ協力してくれるだけで良いのよ。
私との恋は、別に始まらなくても……とても、残念だけど。
イエルクに告白してもいないのに、なんだか事前に振られた気分になった私は、その後黙々と真面目に勉強して、一時間の読書タイムを取り、そこでゲーム内で明かされている双月草の情報を集めたりしていた。
二人が図書館から帰ろうと歩き出した時、私は不注意で転倒しそうになった。
その時、大きな黒い手が影の中から伸びて私を助けてくれた。
……あ。
そっか。イエルクは黒魔法の上位魔法、闇魔法をこの時点で使うことが出来た。
それは育ての親のドワーフから『決して誰にも言ってはならない』と、約束させられて秘密を抱えたままで生きている。
「あの……」
何かを言い出そうとしているイエルクに、私は首を横に振って微笑んだ。
「誰にも言わないから、大丈夫」
「先輩は……怖くないですか?」
一年生の段階で上位魔法が使えるなんて、通常ならば有り得ない。育ての親のドワーフは、イエルクが奇異の目で見られることを恐れていた。
「怖くないよ。イエルクは怖くない」
本当に怖くない。イエルクは黒魔法の才能を持ちすぎているだけの優秀な子って私は知っているから。
「……先輩って、変な人ですね」
まだ何か言いたげにしていたイエルクは、また女子寮前まで私を送ってくれたけど、結局は私は彼にとって恋愛対象外だから、余計なことは考えずに自然に優しいんだと思う。
送ったからって私が自分が好きだと思うなんて思っていないし、それほど彼にとって対象外っていうことなのよ。
多分、本当に困っていると思って、助けてくれようとしたのよね……優しいけど、残酷な事実。
三頭の犬は、今日は機嫌が悪かったらしく、「なんで、こんなに寮に帰って来る時間が遅いんだ」と、説教され掛けたけど、私は聞こえない振りをして微笑みながら、するりと扉をすり抜けた。
そして、食事と入浴を済ませ、今日図書館で調べてきた『双月草』についての記述を書き写して来たノートを開いた。
「……魔の森の高原のこの位置に、双月草らしき光る薬草を見掛ける……フローラ以外には、気がつかれなくて当然だわ。だって、薬草辞典のような薬草について書かれた書物ではなく、アクィラ魔法学園の創設者の日記にこんな大事な情報が書かれているなんて……」
歴史的偉人という訳でもないし、なんで紛れ込んでいたんだろう? と、不思議になるような学園創設者の日記は、これまでにあまり読まれなかったようだ。
何故、ゲーム内でフローラがこの記述に気がついたかというと、怪我をした攻略対象者を救うため『双月草』という記述のある本を、片っ端から持って来てくださいと司書に必死で頼み込み、同情してくれた司書が特別な魔法でその通りにしてくれたからだ。
もちろん、何百冊もある本の中身を、一人ですべてチェックすることは不可能だったんだけど、性格の良い彼女は良い友人に恵まれていたし、結局のところ、命を救いたいからという名目で集まってくれた学生全員の人海戦術でなんとかしてしまえたのだ。
学生らしい青春ぽくて、このエピソード、私はとても好きだった。
「おおまかだけど、こうして地図に位置だって、書いてくれているし……まあ、ゲーム内で双月草が見つからなかったら、もうバッドエンドだし、わからなければ話が進まなくて困るから、こうしてわかりやすく書かれているのは、当然なのかもしれないけど……」
双月草は非常に貴重な回復系で最高とも言える薬草で、今までこの記述が見つからなかったのは、単なる奇跡だったのかもしれない。
「……行くしかないよね。私が学力テストで、エルネストになんて敵う訳ないし」
私が貪欲に狙っている魔法界を巡る美食ツアーという目的のためには、生徒会には絶対に入りたい。
魔法界を救うため、リッチ先生の企みを確定で防ぐことが出来るのは、フローラと各攻略対象者だ。
そのため、私に協力してくれるという希望の持てるイエルクとフローラとは、出来るだけ親しくなっておく必要性があるんだから。
◇◆◇
ふたつの月が満月になる日は、危うく逃しそうだった三日後のことだった。
巨額の富を生み出す双月草の生息する場所が、誰かに知られてしまうのを良くないと考えた私は、一人で学園裏にある魔の森の高原に行くことを決めた。
しかも、ふたつの月が浮かぶ夜に行くしかない。なんだか、不安でいっぱいになるけど、すべてやり遂げれば手に入るご褒美を思えば、やる気は出て来る。
あの、名前も知らない魔法使いは、私にふつふつと湧き上がる世界を救うぞと燃え上がるやる気という、永遠に減らないガソリンを与えてくれた。
魔の森は行くべき場所に行けば、危険な幻獣が居たりはするけど、安全な場所を選んで進めば、運良く何の幻獣に遭うこともなく私は進むことが出来た。
特殊な条件で咲く花だから、今年は今夜しか、チャンスがない。
獣道を進み、へとへとになって訪れた高原で、私ははーっとため息をついた。
春先とは言えないくらいに冷たい風が、頬に当たった。
今は赤い月が見えるけど、青い月は見えていない。けど、もうすぐ二つの満月が見えて、開花条件である紫の月光が高原へ降り注ぐはず。
「はーっ……もうっ……双月草って、こんな場所に生えるんだっ……信じられない」
「へえー! 満月草が咲くのか! お嬢ちゃん。その話に俺も噛ませてくれない?」
私は思いもしない声を聞いて、ばっと後ろを振り返った。そこには、迷彩柄のローブに身を包んだ、フードを目深に被る見るからに妖しげな男。
「……誰?」




