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11 恋が叶う本

「ねえー? この図書館に、恋が叶う本があるって、知っている?」


「知らないっ……何々? どういうこと?」


「それがさー……」


 図書館で隣に座って、楽しそうにこそこそ話をしている二人の女の子の言葉が聞こえていて来て、会話には加わっていない私はそれに答えたくて、とてもうずうずしていた。


 ……はいはい! 私! 私はそのレアアイテムのこと、知っています!


 それは、フローラが好感度を上げたい攻略対象者に使うアイテムの中で、最高に効果のある『恋が叶う本』のこと!


 確かゲーム内では、何か条件をクリアしないと出て来ないはずだけど、リアルな世界は条件なく手に入ったりするのかな。


 けど、アイテム『恋が叶う本』でも、好感度+30だから、もし私がエルネストとオスカーに使ってマイナス100とマイナス80に使っても、だから何って感じもするし。


 ……私の悪評を何も知らないイエルクとは、順調に仲良くなっている気はするし、別に良いか……。


 恋が叶う本って、いかにも乙女ゲームだよね。だって、普通なら好感度が上がり下がりを操れるアイテムなんて、心を操っているみたいで……。


「……です。ディリンジャー先輩。聞いてますか?」


「聞いてるよ。イエルクって、本当に教え方上手いよね」


 隣の女の子たちの会話に、頭の中が完全に横道に逸れてしまっていた私が動揺を隠せず彼を褒めると、イエルクは照れくさそうに微笑んだ。


 イエルクは無表情が基本だから、こういうふとした笑顔が可愛いんだよね……ギャップ萌えという概念かしら。


 私は『恋色★魔法学園』では、一応エルネストが推しだったんだけど、これからはイエルクが一番の推しになりそう。


 だって、唯一私に優しいし……優しくない男なんて、近寄りたくもない。


 ……どんなに好みの顔でも、自分に冷たい人をずっと好きでいるとか無理……私はロゼッタは、そういう意味で凄いとは思う。


 あまり恋愛に興味なかった元喪女OLから見たって、それは時間の効率が悪すぎる。


 最初から脈のない恋に掛けている時間なんて、まだ若いとは言え、単純に考えてもったいないもの。可能性ゼロの恋に意地になってもな何の意味もない。


「良かった。それより……ディリンジャー先輩、もしかして……何か気になることでも、あるんですか?」


 イエルクはさっきから、私がこの図書館の中にある何かに気を取られていることに、気がついていたみたいだ。


 そうそう。実はエッセル先生からの課題、双月草の資料を探しに行きたいなーって、思ってた。


「そうなの……少し、調べ物したいことがあって……」


 ゲーム内では図書館の使用率が上がる度に、ランクの高い書棚が見られるようになっていた。


 ゲームの進行上、先に重要な事の書いてある魔導書を見られればおかしなことになるし、仕方ないけど……なんだか、不便すぎる仕様だよね。


 だけど、こうして現実にある図書館では、もちろん、そんなことはない。


 確かうっすらとした記憶では双月草に関する本は、司書との関係を深め図書館ランク『S』にならないと、見つからず読めなかったはずだけど、今なら私は自由に動けるし『S』や『SS 』の本だって普通に読めちゃうはずだよ!


「……っわ」


 双月草についての本をどこに探しに行くべきか、きょろきょろと周囲を見回していたら、イエルクの顔に私の髪が当たってしまったようだ。


「ごめん! ごめん。大丈夫だった? ごめんね」


 こんなにも長い髪を扱うなんて、生まれ変わった今が初めてだから……イエルクは頬を押さえていたけど、大丈夫というように微笑んだ。


「大丈夫です……ディリンジャー先輩の髪って、さらさらしてるし、真っ直ぐで綺麗ですよね。僕くせっ毛だから、羨ましくて憧れます」


 イエルクの髪は天然でそうらしいんだけど、くるくると巻いている黒い巻き毛だ。


 まるで彫像のように見える美形なのに、可愛らしさを感じるのは、その髪の印象の効果も大きいかもしれない。


 髪をぶつけられたのにまんざらでもない様子のイエルクを見て、これは、攻略対象者の攻略が私にもいけてしまうのでは? と、正直思ってしまっていた。


 イエルクは美形だし、神童と呼ばれている魔法使いだし……私の嫁入り先としては、願ってもない人だろ思う。


 うちの両親だって、イエルクと結婚すると言えばきっと喜ぶはずだ。だって、美形でスパダリであることが絶対条件である乙女ゲーム攻略対象者の一人なら魔法界での出世確実だもの。


 エルネストやオスカーのような、身分のある王族や貴族ではないけど、エリート魔法使いだし条件が良過ぎる。


「……そういえば、イエルクって好きな女の子は居るの?」


 気になってさりげなく恋愛動向を聞いた私に、イエルクは目を瞬かせてから淡々と答えた。


「好きな女の子は居ないんですけど、村の幼馴染の女の子と、僕は付き合っているんです」


 ……あっ! そうだった……本当に、忘れてた! イエルクの設定はそうだったー!


 自分の記憶力が、全然頼りにならなさ過ぎて、泣けてしまう。


 イエルクの幼馴染の女の子ルイーズは、来年入学して来るんだけど、その子が、エルネストルートでいうところの私……つまり、ヒロインフローラの恋敵のような役割になるのだ。


 イエルクはあまり物を知らない素直な田舎の子だから、そういうことに積極的な向こうに言われるがままに付き合ってはいるけど好きという訳ではない……という、良く分からない関係性の幼馴染の女の子が居るんだった。


 ヒロインフローラとは共通ルートで、段々と距離を近づけて、個別ルートに入る前の二年生に上がる前イエルクは、ケジメとして、彼女にキッパリと別れを告げるんだよね。


 けど、イエルクと別れたことに納得出来ないルイーズは、それからも二人の邪魔をすることになるんだった。


 だとすると、悪役令嬢役の私なんか、相手されないかも……あれって、全男性の夢みたいな乙女ゲームヒロインフローラが相手だったのが、大きいと思うし……。


 はー……この勉強を教えて欲しいっていうこの流れも、イエルクにとっては、先輩に声かけられて、頼られて嬉しいな程度だろうな。


 ヒロインもまだなのに、悪役令嬢の私だって、恋なんて始まる訳ない。

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