01 オープニング
慎ましく閉じていた可愛い蕾も、ぽかぽかとした陽気に誘われて花咲く春。
本日は初々しい新入生が、真新しい制服を着て、登校する入学式の日。
この魔法界は正真正銘、異世界。
けれど、前世の私が生まれ育った日本のように、薄紅色の桜吹雪が白い並木道に舞い散っていた。とても乙女っぽい可愛らしい色合い。
そもそも論で、なぜ異世界なのに日本語だったり和製英語だったりが通じるのよって話だから、季節の花の名前が同じなんて、小さな事を気にしてしまう方がおかしいのかもしれない。
だって……今の私が住んでいる魔法界は名前も知らない誰かが、自分の都合良く創った、乙女ゲーム『恋色★魔法学園』の世界なのだから。
鷲が校章であるアクィラ魔法学園高等部二年生の私は、校門付近にある低い塀の後ろへさりげなく立って、ゲーム内の主役の二人が出会う決定的な瞬間を、今か今かと待ちわびていた。
ヒロインのフローラ・レモーネとメイン攻略対象者エルネスト・ランテルディとの出会いの場面は、乙女ゲーム『恋色★魔法学園』の……パッケージに描かれるビジュアルのような、乙女ゲームを象徴する場面と言っても過言ではない。
つい一週間前に、前世の旅行好きOLだった記憶を取り戻したばかりの私は、せっかく乙女ゲーム世界に転生して来たからには、これだけは絶対見逃せないでしょと、数日前から興奮して心躍らせていた。
低い灰色の塀の後ろに姿を隠していた私は、緊張のあまり手に汗を握るしかない。
そして、入学式から寮へ帰宅途中の銀髪の美少女フローラと、誰かに呼ばれでもしたのか、校舎へと慌てて進む金髪碧眼美青年エルネストが……すれ違った!
……だけに終わった。
えーーーーーーーーーーーーー!!!!!!
ちょっと、待って待って。なになになに?
理解が追い付かないんだけど。無理無理無理。何も起こらなくて、普通にNGだよね? 2テイク目が、これから引き続きある感じ?
……え。待って。これだと、乙女ゲームが始まらなくない?
今、目にした光景が信じられなくて、私は何度か目を瞬かせ、口をぽかんと開けたまま呆然としてしまった。
何々……えっ……嘘でしょう。待って。
今っ……今って、大事な主役二人の二人の出会いの、乙女ゲーム開幕になる場面だったよね……?
入学式の後、桜並木を歩いていたら、上から落ちて来た虫に驚いたフローラが、偶然通りがかったエルネストに白魔法の中のひとつ電魔法を使って誤って攻撃してしまう。
もちろん、驚きからの行為で故意ではないから慌てて彼へ謝罪はするものの、一年生から常に監督生を務め、今では生徒会長のエルネストに、フローラは要注意人物としてここで目を付けられてしまうことになる……はず、だった。
のに、先程は何もなかった。
本当に衝撃的過ぎて呆然として私が見ている間に、ぼとんと緑色の毛虫が木から道に落ちて、そして、落ちてしまった木の下へとゆっくりとした移動速度で必死で這っていた。
……遅いよー! ここ一番の大事な出番だったのに、何してたの?
私がゲームプレイ中に見ていた通りの展開にならなかった。
あまりの動揺に混乱してしまって、必死で草むらに姿を隠そうとしている毛虫へと心の中で話し掛けてしまう私……落ち着けない自覚はある。
……そうよ。フローラもエルネストも、二人とも、全くお互いを全く認識しない、見事な素通りだった。
あの二人の出会いの、すっごく……大事な場面だったのに……。
私の知っている乙女ゲーム『恋色★魔法学園』は、始まることもなく、今終わってしまったの……?
開始するかもしれないという、大きな期待だけさせてしまい、本当に申し訳ありません。ご愛顧ありがとうございました。乙女ゲーム制作チームの次回作に、ご期待ください!
……みたいな?
なんて……そんな訳に、いかないでしょ! この魔法界に転生してしまった私には、これがこれからも続く現実なのよ。え。嘘でしょう。
……だって!
ヒロインフローラは、まずは最初の関門、生徒会入りを目指して攻略に必要な各パラメーターを上げたり、そこでの数値が足りない場合は敗者復活戦が用意されたりと、特殊条件発生イベントをこなすことになる。
パラメーターが上手く上がり、ひと月後に開催される実力テストで優秀な成績を取ることが出来れば、ほんの数人の学生しかなれない監督生に選ばれることになる。
そして、学年の代表として、生徒会入りすることになる。
生徒会でのイベントはフローラが二年生になってから、各ヒーローへの分岐する前に辿る共通ルートなので、その前にだってヒーローへの好感度が上下するイベントは発生する。
つまり、現在二年生で生徒会長のエルネストから、度々『おい、そこの要注意人物』などと、気になっている様子でちょっかいをかけられることになって、好感度を左右するようなエピソードに繋がっていくはずなのに。
エルネスト以外の攻略対象者だって、生徒会に居るんだから、二人が出会わなければ、これでは何も始まらない……よね?
二人がもう去ってしまった桜並木には、重要なところで遅刻した毛虫も居なくなって、私は取り残された。
ただただ、暖かくなって来た春風にふわりと桜が舞った。
これで、近い未来、花開くはずの恋は、蕾すら芽吹くこともなく、終わってしまった。
……という事で、合っているよね?