第十九話 荒野に水を、新芽に光を
「前来たときは余裕がなかったじゃないですか。深入りは避けてたんですよ。でもほら、今回の滞在はいつまで続くか不明瞭ですからね、食べられるものとかね、早めに見繕っておいた方が後々いいと思って」
ヨシュアに背負われながら、リリエリは聞かれてもいない採取の経緯をペラペラと喋っていた。完全に浮かれていた。大っぴらな浮かれ方ではないが、いつもよりも明らかに口数が多くなっている。
小声だがよく喋るリリエリに適度に相槌を打ちながら、ヨシュアは平原をひた走る。今日の目的はただ一つ。気になるものをとりあえず全部採取することである。
リリエリは万年C級冒険者だ。後輩冒険者たちが等級を上げて他の都市に遠征しているのを遠目に見ながら、ずっとずっとエルナトで活動を続けてきた。そういうわけで、リリエリはエルナト周辺には非常に詳しくなっていた。
一方で、ホームから離れた場所に関する知識の精度はぐっと落ちる。実際ここシジエノ周辺に関しては知らないものの方が多い。
だが、リリエリはわからないものをそのままにしておける質ではない。学び、経験し、身に着ける。そうやって今までずっと生き延びてきたのだ。
「良い機会なので、シジエノのことを沢山勉強しておきたいんです」
今日は真っすぐ北東だ。シジエノ廃村の北側は草原が広がっており、まずは探索難易度が低い方から攻めようという魂胆である。この方角はマッピングも済んでいるし、さしたる困難がないことは既にわかっていた。
「ヨシュアさん、あそこの赤い花が生えている辺り。あの辺に連れて行ってください」
「わかった」
「鈴生りの合弁花……。エルナトにこれと似た植物があって、それは根っこが食べられるんですよね。ちょっと持っていってみますか」
「わかった」
「あっ! あっちにねじくれた木が見えますよ! 知らない木ですね。あれも見たいです」
「わかった」
「……コレ、いけるかどうか五分五分のやつなんですけど、どう思います……?」
「いいんじゃないか」
「こっちは確実にアレな見た目をしていますけど、その、チャレンジ枠も必要じゃないかと思うんですよ」
「アンタがそう言うなら」
二人は終始こんな調子で、非常に楽しい――少なくともリリエリは近年稀に見るほどに充実した日中を過ごしたわけである。
□ ■ □
「今日は本当にありがとうございました」
二人は日暮れ前にはシジエノに戻ってくることができた。リリエリが自分の理性の手綱をなんとか離さずに済んだためだ。この状況下で野宿するのはヤバいと思える分別くらいはリリエリだって持っている。
目の前に積まれた多様な戦果に顔を綻ばせながら、リリエリはヨシュアに頭を下げた。本当に夢のようなことだ。ヨシュアがいなければ絶対に叶っていない。
「これらをどうするんだ」
「スケッチをとって記録して、……この場所には専門家もいなければ設備もないですからねぇ。精々食べられるかどうかを確認するくらいですかね」
「わかった。任せてくれ」
「それは最終手段で」
確かに食べてみれば食べられるかどうかは間違いなくわかるけれども。最高効率かもしれないけれども。一応まだリリエリはそこまで追い詰められてはいない。
どんな怪我でも、死からの再生すらできるヨシュアだが、毒の類は人並みに効果があるらしい。なんなら並行して再生が起こる分、普通の人間よりも苦しむ可能性がある。そんなヨシュアに命を懸けた毒見を頼むほどリリエリは落ちぶれちゃいないのだ。
「ひとまず今日は確実に安全なやつから食べてみるとして。ヨシュアさんはどの辺が気になりますか?」
「…………」
ヨシュアは困ったように黙り込んだ。明確な正解のない質問はヨシュアの苦手とするところだ。選ぶのが不得手なわけじゃない、彼にはそもそも選択肢が存在しない。物事への動機がかなり希薄な故の沈黙である。
ヨシュアの過去の一端を聞いたリリエリは、彼のその性質が一際悲しいものに思えてならなかった。自発的な行動の一切を良しとされないかつての環境が、今もなお彼の中核を形成しているということだ。
なんて気に喰わないことだろうか。ヨシュアはもっと自由に、もっとなんだってやっていいのに。
だってリリエリは、ヨシュアのおかげで自由になれている。
そういう気持ちで、リリエリはしばしばヨシュアの選択を促す。とはいえ人の性質がそうそう変われないこともまたよくよく承知しているので、あまりに無言が続いたら助け舟を出すのだが。
「…………その、美味しいものを」
なので。
長い沈黙の末、ヨシュアが小さく小さく溢した言葉は。
荒野に生えるたった一つの新芽を見つけたような、そんな気持ちをいつだってリリエリにもたらすのだ。
「……はい。任せてください!」
リリエリはとびきりの笑顔で彼に応えた。
……ただ、残念なことに。今回に関してはリリエリ側にも選択肢はそんなにない。採取した何種類もの見知らぬ植物の中から美味しいものを引き当てて、さらにそれを適切に調理するのは経験を積んでいるリリエリであっても難しい。
結果として、本日の食卓に並んだ料理を食べたヨシュアは、些か訝し気な視線をリリエリに向けた。美味しいってどんな感覚だったかを問うような、そんな視線であった。
「あの、……すみません。次こそは必ず」
エルナトから持ち込んだ一般的な食材だけで料理すればいいのでは? という至極真っ当なアイデアを持つ人間は、基本いつだって二人の間には不在である。




