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第十六話 覚悟と導


「あの……?」

「転移結晶です」


 リリエリは聞き間違いを期待していたが、その薄い願望はステラに食い気味に潰された。先ほどまでただの小石に見えていた物が、今では失われしアーティファクトのような重みを伴っていた。

 八面体割りの透き通った青色。言われてみれば確かに転移結晶の特徴に似ている。こんなところで見るとは思わなかったから、リリエリは無意識に選択肢から除外していたらしい。


「転移結晶です」


 目を見開いて言葉を失っているリリエリに、ステラは追い打ちをかけた。それはもうよくよく理解した。問題は、なんで転移結晶がステラの手の中にあるのか、ということだ。


 転移結晶。

 テレジア教においては女神テレジアが生み出したとされる聖なる結晶。今日では都市と都市とを繋ぐ人類の命綱となっている、最も重要な鉱石だ。


 魔物の蔓延る世界の中、人類は居住地を壁や杭で囲うことで生き長らえてきた。浮島のように点在する都市間で、か細いながらも人々が交流を続けていられるのは、ひとえにこの転移結晶の恩恵によるものに他ならない。


 転移結晶はその名の通り、人や物を転移する能力を有する鉱石だ。転移結晶がこの世に存在しなければ、人々や物資の輸送に都度危険な壁外を経由する必要が生じる。もしもこの世の形がそうであったならば、現在のような人類の繁栄はあり得ないだろう。

 逆に言えば。人類の繁栄はこの結晶の上に成り立っているのである。


 女神テレジアの祈りにより生成されたとされるその結晶は、数に限りがあるとされている。それゆえ、採掘された転移結晶は全て国が管理し、しかるべき場所にしかるべき用途で設置されるのが習いだ。

 たった一人の人間の掌の上にあるべき鉱石では、断じてない。


「あの、なんで、……転移結晶が、ここに?」


 リリエリは自分を必死に落ち着かせながら、ようやっと当然の疑問を口にした。口の中の水分を全部使ってなんとか言えた、そんな気分だった。

 言い終えたリリエリは迅速にカップを傾けた。折角淹れたお茶だったが、今はただ味わうよりも先に喉を潤したかった。


「聖祭司の立場を、私的利用しました」


 事も無げにステラは言った。大罪である。

 唖然としたリリエリに対して、ステラは穏やかに説明を続けた。


「テレジア教では転移結晶を祭具として扱うことがあるんです。そのため、お国より特別に数点の転移結晶の所有が認められているんですよ」


 安心させるための言葉だったのだろうが、リリエリはちっとも安心できなかった。

 斜め隣には相変わらず何も考えていなさそうな顔のヨシュアが静かにお茶を飲んでいる。この人はマジでなんでこの状況で茶なんて飲んでいられるんだ、とリリエリは思った。八つ当たりであった。


「それを個人的にちょろまかしてきました。私、聖祭司なので。なんなら私たちが今日まで乗ってきた荷車もテレジア教のものですよ」

「い、いいんですか」

「もちろん、駄目です。バレたら首が飛ぶでしょうね。物理的に」


 どうぞご内密に、とステラは笑う。この場において朗らかな調子を一切崩さない彼女の笑顔は、いっそ狂気的だ。彼女はただ強い信念を縁にして、頑なに自我を貫き通しているのだろう。

 なんのためにだなんて、あまりに分かりきったことじゃないか。


「この転移結晶の一方はヨシュアの家に設置してきました。あとはこれを、シジエノ廃村のどこか良い場所に設置するだけです。周辺の魔力を吸収させる必要があるので、出立は明日の早い時間になるかと思います」

「今一個人の家の中に転移結晶があるんですか……?」

「ことが全て済んだらこっそり回収して、テレジア様にお戻ししないとですね」


 にわかには信じがたい状況だ。でもそんなの、よく考えれば今更な話じゃないか。だってリリエリは既に邪龍に呪われた人間を知っている。恐ろしく強く、不死身の肉体を持ち、それからめっきり常識を持たない男と長く共に過ごしてきた。


 これはステラの覚悟。

 なによりもただ、ヨシュアを助けようとする強い意志。


「……私にも、できることはありますか」


 リリエリはまだ、自分の中の覚悟を見つけられていない。

 できることは何でもしたいと思っている。でも、実際にその瞬間が来た時に自分は体を動かせるのだろうか? リリエリはどうしても自分に自信が持てないでいた。

 ヨシュアを助けたい。その気持ちは本物であるはずなのに。あの時振り下ろせなかった切っ先が、ずっとずっと心の奥底に沈んでいるのだ。


 それでも、だからこそリリエリはステラの覚悟に報いたい。迷い続けている心の導を、ステラの中に見つけることができると信じて。


「もちろんですとも」


 ステラは笑顔で応えた。聖祭司たる所以を示す、光のような笑顔であった。


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