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第十五話 滞在、それと大罪


 からりと車輪が軽いものを跳ねのけた。からからに乾いた木片だった。何らかの塗料が付着しているそれは、かつては柵の役目を持っていた物だ。


 索漠とした風景の中に、僅かに残る生活の影があった。元は農地だったろう場所に点々と建つ朽ちた小屋。崩れた石壁。羽を失った風車。

 シジエノ廃村は、あの日見たままの姿を保ってリリエリ達を迎え入れた。


 時刻は昼時。明るい陽光によって廃村の様子はずっと遠くまで見通せる。人っ子一人いない褪せて乾いたこの場所では、ただうら寂しさを増すばかりだ。


 シジエノ廃村の境を跨いだあたりで、ヨシュアの引く荷車の速度が緩やかになった。急ぐ必要も警戒する必要もないと判断したのだろう。

 エルナトを出てから、ヨシュアは一度たりとも調子を崩すことはなかった。間に合った、とリリエリは思った。シジエノであれば、ヨシュアが人に害をなすところを見ないで済むから。


「ここがシジエノですか。いいところ、だったんでしょうね」


 崩れた礼拝堂らしき建物を熱心に見ながら、ぽつりとステラが呟いた。十年ほど前に放棄された村は、それでも人々の生きた証を色濃く残している。


「……今も、いいところですよ。私たちの助けになります」


 詭弁と言われれば否定はできない。そんなリリエリの言葉を、ステラは静かに頷くことで受け入れた。


 荷馬車はしばらくカタカタと音を立てながら、雑草に塗れた農地の中を進む。半壊の集会所を過ぎ、壊れた樽の立ち並ぶ商店らしき廃墟を過ぎ、やがて三人は寂れた診療所の前に辿り着いた。


 石造りの頑丈な建物だ。風化によりところどころ崩れているが、比較的床も壁も屋根も残っている。

 診療所の外壁には割合新しい染料が塗られていた。以前来た時にリリエリが修復した、魔物除けの紋章魔術だ。急ごしらえのものなので、今ではほとんどが風雨に消え去っている。もはや何の効果もないだろう。


「着いた」

「お疲れ様でした。ここまで、本当にありがとうございます」


 ステラは丁寧に礼を述べると、ひらりと軽やかに荷台から降りた。そうして、先んじて様子を見てきますねと古い建物の中に入っていった。

 よっぽど荒れていなければ、順当にここが拠点になるだろう。すぐにでも降りられるように、リリエリは荷台の荷物をまとめておくことにした。


 人気のないシジエノは、乾いた風が朽ちた家の隙間を通る音ばかりでとても静かだ。ここまでずっと車輪の音を聞き続けていたものだから、静かな環境は新鮮に感じる。

 リリエリは大きく体を伸ばした。視線の先には、何をするでもなく立ったままのヨシュアがいる。ぼんやりとした、何を考えているのかわからない横顔で、ただ診療所を見つめている。いつもと変わらないと言えば、変わらないのだが。


「お疲れですか?」

「いや、疲れてはいない」


 言いながらも、ヨシュアは視線を動かさなかった。かつて数日間をここで過ごしたのだ、何かしら思い入れでもあるのだろう。


「確認できましたよ。綺麗な状態ですね。ここであれば」


 確認し終えたらしいステラが笑顔を浮かべながら戻ってきた。荷物を運び入れて、生活の基盤を整えて、後はただ時間が過ぎるのを待つだけ。


 大丈夫。ステラとレダ、二人の力添えがあればきっと憂い事もなくなる。

 リリエリは今一度自分に強く言い聞かせてから、ゆっくりと荷車を降りた。がさりと足元の草が乾いた音を立てる。色味の少ないこの村の景色を、これから嫌というほど眺めることになるのだ。


「さぁ荷運びを始めましょうか。まだまだやることが沢山ございますからね」



□ ■ □



 荷運びは二往復もせずに終えることができた。五割をヨシュアが運び、四割をステラが運び、残る一割をリリエリが運んだ形であった。


 ヨシュアがリリエリ三人分くらいの重さはありそうな荷物を平気な顔で運ぶ様子は既に見慣れている。だが、背丈こそあれど細身の女性であるステラが、リリエリ二人分くらいの荷物を運ぶ様子はなんだか騙し絵のようだった。リリエリが自分の目を疑ったのも無理からぬことである。


 日は未だ高くにあった。まだまだ外で活動することができそうだ。


 休憩と直近の行動の確認を兼ねて、三人は最も広い部屋に集まった。ベッドが数台置かれていることから、恐らくは病室に相当する部屋だろう。

 テーブルを囲む各々の手元にはリリエリの用意した温かいお茶が握られている。テーブルが大きく傾いているため、手放すことができないのだ。


「お二人の生活に支障がないことを確認次第、私はエルナトに戻ります。レダといくつかの物資を持って戻りますので、必要なものを考えておいてください」


 もう確認はできたようなものですが、とステラは笑った。どうやらこのシジエノの状況は、ステラの想定よりずっと上等だったようだ。


「まず、この建物の周りの魔物除けを作り直したいところですね。ヨシュアはそれで構いませんか?」

「構わない」

「では後程修復しましょう。リリエリ様にお手伝いをお願いしたいのですが、よろしいでしょうか」


 古い紋章魔術の除去や塗料の調製に手が必要とのことだ。リリエリは喜んで肯定した。どちらも得意分野である。


「それから、私がエルナトに戻る方法についてなんですが」


 ステラは声量をぐっと落とした。イタズラの計画を共有するような、そんな声色であった。

 彼女は自身の祭服の袖口に手を入れ、つややかなベルベットで出来た小袋を取り出した。中から現れたのは何の変哲もない小石、のようにリリエリには見えた。


「それはなんですか?」

「転移結晶です」


 あくまでもにこやかにステラは言った。転移結晶の個人所有は大罪である。


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