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第十二話 影踏み


 ヨシュアは小一時間後に帰還した。

 彼の衣服には傷や汚れがついていたが、夜の森の中を駆けてきたことを思えば相当綺麗な方だろう。代わりのように、アダマンチアの剣の先端は血とも泥土ともつかない何かに塗れていた。


 出ていった時と同様、何も言わずにぬっと荷台に上がりこむ姿はそれなりのホラーだ。リリエリが声を上げずに済んだのは、ひとえに慣れによるものに他ならない。


「おかえりなさい。無事で良かったです」

「うん」


 端的な返事であったが、どことなく気分が良さそうだ。久しぶりに体を動かした、そんな感覚なのだろう。リリエリが発見した日から数えて、ヨシュアは少なくとも十日ほどは昏睡していたから。


「ありがとうございます、ヨシュア。思いの外早い帰還で安心しましたよ。リリエリ様と話し合いましてね、今夜は無理に進まないことにしています」


 森も中腹、荷車にとっては非常に通りにくい道だ。張り出した木の根の上を無理やり通りながら、時に吹き飛ばしながら、それでも荷車はゆっくりと進む。

 

「じきに川に出ます。見通しが良いところを探して、休息をとりましょう。ここは少し長めにとりますよ。リリエリ様は、いささか根を詰めすぎですからね」

「……すみません」

「謝らないでください。もう都市エルナトとは十分に距離をとれましたし、急ぎすぎる必要はないんです。それに、正直なことを言うと、ただ私が休みたいだけなんですから」


 そろそろ疲れてきてしまってなんてステラは苦笑いするが、その足取りは未だに淀みない。たぶんリリエリが恐縮しないための優しい嘘だ。

 一方のリリエリは、ヨシュアが倒れてから数日間の無理がしっかりと体に出ている。ここで強がれる程リリエリは強い人間ではない。ステラの申し出をありがたく受けることにした。


 一度自分の体調に向き合ったせいか、リリエリはとたんに眠さを自覚した。霞む目を擦っていると、剣の先端を拭っていたヨシュアと目が合った。

 鏡を見る気にもなれないが、きっと自分は分かりやすく調子の悪い顔をしていることだろう。じっと見られると流石に居心地が悪いな、とリリエリは思った。


「すみません、お見苦しいところを」

「…………?」


 ヨシュアは三秒かけてリリエリの言葉を受け取り、……何も言わず僅かに首を傾げた。何がどう見苦しいのか理解できない、といったところか。リリエリにとってはありがたいような、そうでもないような、複雑なところだ。


「荷台を引くのを代ろうか」

「明日以降はそうしてもらいましょうか。今日は駄目です。あなた、一週間以上眠っていたそうじゃないですか。自覚ありますか?」

「……ない」

「リリエリ様、ずっとあなたの面倒を見ていたんですよ。何とかあなたを起こそうと、色々な手段を試みて」


 叶うならあなたの家の様子を見せたかったんですけどねとステラは笑う。ヨシュアの家はリリエリがかき集めたアイテムによって好き放題に散らかされていた。ステラはその有様を、リリエリの努力と捉えてくれたのだろう。


 リリエリが持ち込んだものはどちらかというと毒物の方が多い。これはヨシュアへのある種の信頼によるものだが、ステラには内緒にしておこうとリリエリは真実をそっと心の奥に隠した。

 薄々感づいているが、ステラという女性は過保護だ。リリエリに対しても、ヨシュアに対しても。


「ありがとう、リリエリ。それに、ステラも」


 ヨシュアは感謝を臆さない。

 静かではっきりとした感謝の言葉は、回る車輪の音に欠けることなくリリエリの、そしてステラの耳に届いた。


 自分はどちらかというと助けられる経験の方が多い、とリリエリは思っている。できないことだらけだし、冒険者としての等級も低い。だがそんな自分でも誰かの役に立てるのだと、そう思える瞬間がいつだってリリエリの背中を支えている。もちろん、今だって。


「こちらこそ、ありがとうございます。ヨシュアさん」


 がたんと大きく荷車が揺れた。太い木の根に乗り上げたためであった。振り向いてリリエリ達を眺めていたステラが、慌てて前方に向き直る。

 彼女が直前まで浮かべていた優しい笑顔を、ヨシュアは見ることができただろうか。彼は視力も並外れているから、リリエリが心配するようなことではないのかもしれないが。


 杖の明かりによって照らされた樹冠は、徐々に薄くなりつつある。森の切れ目に近づいているのがわかった。川はもう目と鼻の先だろう。


 一度休んで、シジエノに着いて、それから。

 その先のことを考えそうになって、リリエリは目を閉じた。ステラからは、しかるべき時までシジエノ廃村に滞在するとしか聞いていない。そのしかるべき時が何を指すのか、リリエリは確認していなかった。できなかった。


 ステラはリリエリに必要な情報は全て教えてくれている。しかるべき時の話をしないのは、まだその必要がないからだ。その状況に、リリエリはただ甘えている。


 やがて来るその時に、その手が鈍らないように。


 リリエリはレダの言葉を胸中で呟いた。あの日ヨシュアに剣を下ろせなかった自分が、少し遠くからじっとりと自分を眺めている。妄想だ。ここのところ、リリエリはそんなことばかりを考えている。



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