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第十一話 目覚め


「リリエリ様が安全な道を提示してくれているので、とても助かります」


 荷車は進む。

 ステラ曰く、道中は極めて安全だそうだ。感謝されるのはとても嬉しいが、リリエリの感覚では全くもって安らかな状況ではなかった。現時点で三頭のレッドバックに遭遇しているのである。

 それらは全てステラの一撃のもとに叩き伏せられているので、広い意味では安全と言えなくもないが。ギリである。


「本当はレッドバックに遭遇するのはもっと稀なことなんですけどね……」

「あら。ではこれは私への試練、ということなんでしょうね」

「でも、そろそろレッドバックの生息域を抜けられますよ。香木の効果もなくなってしまいますが」

「これからは弱かったり群れていたりする魔物が現れるかも、というわけですか」

 

 ステラの声はほんのりと沈んでいた。レッドバックのような狂暴な魔物はいないため、ステラが不安視することなどないように思えるが。


「私、多対一は苦手なんですよ。リリエリ様を守れる程度には経験を積んでいるのですが、普段は後方支援をメインにしておりまして」


 同じ言葉をレダからも聞いてはいる。だが、本人の言をもってしてもリリエリにはにわかに信じがたかった。

 目の前でレッドバックが吹っ飛ぶのを三回も見ているのだ。彼女が後方支援タイプなら、一体誰が前衛になるのだろうか。……ヨシュアか?


「なので、小さい魔物がわらわらーっと出てきたら、その時は少し立ち止まりましょうか」

「はい、わかりました。打ち込むタイプの魔物除けを持ってきていますので、これを使いましょう」

「お願いしますね」


 それから、リリエリとステラは今後の動きをいくつか話し合った。目的地シジエノ廃村までの所要時間、ルート、今夜の寝床、シジエノ廃村での行動、など。

 その間一度レッドバックに襲われたものの、現時点では大きな問題は起きていない。物事はおおよそ想定通りに動いている。


 リリエリは緊張に張っていた肩の力を抜いた。大きな問題はまだまだ山積みだが、ひとまず今できることはやれているだろう。目下の問題は、ヨシュアが目覚めないことだけだろうか。

 隣に置かれている麻袋に、リリエリは何気なく視線を向けた。

 目が合った。ヨシュアの目が開いている。リリエリはあわや掲げた杖から手を離しそうになった。


 なんて静かな起き方をするんだろうか、この人は。心臓に悪い。


 既視感のあるヨシュアの目覚めに心臓を跳ねさせながらも、リリエリはなんとか叫ぶのを堪えた。人の顔を見て叫ぶのは流石に罪悪感があったので。


「おはようございます、ヨシュアさん。起きていたならそうと言ってくださいよ」

「起きたばかりだ。今、どうなってる?」


 ヨシュアを包んでいる麻袋がほんの少し動いた。彼の力を持ってすれば麻袋を破き出ることくらい容易だろうが、ヨシュアはそれをしなかった。


 ヨシュアの質問は極当然の疑問だったが、リリエリは答えに窮した。何から話したものか、ここ数日は本当に色々あったのだ。


「私の方から説明しましょう」


 一瞬途切れた会話の糸を拾い上げたのはステラだった。


「おはようございます。そしてお久しぶりです、ヨシュア。ステラです」


 ステラは一度荷車を止め、きちんとヨシュアに向き直り一礼した。やや他人行儀な印象を受ける動作だったが、きっとこれが彼女の常なのだろう。対照的に、ステラの声も表情も慈愛に満ちていた。


「久しぶりに会えて嬉しい。……その、俺を殺せる手段は、見つかっただろうか」


 対するヨシュアの声もまた、平坦ではあったものの、穏やかな響きを持っていた。そのくせ内容は穏やかでない。ステラはほんの一瞬驚いたように笑顔を消し、すぐに控えめな笑みに戻した。彼女はヨシュアの問いに答えなかった。


 ぎ、と車輪を軋ませながら荷車が動き出す。明かりの灯ったリリエリの杖の先端が揺れた。照らし出す景色は森のど真ん中だ。現在壁外にいるということくらいは、横たわったままのヨシュアにも伝わっているだろう。

 

 ステラは前方を向いたまま、はっきりとした声で告げた。


「ヨシュアの呪いが進行しています。もう都市にはいられないと判断しました。今は逃避先のシジエノ廃村に向かっているところです」

「……そうか」

「恐らくは呪いの影響で、ヨシュアは長く気を失っていました。紋章魔術を付与しなおしていて、現在は小康状態のはずです。体調は?」

「良い」


 そうですか、とステラは安心したような呟きを溢した。聞いていたリリエリもまた、肩の荷が一つ降りたような心地がした。


「目覚めたばかりで悪いのですが、魔物の対処を任せても?」

「構わない。……この麻袋から出てもいいか」

「破いてしまっていいですよ」


 聞くが早いか、ヨシュアは派手な音を立てて麻袋を引き裂いた。そうしてそのまま荷台に積んでいたアダマンチアの剣を拾い上げ、何も言わずに荷車から飛び降りた。


「ヨシュアさん?」


 リリエリが声をかけた時にはもう、ヨシュアの姿は樹々の奥に消えていた。助けを求める気持ちでステラの方に目をやると、ステラは額に手を当てて頭上を仰いでいるところだった。……やらかした、といった風情である。


「範囲を指定するのを忘れていました。久しぶりだったので、つい」

「指定しなかったら、どうなるんですか」


 なんとなく予想はついているが、一応リリエリはステラに尋ねた。ほとんど答え合わせのようなものだった。


「彼の感知できる範囲の魔物を殲滅してくるでしょうね」

「……帰ってきますかね、ヨシュアさん」

「まぁ、魔物にも限りはあるでしょうから」


 ヨシュアの成長を信じましょうかとステラは言った。具体的なことは言わなかったが、常識とか分別とか限度とか、そういったものを指しているのは明白であった。


 成長、しているかなぁ。

 出会ってから今までのヨシュアの行動を思い起こしながら、リリエリは最早何も入っていない麻袋だったものを眺めた。リリエリの予想では、二対八で成長なしが優勢である。


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