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第九話 …………S級?


「ただいま戻りました」


 日が僅かに傾き始めた頃。

 夜の始まりに向け、ギルドはゆっくりと賑やかさを増しつつあった。昼間とは打って変わった様子で、ガランガランとなるドアベルの音が気にならない程度には活気に満ちている。


 マドもまた受付嬢として冒険者パーティの相手をしていて、丁度大きな角のはみ出した袋を重そうに引き取っているところであった。


 仕事が一段落してから声をかけようと、リリエリはギルドに備え付けられている椅子の一つに腰掛けた。周囲には依頼を終えた冒険者らがぽつりぽつりと座っている。

 活気に満ちているといっても、同業の姿は普段よりも少ない。やはり皆西方に遠征しているのだろう。


 血だらけのヨシュアと共にギルドに帰還してから、もうじきに丸一日経つというところだ。ヨシュアの姿は見えない。まだ眠っているのだろうか、それとも目を覚ましてどこかに行ってしまったのだろうか。


「五大厄災が討伐されたというのは本当なの?」

「少なくともアルタン、トーヘッド、ミトゥヤクのギルドが共同で冒険者を要請してるってのは確かなことだ。流石にデマではないだろうよ」


 耳に流れ込む冒険者の会話は邪龍ヒュドラの話題で持ちきりだった。


 大都市アルタンの名はリリエリでも知っている。西方で最も栄えている都市で、東方の田舎都市であるエルナトからそこへ行くには転移結晶を三つか四つ経由する必要がある。


 とてもとても遠い都市だ。その距離を超えてなお届く噂のなんと強固なことだろう。


 だがそれよりもリリエリの頭に引っかかったのは、つい最近も耳にした都市の名前だった。


 トーヘッド。ヨシュアが自らの所属地だと口にした都市。

 五大厄災の討伐ともなれば多くの冒険者が貢献したことだろう。ヨシュアもまた冒険者として、邪龍ヒュドラの討伐に関与したのだろうか?  


「リリエリ、手が空いたよー」


 ほどほどに活気のあるギルドの中にマドの声が響き、リリエリの考え事はさっと散った。ああそうだ、クエスト達成の報告をしなければ。



□ ■ □



「うんうん、これは確かに布地七番。相変わらずリデルは良い仕事するねー」


 マドはリリエリの持ってきた紙袋の中から一枚の布切れを取り出した。手のひらをギリギリ覆えない程度の小さな紺色の布だ。全面に刺繍された精緻な赤い糸が紋章魔術を刻んでいる。


 今回マドが指定した布地七番というのは、水や酸の力をこれでもかというほどに付与した、後先考えない洗浄力を持つ掃除用の魔道具である。

 汚れも落とすし、なんなら本体表面もちょっと削る。作者に似たピーキーな性能は一部の人間に強い支持を得ているのだそうだ。


 大事なものの汚れを落とす用途にはこの上なく向いていないが、幸い今回の相手は冒険者証。国家レベルの技術の粋が込められた合金カードは、並大抵の衝撃では傷一つつかない特別製だ。


 マドは手元の引き出しから泥や錆に塗れたカードを取り出した。渡したときよりも汚れが少なくなっており、奮闘の跡が窺える。それでも、とても身分証として使える状態ではないが。


 しかしリデル特製の布地七番が相手ともなれば話は変わる。この布優しくその表面を撫でただけで、冒険者証の汚れは端からなかったかのように消え失せていた。マドの指の跡に合わせて地の白色が顔を覗かせている。


「よしよし、何とか綺麗になりそうだねー。発行はウルノール。……彼は王都ウルノールの出身なの?」

「え? トーヘッドって聞いてますけど」

「途中で所属を変えたのかな。どちらにせよ、ずいぶん遠いところから来てるな……。よし、名前確認。ヨシュアね、偽りなし。あとは等級だけど」


 冒険者証は偽造ができないように、扱いの難しい金属を複数混ぜ込んだ合金で作製されている。この合金の種類が、持ち主の冒険者等級を表す。

 また文字を彫り込むにも特殊な技術を要するため、刻まれた名や所属はそっくりそのまま真なる情報として扱われる。


 冒険者証は冒険者の身分を担保する、最も重要なアイテムなのである。


「白銀にやや赤みのある干渉色。アテライ輝金と月光銀の合金だねー。間違いない。S級」

「ああ、S級。S級の冒険者証なんて始めてみましたよ。銀ではなくて白銀だったんですね」

「レアだよレア、エルナトにS級はいないもん。いい機会だし見ときなよ。アテライ輝金とか、いつか採掘に行く日がくるかもよ」

「いやぁアテライは秘境も秘境じゃないですか。普通の人間なら死んじゃいますからね」


 あはは。笑い混じりに会話しながら、マドから手渡された冒険者証をランプにかざして矯めつ眇めつ。しっとりと滑らかな材質、無垢を思わせる真っ白な輝き。傾ける角度によって異なる顔を覗かせる、美しい干渉色。


 これがS級の冒険者証。国全土で十本の指に入るともされる冒険者、五大厄災をも落とすレベルの力を持つ者の証。一生に一度見れるかどうかといった最高の逸品、流石と言わざるを得ない。まさにS級。これぞS級。


「…………S級?」





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