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第七話 虚空の寛容


「私達は今、調査依頼を引き受けています。範囲はシジエノと呼ばれていた村の周辺。今では廃村となっていますが、今後都市として再建する可能性があるとのことで、シジエノ廃村付近の状況を調査することになりました」


 壁外は未だに大半の地域が未知である。この原因は危険性の高さにあり、それゆえ壁外の調査は冒険者の主な役割の一つとなっていた。


 壁外の脅威から身を守るため、人々は居住地を大壁で囲った。そうすることで手にした安全は、ある種の不便さとのトレードオフである。

 都市エルナトの壁が囲う面積はけして広くない。直ちにというわけではないが、都市が人々で溢れかえるのもそう遠くない未来だろう。

 増える人口に対応するためには、大壁の拡大か人口の分散が必要だ。後者を想定した際の分散先の候補として白羽の矢が立っているのが、十数年ほど前に廃村となったシジエノ村であった。


 依頼内容を端的に表すと、エルナトとシジエノを繋ぐルートを選定するための事前調査だ。

 依頼の難易度自体は取り立てて高くはないことが予想されている。しかしある程度の期間壁外に滞在し実際に現地を歩く必要があるため、忌避されがちな依頼であった。


 その煩わしさを求めて、リリエリはこの依頼を受諾した。

 冒険者といえど、理由なく都市から出門することは許されていない。また依頼に不必要なほどの時間をかけ、マドやルダンに心配や懸念を抱かせるのも避けたい。


 そこであえて時間がかかることが想定される依頼を受ける。そうすればリリエリ達は正式に壁外へと出ることができるし、壁外に長く滞在することを誰も不思議に思わない。

 依頼を隠れ蓑にして一時的に都市エルナトから身を離す。それがリリエリの作戦であった。


「勝手に依頼を受けてしまいすみません」


 リリエリは頭を下げた。手元の椀に注がれたスープの嵩は少なく、溢れる心配をする必要はなかった。


「構わない。アンタは判断を間違えない」

「……間違えますよ。現に一度、間違えそうになりました。貴方とナナイ山岳を登った時に」

「でも間違えなかった」


 ヨシュアは淡々と言い終えて、スープを口に含んだ。

 パチパチと爆ぜる焚き木の音、風が木々を揺する音、細い水流の跳ねる音。いっそ不気味なまでに平和な空間であった。スープの味はどうですか、だなんて呑気なことを尋ねてしまいそうになるほどに。


「ヨシュアさんがエルナトに戻ってすぐに出発したことも、申し訳ないと思っています」

「いい。俺が長らくエルナトに帰れなかったのが悪い。アンタに非はないし、それに、俺は元々殆ど準備をしないだろう」


 コレだけあれば十分だ、とヨシュアは脇に置いているアダマンチアの剣を一瞥した。彫刻師リデルから購入したばかりの、ヨシュアの唯一の愛刀だ。


 声のトーンは一切変わらなかったが、彼はリリエリを慰めようとしているのかもしれない。真実はどうあれ、リリエリはそのように受け取った。真綿のような優しさが、今は息苦しくてならなかった。


 ヨシュアになんの理由も告げず、ただただ無茶を強いている。その心苦しさがリリエリの心臓にひたりと纏わりついていた。


「……本当は、」


 言うつもりではなかったが。

 罪悪感の水面から顔を出してどうにか呼吸をするような心地で、リリエリは口を開いた。


「本当はヨシュアさんをエルナトから離したかったんです」


 貴方を殺すためにやってきたレダから、貴方を守るために。……という続きは、必死の思いで喉の奥に押し留めた。


 リリエリは恐れていた。

 他人から死を望まれたヨシュアが、それをあっさりと受け入れてしまう可能性を。


 例えば馬鹿正直に「レダという男がヨシュアさんを殺しに来たんですよ」と伝えたとする。それに対し、ヨシュアがいつもの調子でわかったとだけ返答し、レダの魔法の前に身を曝すことを選択したらどうする?

 その行為はヨシュアの意思か。であれば、それを止めるのはリリエリのエゴか?


 一つ明確にわかっていることがある。

 顔色一つ変えずに死を受容するヨシュアの姿を、リリエリは絶対に許容できないということだ。


「お願いですから、当分の間はエルナトに戻らないでください。一週間……いえ、二週間程度の時間をください。壁外での生活は全て私が支えます。そのための努力は惜しみません。……だからどうか、理由を聞かないでいてくれますか」

「もちろん。アンタがそう言うなら俺は何も聞かない。アンタが良いと言うまでエルナトに戻らないことも約束する」


 まただ。この人はなんだって二つ返事で受け容れる。そうやってその調子のまま死んでいくんじゃないか。望まれているのならと後悔の一つも見せずにリリエリの前から姿を消すんじゃないか。


「……どうしてそんな簡単に約束できるんですか。ヨシュアさんは、何も知らないのに」


 不安によって口をついた、理不尽な言いがかりだった。ヨシュアが何も知らないのは、リリエリが何も伝えないからだ。


 ヨシュアを守りたいだなんて綺麗に取り繕っただけのただの詭弁だ。

 ヨシュアに死んでほしくないと、ただリリエリが独りよがりに願っているだけなのだ。


 パチリと一際大きく薪が爆ぜる。

 椀を傾けスープを飲み干したヨシュアは、やはりなんでもないように、ごく当たり前のような調子でリリエリに答えた。


「アンタのことを信頼しているからだ」


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