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第二十七話 エピローグ1


 今回の冒険では何度も危険な目に遭った、とリリエリは振り返った。


 頼りにしていたヨシュアが、まるで散歩の途中ですとでも言うような服装で待ち合わせに現れた時。

 ヨシュアが常識とか、通念とか、意思とか、それに類するものを持っていないと気づいた時。

 食人カズラによってパーティメンバーの足が拉げ、腕が捥げ、首が折れる様を見た時。

 確実に死んだはずの人間が、自分の目の前で平気な顔をして蘇ったのを見た時。

 そして亜毒竜の爪により自身の右足と腹部に毒と大きな損傷を負った時。


「なにか弁明はある?」


 にこにこと、ここ最近の間見たこともないほどに温かい笑顔を浮かべたマドがリリエリを優しく問い詰めている。リリエリは知っていた。彼女のこの穏やかな面は狡猾な罠であると。

 マドの前にはいくつかのごまかしようもない証拠品が転がっている。例えばB級に許可された範囲では得ることのできないはずの亜毒竜の素材とか。ぱっくりと割れた右足補助用のベルトとか。何よりギルドの医療用ベットの上、腹部に大きな裂傷を負ったリリエリ自身がこれ以上ないほどの証拠であった。


 短くも激動の連続であった今回の冒険を振り返ったリリエリは確信した。正直に話したら最後、マドに烈火のごとく怒られるという自分の未来を。


「……得られたものも多かったんですよ?」

「だろうねぇ。亜毒竜の爪に鱗に血液、月光鉄にカーシャライト。どれもこれも、B級下位の依頼で持ち帰ってきたものとは思えない。……で、失ったものは?」


 リリエリは目を逸らした。思いっきり逸らした。向いた先はカーテンの大きく開かれた小窓だ。千切れた雲が青い空をふわふわと漂っており、なんとも心地よさそうな天気。聞こえてくる鳥の囀りは、今日も素敵な朝であることを高らかに歌っているかのようだ。人はこれを現実逃避という。


「杖が一本、湯沸かし用の小鍋が一つ。歩行補助のベルト一本に、治癒の紋章が入った包帯を一セット。あと、ミスルミンのナイフの先端」

「冒険ですからね。多少の犠牲は、その、つきものというか」

「……その右足とお腹の傷も。その多少の犠牲の中に入っているのかな?」


 ミシリ、と窓枠が軋む音がした。……というのは幻聴であるが、紛れもなく部屋の空気の圧力が増していた。マドの怒り、だけではない。その裏側にはこれ以上ないほどに沢山の心配が溢れている。

 リリエリは親友の心労を無視しきれるほど非情ではなかった。観念してマドに向き直ると、彼女は魔狼ですらも尻尾を向いて逃げ出すだろうと思うほどに凄みのある笑顔をリリエリに向けていた。……目尻に、僅かほどの涙を浮かべて。


「……ごめんなさい。欲に負けてちょっと無茶しました」


 はぁ、とマドは長い溜息を吐いた。


「僕との約束、覚えてる?」

「ええと、無茶なことはしない?」


 はぁぁ、とマドは長い長い溜息を吐いた。溜まり溜まった様々な感情を全て押し流すような重さがあった。そうすることで、彼女はある特定の気持ちだけを声に乗せることにしたようだ。


「……生きて帰ってきてくれてありがとう。おかえり、リリエリ」

「心配かけてごめんなさい。……ただいま、マド」


 リリエリの感じ取れた限りでは、それは深い安堵と優しさであった。


「それはそれとしてきちんと話はしてもらうからね」


 リリエリの感じ取れた限りでは、これは強い圧力と有無を言わせぬ凄みであった。



■ □ ■



 亜毒竜を倒してハッピーエンド。とはならないのが冒険の常である。ギルドに帰るまでが依頼とはよく言ったもので、強い魔物を倒した瞬間に帰還用の転移結晶がどこからともなく現れるのであれば何の苦労もないのだが、現実はそう甘くはなかった。


「……身体が全然動かないです」

「そういう毒を持っている蜥蜴なんだろう。どれくらいで治るんだ?」

「いやぁ……皆目見当がつかないですね」


 身を挺して囮役を買って出たリリエリは、亜毒竜の捕食動作を誘発するためにしっかりばっちりと痺れ毒をその体に受けた。お高い包帯(リリエリ基準)によってとりあえず命の危険を脱することはできたものの、手ごろな包帯(世間基準)には解毒作用は付帯していない。


 その結果出来上がったのは右足の動かない冒険者改め全身動かせない冒険者である。声が出せるのがせめてもの幸いだ。ヨシュアに口頭指示が通るか否かで、二人の生存確率は多分劇的に変化する。ヨシュア一人に判断させたらどんな手段を取られるか分かったものではない。


「すみません、とりあえず山頂付近の山小屋まで運んでくれますか。この後の事は後で考えましょう」

「うん。案内できるか」

「なんか……高い方です」

「わかった」


 ぐったりと脱力したままのリリエリを小脇に、バックパックを背中に。全速力とはいかないまでもそこそこのスピードが出せるまでに回復したらしいヨシュアに運ばれながら、リリエリはぼんやりと考えた。

 毒があってもなくても私の扱いはそんなに変わらないな、と。


 例によって道中にちらほら魔物に襲われかけたものの、明るい荒野ではヨシュアにアドバンテージがあるようで、気づかれる前に逃げたり投擲で追い払ったりと比較的安全に移動することができた。リリエリも魔物の気配には敏感な方だが、ヨシュアはほとんど獣染みた探知能力を有している。


 彼であれば亜毒竜の接近にもっと早く気づけても良さそうなものだが、……人間誰しも調子の良し悪しはある、ということだろう。というかこの人、死なないのを良いことに魔物の群れの中を突き進むタイプだろうし。そんなことを考えながら、リリエリは目だけを動かして自身を運ぶヨシュアの横顔をのぞき見た。逃げるという選択肢は、もしかしたらリリエリがいるからこそ生まれたものなのかもしれない。

 それでこの人の傷が少なくなるなら、こうしてお荷物になるのもけして悪いことばかりではないな、とリリエリは思うのだ。



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