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第二十五話 ふざけるな


 どうしてこうなったんだっけ。

 岩場の影から飛び出していく痩せた背を見ながら、リリエリは考えていた。ヨシュアと共に壁外に飛び出してから、幾度となく抱いた疑問だ。


 どうしてヨシュアは自分なんかとパーティを組んでくれたんだっけ。どうして私は分不相応な依頼を受けてしまったんだっけ。どうして危険を承知で夜に山頂を目指しているんだっけ。どうしてヨシュアは怪我を負ってまで自分を守ってくれるんだっけ。


 ――私はどうして、冒険者になりたかったんだっけ。


 亜毒竜がぐるぐると喉を鳴らし、地面を踏み荒らす。目の前に飛び出してきた獲物を正確に認識したのだ。その丸腰の姿を愚かだとあざ笑うみたいに尻尾が数度地面を叩く。跳ね上がった土埃は、月光によってこの場に不釣り合いなほどに輝いている。


 父のような勇敢な冒険者になりたかった。未知の世界に飛び込んで、困っている人々を分け隔てなく助けるその姿に憧れた。足が悪くたって、戦うことができなくたってその背中を追い続けた。その結果がこれだ。

 なんの役にも立てないまま、折角手を差し伸べてくれたパーティメンバーを危険に晒して逃げることしかできない。


 ――それじゃあ私は、何のためにここまで歩き続けてきたんだ?


 男と亜毒竜は大きく動くこともなく、じりじりと互いの出方を窺っていた。派手な行動こそないが、男が亜毒竜をなるべく岩塊から遠ざけようと動いてくれていることは察せられた。

 満天の空も植生のない荒野も、リリエリが山小屋まで逃げ出すための後押しをしてくれている。今は九合目の少し手前といったところだ、リリエリ一人であっても、三十分も走り続ければ安全な場所へと逃げられる。


 男はS級冒険者で、人の枠を超えた強さを持つ。おまけに不死の身なのだから、いくら傷ついたって問題はない。だからこの場は男の指示に従うべきだ。

 リリエリは弱い。足が動かないし、戦うことも魔法を使うこともできない。ヨシュアはそれを承知でリリエリとパーティを組んだ。だから逃げたっていいはずだ。逃げていい。逃げるべきだ。


 だって、リリエリは弱いのだから。


 


 ――ふざけるな。

 ふざけるな、ふざけるな!


「ふざけるな!!」


 リリエリは握りしめていたミスルミンのナイフを、岩塊に向かって力の限り突き刺した。

 月下、キンと高く鋭い音が荒野に響き渡る。ヨシュアと睨みあっていた亜毒竜の動きがぴたりと止まり、代わりに音の出どころ――リリエリへと視線を向ける。狙い通りだ。亜毒竜は高い周波数の音を酷く嫌うから。


「こっちへこい、毒トカゲ!」


 追い打ちでもう一度ナイフを振り下ろす。がむしゃらに打ち付けたミスルミンが、再度高らかな音を立てる。欠けたナイフの先端がリリエリの頬を掠めるが、そんなことはどうでも良かった。これからもっと痛い目に遭うのだ、景気づけにはちょうどいい。右足の紋章魔術に魔力を込める。温存なんて、一切考えやしなかった。


 ぐるぐると一際大きな唸り声があがり、とうとう亜毒竜がこちらへ駆ける。リリエリは蜥蜴に背を向け、ヨシュアとの直線状にならない方向に走り出した。咄嗟にヨシュアが反応したようだが、蜥蜴の足音が続いているということは止められなかったのだろう。それでいい、それが狙いだ。


 十秒も走らないうちに、重たい足音があっという間にリリエリの背後まで迫る。これ以上の逃走は無理だと悟ったリリエリは、振り向きざまに亜毒竜に対しナイフを投擲した。まっすぐに放たれた銀色の輝きは、亜毒竜を掠めることすらなく虚空へと飛んでいく。体勢を整える努力をしなかったリリエリは、背中を地面に強かに打ち付けながら転がった。見上げた先には、振り上げられた亜毒竜の前足があった。


 ヨシュアが何かを叫んだようだが、溢れ出たアドレナリンによってリリエリの耳には言葉としては届かない。


 リリエリは自身の右足を盾にするように身体の前に上げた。動かない右足なんていらない。パーティメンバーを犠牲にして一人だけ逃げ出すような、そんな自分なんていらない。


 瞬間、熱がリリエリの右足に襲い掛かった。痛いという感覚は不思議となかった。いけにえ代わりに差し出した右足のみならず、腹部にも熱い感覚が走る。痛みがないのに視界の中に自分の血が飛び散っている様は、どこか夢の中の出来事のようだった。……麻痺しているだけだ。このままではすぐにでも死んでしまうだろう。でも生きている。まだ死んでいない。

 振り上げた逆の足でリリエリを押さえつけた亜毒竜は、勝利を悟ったように大きく一度喉を鳴らした。そうして、見せつけるかのように、笑いかけるかのようにその巨大な顎を開いてみせた。なんて馬鹿な蜥蜴。肺が押しつぶされてさえいなければ、リリエリは笑いだしていたことだろう。


 金属同士を擦り合わせるような、不似合いなまでに静かな音が響く。亜毒竜の首が、不気味なくらいにゆっくりと横に傾いでいく。


 今日が満月で良かったとリリエリは思った。大口を開けた亜毒竜の耳孔に深々とナイフを突き刺すヨシュアの姿を、はっきりと見ることができたのだから。


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