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第二十四話 亜毒竜


 

「亜竜種が、こちらに気づいています」


 リリエリの声は、風にも負けて散ってしまいそうなほどに小さくか細いものだった。

 ざり、ざりと地を削るような音は竜の尾を引き摺る音だろうか。今はまだ遠くから聞こえているものの、確実にこちらへと近づいている。


「……なにが来ている?」


 その問いに答えるべく、リリエリはそっと岩陰から音の方向を覗き込んだ。左右に揺れながら向かい来る今はまだ小さな影は、重心が低くやや横に平たい。推測通り、亜竜種で間違いないだろう。堅牢な鱗と強靭な顎を持つ、飛べない蜥蜴。

 問題はその性質だ。亜竜種という言葉が指すものの範囲は広い。火を噴くものもいれば、再生能力に長けたものもいる。その性質を正しく把握できているか否かは、竜と対峙する冒険者の生存率を大きく左右する。


 リリエリは息を殺しながら、必死に蜥蜴の細部を観察した。月光を返す鱗は白か銀、特異な威嚇行動はなし。前足に奇妙な形状の爪を持ち、尻尾は先端のみが二股。

 ナナイ山岳における魔物の目撃情報、道中に何らかのマーキングはあったか、季節、天候、時間、標高。


「……亜毒竜の類、です。爪に強い麻痺毒を有していて、非常に高質な鱗を持っています。たぶん、私たちが持っている刃物では太刀打ちできない」

「弱点とかないか」

「鱗のない部分であれば、ミスルミンのナイフが通ります。口の中、あるいは側頭部の耳孔がそれに該当します。ですが、」


 わかった、と地面に落ちたままのナイフを手に岩塊から飛び出そうとした男を、リリエリは必死に抑え込んだ。死なない身体を持つとはいえ、猪突猛進が過ぎる。


「あの種が口を開けるのは麻痺毒で動けなくなった獲物を食べるときだけなんです。耳孔が露出するのも、大口を開けた時だけ」


  前足の毒爪により動けなくなった獲物を、そのまま抑え込んで喰らうというのがあの竜の習性だ。非常に用心深く、対峙している間に弱点を見せるような真似はしないだろう。ろくな武器も魔法もない現状、リリエリたちは亜毒竜に対する有効打を持っていないということだ。

 例えば麻痺毒を受けたふりをして、あえて亜毒竜に喰われるような状況に持っていければその限りではない、が。


「……ヨシュアさんは、毒も効かないんですか?」

「いや。毒は効く。比べたことはないが、人並みくらいには効くんじゃないか」


 リリエリの頭の中にさっと最悪の想定がよぎった。これまでのヨシュアの戦い方は、不死の身をいいことに自分そのものを盾に使うことが多かった。文字通り、肉を切らせて骨を断つ戦法だ。


 だが、その戦法をあの亜毒竜相手に用いたらどうなる?

 麻痺毒によって硬直したところを生きたまま喰われ、死ぬ。それだけならばまだ優しい。でも、この男は死なない。死ねないのだ。

 死ねないまま麻痺により動くことも出来ず、幾度も幾度も亜毒竜に喰われるような、そんな事態にはなりはしないか。


 ゾッとした。あの日森で倒れていたヨシュアの姿が脳裏に浮かぶ。あの時、リリエリが助けに入らなかった先の未来が。


「戦わないでください。逃げましょう。ヨシュアさんと亜毒竜では、相性が悪すぎる」

「……逃げるのも、難しい。あの手の生き物は足も速いだろう。今の俺が振りきれるかはわからない」


 思い返せば、森を抜けてからここまで、彼は一切走ることがなかった。昼時は異様な速さで駆け抜けてきたことを思うに、今の彼はきっと本調子ではないのだろう。食人カズラに片足を砕かれ、左手をもがれ、首をへし折られた経緯を鑑みれば、リリエリを抱えてここまで移動してきたというだけで十分常識の埒外だ。


 戦うことはできない。逃げることもできない。どうする。どうしたらいい。

 状況は絶望的だ。それなのに、必死に頭を巡らせるリリエリに向かって、この男は事も無げに言ってのけるのだ。


「俺が囮になる。アンタはその間に山小屋まで逃げてくれ」

「……は?」

「三十分程度なら動かせるんだろう、その足。一人にさせてすまないが、先に山小屋に行っていてくれ」

「……自分がなにを言っているのか、わかっているんですか。あの竜、毒があるんですよ。死なないヨシュアさんがアレに捕まったらどうなるか、わからないわけではないでしょう」

「時間は稼げる。竜の胃にも限度はあるだろう。ある程度食べたら満足するんじゃないか」


 これは置いていく。

 男は手にしていたミスルミンのナイフをリリエリに手渡した。言外に言っているのだ、これは囮には不要なものだと。


「昼までに山小屋に戻らなかったら、俺のことは置いていってほしい」

「ま、」


 制止の言葉は届かなかった。男は武器の一つも持たないまま、岩塊の外に、亜毒竜の前へと飛び出した。



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