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第三十九話 一つしかありませんから


「……さて、私の懺悔はここまでにしましょう。リリエリ様、貴方はヨシュアが人間ではないものだと思いますか?」


 ステラの問いかけに、リリエリは一瞬息を詰まらせた。答えなんてとうに決まっていたが、白く輝くテレジア教のタリスマンの前でそれを口にすることが憚られたのだ。

 それでも、これは曖昧に誤魔化していい問いではない。リリエリは毅然とした態度で自らの思いを声にした。


「ヨシュアさんは、人間です」

「…………」

「女神テレジアが否定しようとも、ヨシュアさん自身がそう思っていなくても、……例え私の気持ちが、ヨシュアさんを傷つけてしまうのだとしても。私から見たヨシュアさんは、たまに常識が無くて、私と同じくらい馬鹿で、嫌いな食べ物があって、早起きが苦手な、そんな普通の人間です」

「そうですか」


 リリエリの答えを聞いて、ステラは再び花が咲くように微笑んだ。だがそれも少しのことで、彼女はすぐに普段の、慈愛に満ちた祭司然とした表情を浮かべた。


「リリエリ様。貴方は私に問いましたね。ヨシュアのことを知った上で、テレジア教の祭司としてあり続けたのか、と」

「……言いました」

「お答えしましょう」


 彼女の指が首元のタリスマンにかかり、顔の辺りまで持ち上げられる。白く曇りのない輝きは、間違いなくアテライ製の合金。この世に片手の数ほどもない、テレジア教の聖祭司の証。

 タリスマンを両手で掲げるステラの姿は、祈りを捧げるそれに似ていた。あらゆる光を返す金属が、どこか不安げなリリエリの顔をはっきりと映していた、が。


「えいっ」


 可愛らしい掛け声とともに、リリエリの顔が消えた。もっと正確に言うならば、リリエリの顔を映していたものが瞬時に目の前から消えた。


「えっ」


 にこやかに微笑むステラの顔が急によく見える。目の前にあったタリスマンがなくなったためである。虚空に消え去ったわけではない、それは今でもしっかりとステラの右手に握られている。……左手にも握られている。


「……えっ」


 この状況を極めて正確に言うならば。

 ステラの可愛らしい掛け声とともに、彼女に握られていたタリスマンが、腕の力だけで真っ二つに引き千切られていた。


「私は聖祭司ですが、聖祭司ではありません」

「…………?」

「テレジア様の教えを疑った私のような者に聖祭司の資格はありません。本来は」


 ぽいっと放られたタリスマンの一方がベッドの上で軽く柔らかい音を立てた。もう一方は視界の外に落ちて重く硬い音を立てた。二つに分かれた衝撃で、首にかける鎖の部分も壊れてしまったようだ。

 正直なところ、リリエリはステラの話の半分くらいしか受け取れていない。だって今白パンのように千切れて落ちていったやつ、アテライ合金じゃないか?


「でも、聖祭司って色々させていただけるんですよね。優先的に都市間を転移できたり、禁書の閲覧が許可されていたり、転移結晶を持ち出せたり」

「ええと、つまり?」

「私は利用しているんです。聖祭司の立場を」

「……ヨシュアさんの呪いを解くために、信仰を捨てた今でも宗教の高位に就き続けている、と?」

「みなまで言われると一層罪を感じますね」


 こんな話の最中でもにこにこと笑みを絶やさないステラがなんだか怖かった。

 テレジア教第一の理念である人類平等。その根幹をなす"転移結晶は人間しか使えない"という教えを棄却した人物がテレジア教聖祭司の職に就いているこの事態は、もしかしなくても大スキャンダルなのではないか?


「あの、大丈夫なやつですか……?」

「もちろん、駄目です。バレたら首が飛ぶでしょうね。物理的に」


 なんだか聞いたことのあるフレーズだとリリエリは思った。そうだ、転移結晶をちょろまかしてきたと語られたあの時にも、ステラは同じことを言っていた。

 愕然としているリリエリを前に、でももう今更ですからとステラは笑う。


「背教。聖職の私的利用。人体への紋章魔術の直接刻印。転移結晶の拝借。未許可での壁外活動にヨシュアの拉致。ああ、タリスマンの破損もですね」


 罪状を数える白い指がどんどんと曲げられていく。指の数が増える度、リリエリの顔色は一段階ずつ悪くなっていった。

 大犯罪者じゃないか、この人。汚れなんて何一つとして知りませんみたいな顔してるくせして。一世で何個首を飛ばすつもりだ。


「ご安心くださいリリエリ様。私の首は一つしかありませんから」


 上手いジョークを言ったようなしたり顔を見せるステラに、リリエリは引きつった笑いを返した。返すことしかできなかった。


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