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第三十話 後始末


 風が吹く度に火の粉が散った。轟々と燃え盛る炎は、少し離れた場所に立つリリエリをも焼き尽くさんばかりの勢いを見せている。


 それでもリリエリは一歩も動けないまま、炎に巻かれる古い小屋を眺めていた。軽いものの崩れる音や鳥の呻くような甲高い声が、絶えずリリエリの耳に届いていた。

 

 先程まで死と再生を繰り返していた巨大な魔物は、火に巻かれてもなお逃げ出す様子を見せない。生物としての本能よりも、すぐそばにいる獲物への攻撃が優先されるようだ。


 リリエリは少しの間、ただひたすらに目の前で起きている事象を見ていた。

 中にいるはずの人間の声は聞こえない。小屋を出てくる影もない。この瞬間だけを切り取ってみれば、あの火の柱に人間がいるだなんて誰も思わないだろう。


 いっそ悲鳴の一つでも上げてくれればいいのに、とリリエリは思った。そうやって罪悪感を煽ってくれれば、リリエリはまだ救われたかもしれない。


 煌々と輝く真昼の大火の中に、リリエリは自らが燃やした男の姿を探した。ガラリと大きな音と共に小屋の全てが崩れ落ちても、それはついぞ現れることはなかった。



■ □ ■



 内部の動きが無くなったことで、リリエリは奇妙な巨体の対処を無事に達成できたことを悟った、

 小屋が焼けきるにはまだまだ時間がかかる。ヨシュアの再生にもそれなりの時間が必要になるだろう。


 その間ぼんやりと火を眺めていられるほどの余裕は、リリエリにはなかった。


 周囲は墓石を始めとした石造りが多く、居住区まで燃え広がる心配は少ない。だが万が一があると面倒だ。リリエリは近傍にある植物の密集地に水を撒いて回った。


 それから、蠢く化物になれなかった破片の対処。拾いきれなかった肉塊の一部はあの巨体に吸収されることなく今もぽつぽつと地面に転がっている。

 うぞうぞと形を変えつつあるものもあるが、全く動きのないものもあった。共通しているのは小さいことだけ。翼竜の形すら作れないような不完全な生命体は、リリエリの手でも対処できるほどにか弱かった。


 それでも、あのような惨事を目にしたからには放っておく選択は存在しない。リリエリは丁寧に一つ一つ肉片を巡り、杖の炎で焼き落とした。


 地道な作業だ。けれどもリリエリは歓迎した。火が落ち着くまでの時間、何もせずに自分と向き合い続けていられる余裕が自分になかったのだ。


 いつかリリエリはヨシュアに伝えた。ヨシュアの怪我も死も、すべて自分によるものであると。あの時は間接的な話だった。今ではとうとう直接的な話になってしまった。

 ガラスの内と外のような、似て非なる別種の覚悟だった。今のリリエリはその両方を飲み下している。杖を握る手はもう普段と変わらない。


 再び同じ状況に陥ったとしても、リリエリは何度だって同じ行動をとることができるだろう。そうして何度でも心を波立たせては、自分の覚悟を見つめ返すのだ。


 呪われた男と共にありたいという覚悟を。


 リリエリは努めて自分の心を落ち着かせながら、現状の把握に思考を割くことにした。


 分裂や再生を行う奇妙な魔物の出現。リリエリの知識の範囲にはなるが、このような特性は通常魔物は持ち得ないものだ。そしてこれは、恐らく時間と共に強くなっている。


 道中ステラと共に遭遇した翼竜には目立った異変は見られなかった。強いて言うなら、足が三本あったことが分裂の兆候かもしれないという程度だ。

 数日前、シジエノ滞在中に再度ヨシュアが翼竜と対峙した。ヨシュアはやたらとしぶとかったと語っているし、また足が五本ある死骸が見つかるなど、道中で遭ったものよりも奇妙な傾向が色濃くなっている。

 そして今日。昨夜のうちにヨシュアか細切れにしたはずの肉片が、個体の垣根を突き破って集合し、一つの大きな魔物の姿をとってみせた。それも、本来魔物の活動が鈍る白昼の真下で。

 

 このペースで悪化したら、いつか拠点付近の魔物避けの結界すらも超えてくるかもしれない。そうなる前に対処できればいいが、現時点では原因も何もわかっていないのだ。

 ステラが設置していった転移結晶はもう起動可能な状態になっている。転移結晶の力を使えば、リリエリたちの活動拠点であるエルナトとここシジエノ間を一瞬のうちに移動することができる。


 ……逃走も、一つの選択肢だ。 

 

 ステラは今、ヨシュアの呪いの解除方法を調査している宮廷魔術師レダをこの場所に連れてこようとしている。これ以上事態が悪くなる前に、合流できればいいのだが。


 リリエリは細く長い溜息をついた。心を落ち着かせるためのものだった。待つのは得意なつもりだが、どうも焦っていけない。


 最後と思しき肉片を焼いたリリエリは、安堵によって体の力が抜けるまま地面に膝をついた。

 短い草しか生えていないため、膝にはそこそこの痛みが走った。肉の焼ける臭いにはとっくに慣れきってしまっていた。


 少し離れたところにある小屋がゆらゆらと黒煙を靡かせている。まだ消えてはいないが、火は随分落ち着いてきていた。

 もう十数分もしたらヨシュアが再生を始めて煤の中から出てくるかもしれない。奇妙な翼竜は熱で再生できなくなったが、ヨシュアの呪いによる再生はこれを遥かに凌駕している。……今はまだ。

 

 太陽はとっくに真上を通り越し、少しずつ傾いてきている。リリエリはとうとうしっかりと地面に座り込んだ。朝から動いてきた疲れが出たのだ。

 なんだかここのところ頻繁に変な魔物に遭遇している気がする。一連の翼竜もそうだが、地底湖に急に湧いたクラゲや蜘蛛のスタンピードだって奇妙な事象に相当するだろう。心労も溜まるというものだ。


 ヨシュアに聞かれないうちにとリリエリは盛大に溜息をついた。燃え崩れた小屋の中で黒い影が動くのを見たのは、丁度その直後のことであった。

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